ゾンビパウダーが実在? 中南米で発見された“死んだはずの男”を追った学者の話 | ニコニコニュース

『ゾンビの科学 よみがえりとマインドコントロールの探求』(フランク・スウェイン:著、西田美緒子:訳/インターシフト)
ダ・ヴィンチニュース

 ゾンビは実在する。オカルトでもなければ、トンデモな話でもない。ジョージ・A・ロメロの描いた“生ける屍”の話でもなければ、ゲーム『バイオハザード』シリーズに代表される、ステレオタイプなモノでもない。「夜も眠れなくなるようなほんとうの話ばかり」だと謳う書籍『ゾンビの科学 よみがえりとマインドコントロールの探求』(フランク・スウェイン:著、西田美緒子:訳/インターシフト)には、アメリカの科学ライターがまとめた、世界各国のゾンビにまつわる“現実”のエピソードが凝縮されている。

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 1980年の春。中南米に浮かぶ島・ハイチで、ある女性が市場で男性と出会った。よれた服に身を包み、フラフラとうつろな目で歩いていたという男性。「クレルヴィウ・ナルシスだ」と名乗った男性に、女性は驚きを隠せなかった。

 じつは、その名前は死んだはずの女性の兄のものだった。死亡したのは、1962年4月30日。医師により確認されたもので、女性はハッキリと死亡証明書に承諾していた。しかし、ナルシスを名乗った男性は女性へ、「毒薬を飲まされ、生きたまま墓に埋められたあとで掘り起こされ、朦朧として気を失うほど殴られると、サトウキビ農園で奴隷として働かされていた」と主張したという。

 やがて、事件ともとれる“ナルシスを名乗る男”の存在は、精神神経センターで所長を務めるマルク・ドゥヨン医師の元へ届いた。ハイチ国内でにわかに騒がれる“ゾンビ化”の事件を調べていたドゥヨンは、ナルシスの過去を探るべく、彼を知る家族や友人と幾度にわたり面談を重ねた。そして、本人しか知るはずのない幼少期の思い出やあだ名を語る男が、「間違いなくナルシスである」と確信した。

 男は、みずからの“死”と埋葬についても、ドゥヨンに細かく説明したという。「棺の近くで親族の泣く声が聞こえた」「頰の傷跡は、棺に打ち付けられた釘で負ったものだ」と語る男。さらに、墓地で家族や友人が交わした会話の断片を再現したという男の記録は、ドゥヨンから世界中の専門家へと伝えられた。「何らかの毒薬を飲まされ、死んだように見える昏睡状態に陥っていた」とドゥヨンが仮説を唱えたこの当時、「NASAが、まさにその種の昏睡を引き起こす調合物を探している」という噂もあったという。

 男の話が真実ならば、生と死についての常識すら覆しうる。そんな中、ドゥヨンの仮説に興味を抱いたアメリカの民俗植物学者がいた。ハーバード大学の研究チームに所属していたウェイド・デイヴィスである。デイヴィスはドゥヨンの仮説を受け取る前、「ゾンビの毒薬を明らかにして試験できるサンプルをアメリカに持ち帰るべし」と命を受け、南アフリカで の調査をした経験もあった。

 ナルシスが“死亡”した当時、診断書には「体の動きと機能を抑え、麻痺を誘発する物質」が使われたという形跡があったほか、ドゥヨンの面談から、ナルシスを名乗る男は「意識ははっきりとした状態に保てる」と証言していたという。

 これらの記録や証言を頼りに、デイヴィスは独自の調査を始めた。当初は、解離性幻覚を引き起こすとされる“チョウセンアサガオ”がその主成分であると疑っていたが、ハイチでブードゥー教の司祭“ボコール”たちと知り合うにつれて、ゾンビ化させる毒薬“ゾンビパウダー”の成分が明らかになっていった。

 ボコールたちの毒薬を分析した結果、害虫駆除に使われていたオオヒキガエルの皮、かゆみを引き起こす豆類、日本でも栽培されているビルマネムの種、そして、2種類のフグから採取されたと思われるテトロドトキシンの成分が発見された。デイヴィスが協力を求めたニューヨーク州立精神医学研究所の実験では、先の毒薬を服用したラットの心臓や脳が、昏睡状態に陥ってから数時間語も動き続け、24時間後にはふたたび回復することも確認された。

 この結果を受けて、フグの持つテトロドトキシンこそが「ゾンビを作り出す要因に違いない」とデイヴィスは結論づけた。あくまでも仮説の域は出ないものの、神経毒の1種であるテトロドトキシンは、「脳に影響せずに体の活動を停止させる」作用があるという。

 デイヴィスは、その役割を「最初に死んだと錯覚させることにある」と考え、「効果は一時的なもので、犠牲者はまもなく目覚め、すべての心的能力を取り戻すだろう」と唱えた。さらに、昏睡状態を持続させるために使われる第2の毒薬として、チョウセンアサガオのようなナス科の植物が使われたという、新たな仮説も訴えていた。

 臨床試験ができない以上、デイヴィスの仮説が正しいか否かは、おそらく断言することはできない。ただ、複数の証言からみえたナルシスを名乗る男の存在は、ゾンビと私たちが住む現実を結びつける“鍵”のようにも思える。同書では他にも、ゾンビを元にした「よみがえりの医療」、CIAによる“ゾンビ薬”を使ったスパイの洗脳計画などを示唆している。生と死の解釈すらも揺るがしかねないエピソードばかりだが、ひょっとすると隣にいるかもしれないゾンビの存在を、震えながら感じてもらいたい。

文=カネコシュウヘイ