【レポート】いざ復活へ - 打ち上げ再開と待ち受ける難関 | ニコニコニュース

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2015年5月16日、カザフスタン共和国のバイカヌール宇宙基地から打ち上げられたロシアの「プロトーンM」ロケットが打ち上げに失敗し、搭載していたメキシコ合衆国の通信衛星「メクスサット1」と共に失われた。

プラトーン・ロケットは、ロシアにとって大型衛星を打ち上げられるほぼ唯一のロケットで、また世界的な人工衛星の商業打ち上げ市場においても高い存在感を放ち、さらに国際宇宙ステーションの建設でも活躍するなど、ロシアの宇宙産業がもつ技術の高さの象徴でもあった。しかしここ数年は打ち上げ失敗が相次いでおり、今や斜陽化の象徴と化してしまっている。

本シリーズの初回( こ )では打ち上げ失敗の概要について紹介、また前々回は、プラトーンがどのようなロケットなのかについて紹介した。そして前回は、5月29日にロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)から発表された、今回の事故調査結果について見た。

第4回となる今回は、いよいよ発表されたプラトーンMの打ち上げ再開の計画と、プラトーンMの今後について見ていきたい。

○8月28日に打ち上げ再開へ

ロシア連邦宇宙庁(ロスコースマス)は7月29日、プラトーンMロケットの打ち上げ再開日を8月28日に設定したと発表した。

5月29日に事故原因が発表された後も、ロスコースマスや、ロケットを開発したGKNPTsフルーニチェフ社ではさらに調査が続けられ、また事故の再発防止に向けた、問題箇所の設計や素材の変更、そしてその評価などが続けられていた。そしてロスコースマスはそれらを踏まえた上で、打ち上げ再開の向けた計画を承認した。

またプラトーンMの商業打ち上げサーヴィスを担っているインターナショナル・ローンチ・サーヴィシズ社も、この発表と同じ日に、独自の調査委員会による調査を終えて打ち上げ再開に向けた準備を開始すると発表した。

この打ち上げ再開1号機では、英国インマルサット社の通信衛星「インマルサット5 F3」が搭載される。この打ち上げは、離昇から衛星分離まで15時間31分間もかかる長時間のミッションで、近地点高度(軌道の中で最も地球に近い点)が4341km、遠地点高度(最も遠い点)が6万5000km、軌道傾斜角(赤道からの傾き)が26.75度の、スーパーシンクロナス・トランスファー軌道と呼ばれる軌道に衛星を投入する。

8月25日の時点で、打ち上げ準備は順調に続いており、すでにロケットは発射台に設置された。打ち上げ日時は、カザフスタン時間8月28日17時44分(日本時間8月28日20時44分)に予定されている。

この打ち上げに成功すれば、その後は9月から11月にかけて、プラトーンMの打ち上げが続々と行われる予定となっている。打ち上げ予定はまだ公式には発表されていないが、ロシアのインテルファークス紙は8月3日に、ロケット産業筋からの情報として、8月から11月までの間に、6機のプラトーンMが打ち上げられると報じている。

記事によると、まず8月28日のインマルサット5 F3の打ち上げを皮切りに、9月14日に通信衛星「エクスプリェースAM8」を、10月6日に通信衛星「トルコサット4B」を、さらに10月中にロシア国防省の軍事衛星、そして11月中に通信衛星「ユーテルサット9B」と「エクスプリェースAMU-1」を打ち上げるという。また、この6機以外にも、12月にはインテルサット社の通信衛星の打ち上げが計画されている。

当初、これらの衛星の打ち上げは、今年5月から8月にかけて行われるはずだったが、失敗のあおりを受けて延期されていた。

1年間に数機しか打ち上げられない日本のロケットを見慣れていると、約3か月の間に6機が打ち上げられるというのは、かなり忙しいスケジュールのように思えるが、実のところプラトーンMの歴史の中でも相当な過密スケジュールだ。一番最近でも2000年にあったぐらいで、プラトーン・ロケットの運用が始まった1960年代から見ても、数えるほどしか例がない。少しでも遅れを回復しようという焦りが見える。

さらに、これらの打ち上げのほとんどには、「ブリースM」という上段が使われるが、エクスプリェースAM8だけに限っては「ブロークDM-03」という上段が使われることになっている。この両者はまったく異なる機体で、ただでさえ忙しい中に、勝手が異なる2種類のロケットが入ってくることになる。2010年には、いつもと違う上段の打ち上げ準備において、作業員がいつもと同じように推進剤を入れたところ、規定値を超えて入れ過ぎてしまい、それが原因で打ち上げが失敗するという事故が起きており、やや不安なところではある。

