Logitechのロゴから紐解く、テクノロジーと人間のかかわり

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こうやって並べてみると、つくづく思いきった変更ですよね。

先日、ロゴデザインの変更を発表したLogitech(日本だとロジクール)。緑っぽい色に、手書き風の目。マウスにちょこんとついたロゴになじみのある人も多いはず。このロゴがデザインされたのは1988年。デザイナーのTimothy Wilkinsonさんは、当時パソコンを持っていなかったそうです。けれども、彼は「ハードウェアが人体を拡張する」というLogitechのビジョンに強く惹かれていました。

30年前に比べてわたしたちとテクノロジーの関係性も大きく変わりました。そんな変化がどのように起きていったのか、Logitechのロゴの歴史を紐解くことであきらかになってきます。

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Logitechと聞いて、最新のテクノロジー企業を想像する人は少ないかもしれません。しかし1980年において、Logitechはコンピューターインタラクションの先端にいました。彼らが目指したのは、人間の手でコンピュータースクリーンを操作できるようなハードウェア。Logitechの設立者は、当時スタンフォード大学の学生だったDaniel BorelさんとPierluigi Zappacostaさん。コンピューターサイエンス専攻の大学院生だった彼らは、自分たちの専攻にちなんで、フランス語の「logiciel(ソフトウェア)」という言葉に似たLogitech」という名前をつけました。

彼らはほかのソフトウェアメーカーのように、視覚的にコンピューターを操作することを実現しようとしていました。そのために必要だったのが、キーボードを超えるような入力装置。そう、マウスです。その後、Logitechのようなメーカーによって、マウスは最もメジャーな入力装置となっていきました。アップルやほかのPCメーカーのマウスも作るなど、ビジネスはのぼり調子でした。

1980年代後半には、「そろそろロゴが必要だよね」ということで、シリコンバレーの「frog design」にデザインを依頼します。当時のfrog designは、まだまだ新しい工業デザインスタートアップでした。ちなみに創業者はアップルの「Snow White design language」を構築した人物でもあります。


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Frog designのMac


はじめに書いた通り、デザインを担当したTimothy Wilkinsonは当時パソコンを持っていませんでした。「カーソルがどういうものなのかも知らなかった」とのこと。ちなみにロゴの右上にある赤い矢印は、プラスサインの予定だったそうです。しかし、CEOからLogitechのビジネスについて話を聞き、赤い矢印に変更します。当時を彼はこんなふうにふりかえっています。

コンピューターはすっかり日常に溶けこんでしまい、人はもっともっと近い距離でコンピューターと相互にコミュニケーションするようになっていく。そのときにLogitechは欠かすことのできない役割を担うことになる...。この設立者が描く未来にすっかり魅了されてしまったんです。

コンピューターが日常になくてはならないものになり、ハードウェアで人の身体を拡張する。心踊る未来のテクノロジーと人の姿を、Wilkinsonさんはロゴで表現しようと試みます。彫刻のような人の顔のような、手書きのロゴ。文字のフォントには、1980年代に大きな影響力をもっていたグラフィックデザイン雑誌「Emigré」からインスピレーションを受けているようです。


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「わたしは、人間の身体と精神の両方を表現しようとしていました。進化していくサイバー世界における、わたしたちの身体や精神の潜在能力です」と彼は説明します。ある意味、このデザインは、グラフィカルインターフェースの概念を表した、(古代エジプト文字の)ヒエログリフのようなものかもしれません。

ロマンチックで未来的なデザイン。これは1980年代のシリコンバレーにおける、楽観主義と超現実的なテクノロジーへの熱狂と重なります。1988年ごろ、デザインの最先端にいたFrog deisgnは、人々がパソコンを手にしていく体験を形づくる役割を担いました。古いロゴは、まさに当時の楽天主義と理想主義を体現しているんです。人間の目が世界中を見渡していて、一番上のまつ毛は未来を目指すように上を向いていますよね。

Logitechは8年後に、再びWilkinsonさんにデザインの更新を依頼します。1996年に発表された新ロゴ。ここからも、当時のシリコンバレーのデザインカルチャーがわかります。より有機的でなめらか、しなやかな動きのあるデザイン。「薄いベージュで、ブロック型、単一ボタンのマウスは過去のものになっていました」。Wilkinsonさんは次のようにつづけます。「Logitechはよりなめらかで小石のような、マルチボタンのマウスを作っていました。洗練された色と機能を兼ねそなえたものです」


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初代ロゴで顔だった部分は、緑色のマウスに変化。走り書き風の目は、コンピューターと世界をつなぐ点として表されています。Wilkinsonさんは「これこそ、Logitechの製品だと信じています。サイバー空間において人間の五感を動かすことを可能にするツールです」。Wilkinsonさんはこういった考えに反対する人もいるだろうと言います。「うぬぼれた考えと思う人もいるでしょう。ただこれはまぎれもなく当時のわたしが感じていたことなんです」

新しいロゴの誕生


Logitechのように、初代のロゴをずっと使いつづけるテクノロジー企業はなかなかありません。だからこそ、次第にWilkinsonさんのロゴは古くさくて、懐かしさを感じさせるものになっていったのです。両親の家でAOLの接続用CD-ROMを見つけたときにわきあがってくるあの懐かしさです。

これではまずいということで、会社はロゴの刷新を決断します。Wilkinsonさんもこの流れに異論はないとのこと。ただ、もっとも認知度の高いロゴを捨ててしまうのは、もったいないと感じています。「ロゴを刷新してLogitechのシンボルをなくしてしまうのは、アイデンティティーをなくしてしまうのと同じになってしまう」

それにしてもなぜ「Logitech」から「tech」をはずして「logi」にしたのでしょうか。ブランド戦略のVPは米GizmodoのDarren Orfに、次のように話してくれました。「テクノロジーはどこにでもあります。空気のようにわたしたちの周りに溢れています。おそらくわたしたちの服にだって。将来、「Tech」という言葉自体がなにも意味しないようになるでしょう」。この考え方、まさにWilkinsonが1980年代はじめに魅了されたLogitechのビジョン「ハードウェアが人体を拡張する」と重なりますよね。


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新しいロゴは、最近の流行りのUIデザインがしっかりと反映されています。アルファベットは小文字。宝石っぽくてとてもフラット、文字間の余白に工夫をこらしたデザイン。グーグルのマテリアルデザインとも通ずるものがあります。

従来のものと比べたとき、新しいロゴがもはやロゴと呼べないのかもしれません。これ、Logitechの主力商品であるマウスが消えつつあることと、ちょっとだけ似ている気がします。コンピューターメーカーはタッチスクリーンデバイスをどんどん作っていて、ジェスチャーや音声認識による操作を実現しています。おそらくこれからマウスは「誰もが使うもの」ではなくなっていくでしょう。Logitechのビジネスも流れにあわせて、形を変えていくでしょう。

Wilkinsonさんの旧ロゴには、表情がありました。Logitechのビジネスにわくわくする彼の感情がみえるかのようなデザイン。新しいロゴは他のロゴと同じく、奇抜さの少ない、すらっとした、視覚的に洗練されたもの。Logitechが提供するプロダクトに従って、ロゴも変わったのだということでしょう。

とはいえ、古いロゴをみると昔のテクノロジー業界を懐かしく思ってきゅんとしてしまいます。大きくて、面白くて、何だかわくわくする素敵なロゴでした。


Kelsey Campbell-Dollaghan - Gizmodo US[原文
(Haruka Mukai)