老親介護 息子・娘が100%イラつく「あの瞬間」 | ニコニコニュース

プレジデントオンライン

■介護する者vs.される者の心理攻防戦

前回(「初めての親の介護 息子・娘が『最初に必ずつまずくこと』」 http://president.jp/articles/-/15393 )で書いたように、私と『親の介護は知らなきゃバカ見ることだらけ』の著者・鳥居りんこさんは、老親の介護経験者という共通項はあるものの、置かれた状況は対照的といっていいほどの違いがありました。それぞれが味わった苦労や悩みは異なるものばかりでした。

しかし、まったく同じ経験もしていました。その筆頭にあげられるのが、自治体が自宅に派遣する要介護認定調査員を前にした時の「親子の心理戦」体験です。

親の介護を担うのは家族ですが、状況に応じて専門家の手を借りなければなりません。

介護用ベッドや車椅子を借りたり家に手すりをつけたりするには当然、専門の業者に頼むことになりますし、ホームヘルパーに来てもらって食事や排せつなどの世話をしてもらう訪問介護や訪問看護、訪問入浴、通所介護(デイサービス)などのサービスを利用する必要も生じます。

介護保険は、これらのサービスを1割負担で受けられるとてもありがたい制度ですが(今年8月から一定以上の所得がある場合は2割負担になる)、その受益資格を得るには介護保険を申請し要介護度の認定を受ける必要があります。

要介護度は要支援が1から2、要介護が1から5までと7段階に分かれています。申請をすると数日後に調査員が家に来て、本人・家族と面談。心身の状態がどのレベルにあるか調査書に書き込んでいきます。この結果がコンピュータで一次判定され、これにかかりつけ医の意見書をプラスして最終判定。30日以内に要介護度が申請者に通知されるという流れです。

認定される要介護度で家族が気になるのは、介護サービスにかかる費用(介護報酬)の支給限度額、つまり上限枠です。最も軽い要支援1*は月額5万30円まで(自己負担は1割だから5003円が上限。以下同様に1割の金額)。これが要介護1**になると16万6920円までになり、最も重い要介護5***になると36万650円までに跳ね上がります。

▼調査員が家に来て面談調査する

介護サービスは要介護度に応じてケアマネージャーがつくるケアプランに従って提供されるものであり、家族がどうこうできるものではありません。また、一度決まった要介護度が後々まで継続されることはなく、状態が変われば認定の変更申請もできます。

だから家族が要介護度の判定を気にすることはないのですが、家族としては、いつどんなサービスが必要になるか分からない不安がありますし、その都度、要介護度の変更申請→再度の調査と判定を行うのも気が重い。現状より要介護度が重めの、つまり介護サービスの利用限度枠に余裕がある判定をしてほしいという意識が働くわけです。高齢化社会を迎え、介護保険利用者が増える一方の今、判定の基準が厳しくなっているという話もありますから、なおさらです。

その判定に家族が関与できる機会が、調査員が家に来て行う面談調査です。

要支援1*「日常生活はほぼ自分ひとりでできるが、身のまわりの世話の一部に何らかの介助を必要とし、適切にサービスを利用すれば改善の見込みがある状態」
要介護1**「立ち上がりや歩行などに不安定さが見られ、日常生活に部分的が介助が必要な状態」
要介護5***「介護なしではほとんど生活が不可能で多くの問題行動や全般的な理解の低下が見られる状態」

■他人が家に来ると老親は急に「元気」になる

調査では認知症の有無をチェックするため本人に生年月日や今日の曜日、体の状態を知るため「ベッドから自力で起き上がれるか」、「食事は自分で摂れるか」といったことを調査員から聞かれます。ひとつでも重い要介護度を勝ち取りたい子としては、介護サービスの助けを必要としている自身の状態をありのままに語ってほしいところですが、実際はそうならないことが多い。

なぜか?

人間は誰しも他人に弱味を見せたくありません。私の父を担当してくれたケアマネージャーによれば、認知症の人も初めて会った人には突然スイッチが入ったように、まともに会話できることがあるとか。自分を良く見せようと頑張るわけです。

なかには調査員の同情を買いたいがために普段の状態よりも悪く言う人もいるそうですが、頑張って良く見せたい人の方がやはり多い。りんこさんのお母さんも私の父も、そのタイプでした。「親の心、子知らず」という言葉がありますが、この場合は「子の心、親知らず」。要介護度をできれば重くしたいという子の期待を親は目の前で裏切ってくれるわけです。

▼「即座に立ち上がれる」はずないだろ!