そしてさらに、2016年1月7日から27日の間には、欧州とロシアが共同で開発した火星探査機「エクソマーズ2016」の打ち上げも予定されている。もちろん失敗も許されないが、何よりも他の衛星と違い、火星探査機は地球と火星の軌道の都合上、打ち上げられるタイミングは約2年2カ月ごとにしか巡って来ず、何らかの理由で打ち上げが延び、2016年1月を逃すことも許されない。

またエクソマーズ2016は、その2年後に打ち上げられる「エクソマーズ2018」で計画されている火星探査ローヴァーの技術実証も兼ねている。もし失敗や打ち上げ延期となれば、エクソマーズ2018の打ち上げ時期が遅れるだけはなく、計画そのものにも大きな影響が出るだろう。

○失われた信頼は取り戻せるか

かつてのプラトーンMは、シリーズ通算で約400機も打ち上げられている実績と、それに裏打ちされた信頼性、またその強大な打ち上げ能力と、ブリースMという稀有な性能をもつ上段のおかげで、衛星打ち上げ市場の中で大きな存在感を示していた。何より、米国や日本の企業の衛星を打ち上げた実績があることがそれを証明している。

だが、近年では目に見えて打ち上げ失敗が増えており、その信頼は失われつつある。たとえば2014年は8機中2機が、また2013年は10機中1機が、2012年は11機中2機が、墜落したり、目的の軌道へ衛星を投入できなかったりといった失敗を起こしている。プラトーンは年間10機前後という、他のロケットより比較的多く打ち上げられていることは考慮すべきではあるものの、それにしてもこうして連続しているというのは、明らかに異常だ。

プラトーンMのライヴァルにあたる、あるロケットの関係者からは「誰が1年に1機落ちるようなロケットを使いたがるのか。もはやプラトーンに信頼性はない」という声を聞いている。

なぜ、このようなことになってしまったのだろうか。

その原因として挙げられるのは、ソヴィエト連邦崩壊後の混乱やロシア連邦の財政難による、技術者の頭脳流出や、経験者の不足、後継者の育成失敗などだろう。

ロシアの宇宙開発におけるロケットや宇宙機の多くは、ソヴィエト連邦時代に開発された技術を受け継ぎ、少しずつ改良しながら維持されてきた。ロシア連邦が成立してから新しく造られたものは数少なく、そしてその数少ないもののうちいくつか、例えばブリースMや、最新鋭の偵察衛星「ピルソーナ」は、打ち上げ後に故障するといった問題を多く起こしている。

そればかりか、プラトーンなど、過去に開発されたロケットや衛星の製造でも、指定された部品が使われていなかったり、部品を取り付ける向きを間違えたりといった理由で失敗や故障が起きてもいる。

つまり、現在のロシアの宇宙開発には、新しいものを造り出す技術のみならず、すでに開発済みのものを正しく製造し続ける技術も失われつつあることがわかる。

このような状況から立て直すのは至難の業となるだろう。現在ロシアでは、組織の再編などを手始めに、宇宙産業の改革が進められてはいるが、それが完了しても、すぐにロケットの成功率が上がるようなことは起きえず、ようやくスタートラインに立てるということにすぎない。

ひとつ、明るい希望があるとすれば、それはプラトーンMが数年以内に引退し、「アンガラーA5」という新しいロケットと入れ替わるということだろう。アンガラーA5はプラトーンMと同等の打ち上げ性能を持っており、またロシアが建設中のヴァストーチュヌィ宇宙基地には、プラトーン・ロケット用の発射台は建設されず、正確な日付はまだ不明だが、今後5年から10年以内の間には完全に代替されることになるはずだ。

一般的に、新しく造られたロケットは、最初の数機で失敗が起こりやすいが、これまでにアンガラーはシリーズを通して2機が試験飛行で打ち上げられ、2機とも成功している。

多少荒療治にはなるだろうが、プラトーンからアンガラーへの世代交代を通じて、現場の技術者の世代交代も進み、ロケットの運用ノウハウの再構築ができれば、まずは大型ロケットから再興を果たせるかもしれない。

(鳥嶋真也)