「がんが消える」患者は決してゼロではない | ニコニコニュース

川崎市立井田病院・かわさき総合ケアセンター医師 西 智弘氏
プレジデントオンライン

「アメリカでベストセラーとなり、日本でも版を重ねている」と聞いたのが、『がんが自然に治る生き方』(ケリー・ターナー著/プレジデント社)を手にとるきっかけでした。医師として、その人気の理由を知りたいと思いました。精読したあと、多くの方と本書の発するメッセージと、本書を読む際の注意点を共有したくて、患者さんや医療関係者を対象とした読書会で取り上げるに至りました。

本書では、著者が調査・取材した「劇的な寛解」の100余りの事例から導き出された9つの共通点が仮説として示されています。世界中に、厳しい余命宣告を受けながらも、そこから劇的な快復を見せ、がんが消えたり長期生存したりする方たちがいるのです。

また、著者が出会った腫瘍内科医たちは皆「がんを劇的に寛解させた患者」を診たことがある、と回答したそうです。

かくいう私も、ここ10年ほどでがんが自然に寛解したり進行しない例については何件も目の当たりにしてきました。

たとえば悪性リンパ腫と宣告され、抗がん剤治療をすすめられていたAさんという男性の患者さんがいます。Aさんは抗がん剤治療を頑なに拒み、途中からぱったりと病院に現れなくなりました。そして「具合が悪くなっては受診し、抗がん剤治療をすすめられると、姿を消す……」ということを繰り返していました。

まるで“いたちごっこ”のような日々の末、ようやく抗がん剤治療に踏み切ろうとしたAさんの患部のCTを撮ったところ、進行しているに違いない……と思っていた病巣が見当たらなくなっていたのです。当時の私は主治医ではなく担当医として関わっていたのですが、「そもそも最初の診断が誤診だったのではないか?」と問うAさんの怒りの表情は、今も瞼に焼き付いています。

※注:きちんと組織検査はしていましたしAさんは数年後、同じところにがんが再燃したため、誤診ではありませんでした。

■緩和ケア病棟から退院する人も

また、次のような例もあります。ホスピスに入所してきたBさんという女性の「末期がん」と他院で宣告された患者さんのケースです。

彼女は、余命約3カ月と宣告されていて、緩和ケア病棟に入るために自宅を売り払い、身辺整理を済ませてきました。しかし、入院後に何度検査をしても、がんの影は小さいまま。3カ月で亡くなるどころか1年以上たってもがんは大きくならず、日常生活にも支障はないので、ご自身の人生のためにも退院することをおすすめしたところ「資産も戻る家も処分してしまって帰る場所も無いのに」と、困惑していらっしゃいました。

最終的にBさんは緩和ケア病棟から退院となり介護施設に移りましたが、その後もしばらく、がんは全く進行せず数年間長生きすることができました。

もちろん、これらは一般的なことではなく極めてレアなケースです。しかしこのような自然な寛解だったり「進行しないがん」の可能性がゼロではない、という事実は、もっと知られてもよいと感じます。それに、抗がん剤治療をすることで寛解にいたる例も、固形がんであったとしても決してゼロではありません。

しかも、AさんもBさんも、本書に挙げられている「9つの実践項目」、たとえば「抜本的に食事を変える」などの取り組みを、意識的に実践してはいなかったはずです。

このように、がんとはある意味不思議な病気で、統計的な予測を覆す側面を少なからずはらんでいます。それにもかかわらず、本書では最初に「これは仮説です」と前置きしていながら、読んでいると「明日から実践しましょう」と書かれているところ、そして「これが『がんが自然に治る生き方』です」とタイトルに示しているところが、注意して読むべき本と思った理由です。

■「治療の手引き」として読むべきではない

本書に挙げられていた「劇的な寛解」のある事例についても指摘すべき点があります。

ドンナさんという58歳の女性のケースです。

彼女はステージ3の進行性結腸がんと診断され、腸の切除手術を経て、人工肛門を形成するに至ります。そして術後数週間後から、再発を抑えるための抗がん剤治療に挑みます。しかし白血球減少などの副作用で集中治療室に入院することになってしまった彼女は医師から、今後の抗がん剤治療の中断と帰宅をすすめられることになります。

そこでドンナさんが選択したのは、カナダの「クーガーマウンテンセラピー・センター」で行われる、鍼とハーブによる集中治療のプログラムです。それは「抗がん剤を身体から出しきったほうがよい」という瞑想サークルの友人の助言によるものでした。

プログラムの期間中、ドンナさんは健康的な野菜と魚の料理を楽しみ、磁器パルサー発生装置による治療を受け、さらには参加者との交流で過去の感情を発散させていたそうです。

当初は、「歩くのもままならない」という状態で到着した彼女でしたが、10日間のプログラムが終了したときには何キロも歩けるようになっていたといいます。

それから彼女は通常の生活に戻り、愛する孫の成長を見守り、肉や小麦、砂糖、乳製品を控えた食事療法、ビタミン剤の摂取や瞑想を続けます。そして退院から2年目、人工肛門を外せるまでに快復を遂げます。さらにそれから6年以上経っても、ドンナさんは小康状態を保ち、孫の子守りやボランティア活動に励んでいるのだそうです。

この描写から、「クーガーマウンテンセラピー・センターのプログラムに参加した結果、元気になった」というメッセージを一般的には読み取るかもしれません。しかし、こういったケースを「劇的な寛解」と取り上げていることも、本書を注意して読んだ方がいい理由のひとつです。

もちろん、このプログラムがドンナさんのメンタル面を強化してくれたということはあるかもしれません。しかし厳密に言えば、彼女がこのプログラムに参加をしていなくても、快方へと向かっていた可能性は高いのです。

なぜなら一般的に、抗がん剤治療の副作用で体調が悪かったのであれば、それを中止するだけでも、体調の快復が得られることは珍しくはないからです。そして、ステージ3で手術をしたのであれば、その後抗がん剤をしなくても再発しない、という可能性も少なくはなく、つまりはこのプログラムで治った、というよりはがんの手術でがんが治った、という可能性の方が高いのです。

この9つの実践で万人が治るわけではない「仮説」である以上、この本をそういった「治療の手引き」としてとらえるならそれはやはり注意した方がよいと言わざるを得ません。でも、その点に注意したうえで、前向きに生きるためのヒント、がんを持ちながら生きるためのヒントを得るための本としては、読む価値があるかもしれません。

我々医療者は、科学者として伝えるべきことはきちんと伝えるべきだし、危険な治療法や詐欺に患者さんが向かおうとしているのなら、それは止めるべきと思っています。しかし一方で、患者さん達がいかに前向きに人生を生ききることができるかを常に考え続けないとならないとも思っています。この本を読んだことをきっかけに、患者さんが前向きな希望を持てた、というのであれば、この本はひとつの役割を果たしたと言えると思いますし、その「希望」自体を私が否定するものではありません。それならば私は、人間としてその希望を支えつつ、医学の科学者としてアドバイスをしつつ、患者さんの生きる道に寄り添って行きたいと思います。

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西 智弘(にし・ともひろ)
川崎市立井田病院・かわさき総合ケアセンター医師。2005年、北海道大学医学部卒。家庭医療を志した後、緩和ケアに魅了され、緩和ケア・腫瘍内科医として研修を受ける。2012年から現職。緩和ケアチームの業務を中心として、腫瘍内科、在宅医療にも関わる。日本内科学会認定内科医、がん治療認定医、がん薬物療法専門医。http://tonishi0610.blogspot.jp/

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