りんこさんは、自身の介護の体験記『親の介護は知らなきゃバカ見ることだらけ』で、そのやり取りを赤裸々に語っています。その部分を一部抜粋します。

物腰の柔らかな、優しそうな調査員さんが登場した。よっしゃ、イケそうだ!

これから母への74項目にもわたる聞き取り調査を行って、心身の状態や暮らしぶり、どんな支援が必要かを確認する作業を行うのだ。

さあ、母よ。自分がどんなに不自由しているのかをとうとうと訴えるがよい!

「じゃあ、始めますね~。お母さま、お膝は伸ばすことができますかね? あら、お上手。痛くはないですか? 痺れもないですね?」
「はい」

……!?
ちょっと触っても、痛い痛い言ってんのはどこのどいつじゃ!

「歩行についてお伺いしますね。何かにつかまらないと歩きにくいですかね?」
「いえ、自分で歩けますよ」

いやいやいやいや! そこは「ひとりでは危ないです」が正解でしょう?

りんこさんのお母さんは要介護状態が緩やかに進行するケースで、要支援1か2かをめぐる攻防。要支援2を狙うりんこさんと、その思惑に反する対応をするお母さんの心理戦が書かれています。

私の父の場合はこうでした。

突然寝たきり状態になった時は認知症は発症しておらず、生年月日も今日の日付もスラスラと回答できた。ここまではOK。が、体の状態を聞かれる段階になり「介助があればベッドから立ちあがることができますか?」という質問をされると即座に「はい」と答えたのです。

「おいおいおい!」となりました。

確かに立ち上がることができなかったわけではないですが、時間をかけて私が必死に体を支えてなんとか立てる状態。だから、即座の「はい」が理解できなかったわけです。

■親の無用な「頑張り」にイライラする

連載・介護ドキュメント3の項(http://president.jp/articles/-/12370)で私はこの介護認定調査時の心境をこう書いています。

「私も現状に見合う介護サービスを受けたいと思っていましたから、取り繕うことなくありのままを正直に話しました」

これは下心を隠したわけではありません。この時の私は、どんな介護サービスがあるのかをはじめ要介護度によって利用限度額が異なることも知りませんでした。介護に関する知識が決定的に不足していましたから、専門家にお任せするしかないと思ったわけです。

ただ、「現状より軽い要介護認定をされたら困るな」とは思っていました。ケアマネージャーに聞くと「お父さんの状態を見ると要介護2は行くと思います。要介護3の判定が出るかは微妙ですね」と言われました。だから、要介護2なら納得だが要介護1だと困る、要介護3ならホッとできる、という感じでした。

だから、親の頑張りにイライラしてしまう。親が調査員に対して、子の意に反する言動をするのは、私とりんこさんの親に特殊な事例ではなく、極めて典型的なパターンです(結果的にりんこさんは最初の介護認定で思惑通りの要支援2、私の父も要介護3の判定が下りました)。

▼認定調査時は必ず家族が立ち会うべし

りんこさんは体験記で読者に実例をあげて次のようなアドバイスをしています。

「要介護度の認定調査を本人と調査員のふたりだけでさせてはダメ。本人が状態を良く見せようと頑張るから認定が軽くなってしまう可能性がある。必ず家族が参加して“本人はああ言ってますけど本当はこうなんですよ”と伝えるべきだ」と。

なお、付記しておくと、要介護度が重く判定されるのは必ずしも有利というわけではありません。

デイサービスなどの施設を利用するサービスでは要介護度が重くなると介護職員の負担が大きくなるため利用料金が高くなるのです。また、目論見より低い介護認定しか得られなくても、限度額を超えたサービスの利用に関しては、申請すれば「高額介護サービス費」(利用者の世帯が条件を満たしていれば利用金額のうちの一定額が還ってくる制度)が受けられるケースもあります。

ともあれ今も多くの家庭で、こうした介護認定をめぐる親と子の攻防が行われているはずです。

ネットでは「判定は適正に行われ要介護度に応じて十分なサービスが利用できるようになっている。だから要介護度を重くしようなどと考えるべきではない」といったお役所寄りの見解が見られます。

が、そんなきれいごとでは済まないのが介護の現実でもあるのです。