めくるめく編集合戦から考えるウィキペディアの正しい使い方

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「編集合戦」についての研究がユーザーを怒らせてしまう皮肉すぎる結果に...。

日々すさまじい数の情報が更新されていくウィキペディア。なかでも意見の割れる項目では、何度も何度も同じ箇所が編集されたりしています。そんなめくるめくedit war(編集合戦)について論文を発表したのは、コネチカット大学のGene Likensさんとバッファロー大学のAdam Wilsonさん。

わたしたちは長年にわたり酸性雨を研究してきました。そのなかで(ウィキペディアにおいて)自分たちが編集した項目が編集されていることに気づきました。そして、編集された箇所には嘘や間違いが含まれていたんです。


LikensさんとWilsonさんはこの経験から、「他の科学的なトピックも同じような間違った編集が加えられているんじゃないか?」と思いつき、研究を始めたそうな。

彼らは7つのトピックの編集履歴をダウンロード、10年分にもわたるデータを分析しました。データには1日あたりの平均編集数や閲覧する人の数などが含まれてます。トピックは「地球温暖化」「酸性雨」「進化論」という政治的に意見が真っ二つなものに加えて、「一般相対論」「大陸移動説」「地動説」「素粒子物理学の標準理論」などアンチサイエンスな人々にとって一発触発なトピックまで。

分析してみると、「酸性雨」「地球温暖化」「進化論」の記事は、ほかの4つに比べてより多く編集されていることがわかりました。たとえば、地球温暖化のエントリーは1日に3、4回は編集されていたのだとか。編集の度に修正される文字数の平均は100文字。これに対して「素粒子物理学の標準理論」についてエントリーは数週間に10文字程度しか編集されていません。つまり、科学的に議論が分かれるものよりも、政治的に論争を巻き起こすようなトピックがより多く編集されていたんです。

編集だけでなく、閲覧数も3つのトピックが圧勝。地球温暖化は一日あたり15,000から20,000ページビューなのに、地動説はたったの1,000から1,500でした。もちろん編集される数が多ければ、ページビューも必然的に増えます。とはいえ、地球温暖化について編集せずに調べるだけの人が多いのも事実のはず。研究者は、地球温暖化など重要なトピックにおいて、信頼できる情報が得られなくなる危険性を指摘しています。


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ウィキペディアの反論


今回の研究結果に対してウィキペディアを運営するウィキメディア財団は懸念を示しているようで、担当者は米Gizmodoに次のように話してくれました。

今回の研究結果では発見を誇張して説明しており、事実がねじまげられています。たとえば、研究者は編集の頻度と記事の不正確さの関連性をはっきりと示してはいません。単に”議論を巻き起こす”トピックが”議論を巻き起こす”ことを説明しただけです。


財団だけでなく、ウィキペディアの編集者たちも研究のメソッドを痛烈に批判しています。「議論を呼ぶトピックには悪意のある編集がなされることもあるから、より多くの修正が必要」という誰でも知っていることを示しただけだ! とウィキメディア財団とほぼ同じ意見のよう。

たしかに、意見の割れているトピックではたくさんの研究がなされているのだから、今回の研究が示すような事実は当たり前といえるのかも。新しい発見があればアップデートする、というウィキペディアのあり方を考えてみると、トピックによる修正頻度の違いが生まれるのは至極あたりまえのはず。

そもそもウィキペディアの仕組みって?


みなさん知っての通り、ウィキペディアのコンテンツはボランティアの手によって生み出されています。項目が追加されたり、削除されたり、修正されたり...。そのすべてはボランティアさん頼みなわけです。もしも編集のプロセスで議論したいことがあれば、Talkページ(日本ではノートページ)で話し合います。

これ、仕組み的には素晴らしいんですが、全員が善意をもって「正確かつ優れたコンテンツを作るぞ!」と思っていないと機能しないわけです。今回の研究を行った二人は、ウィキペディアの仕組みは科学論文と似ていると考えています。ただし、二つほど大きな違いがあります。コンテンツを世の中に発信した後に見直しをすること。そして、間違った修正が何度も何度も繰り返されたりすることです。

ウィキペディアでは、編集者のモチベーションやコミットの度合い、信頼度などはまったくわかりません。とくに匿名利用者の場合は。


つまり、人々がまちがった情報を追加したり、ばかばかしいデマを書き込んだり。編集によるケンカをはじめてしまうと、信頼できる情報にたどり着くことは不可能になってしまいます。

「そんなのとっくの昔に承知したうえで使ってるんだよ」という人も多いはずです。ただ、「地球温暖化」のような意見がまだまだ議論の必要なトピックで情報が錯綜しまくっている状況はたまったもんじゃないと感じる人もいるでしょう。

荒らしに対処するのはみんなの仕事


一日に何度もページが編集されてしまうと、信頼できる編集者が常に見張り番をすることなんてできません。Lewisさんは「酸性雨や進化論などedit wars(編集合戦)がはじまってしまったトピックでは、数秒後にまったく違う意見が書き込まれていることもあります。」と話しています。

ウィキペディアはこの編集戦争や荒らしをコントロールしようとはしているものの、どれくらい効果があるかは微妙なところ。実際にいくつかのページは「保護された状態」になっていて、一日に3回以上は編集できなくなっています。さらに、あきらかに侮辱的なことは検知できるようなアルゴリズムも設定可能。もちろんまだ完璧ではありませんが、少しずつ改良されているようです。悪意を巧妙に隠してしまった編集などは、検知できなかったりするので、そこらへんは完全に人間のユーザーまかせなのです。

もちろん、編集だけでなくソースの確認もユーザーの仕事。ウィキペディアは、書かれた事実を裏打ちするソースを必ず記載するように! としています。とくに科学関連のトピックでは、ほぼすべてのソースが審査を通過した正式な科学論文です。これにより、ユーザーは記載された情報が信頼できるソースからのものだとわかります。WilsonさんとLikenさんは、政治的に意見の割れているトピックでは、ソースをしっかり確認することを強くすすめています。

ただし、「ウィキペディアってそもそもなんだ?」というところはしっかり心に留めておきたいもの。ウィキペディアも次のように説明しています。

常に変化し続けるウィキペディアでは、記事によってクオリティに大きな差が生まれてしまうのは仕方のないことです。どれが優れた記事で、どれがそうでない記事か。わたしたちは十分理解しています。このように記事には間違いが含まれたものもあるので、重要な決断をするときにウィキペディアを利用するのは避けるようにしてください。


今回の研究を率いた二人も、次のように記しています。

必要なのは大量の情報をどのように有効活用できるかということです。ウィキペディアの強みであるトピックの幅広さや、頻繁なアップデートをうまいこと利用しながら、間違いもあることや編集者同士のいざこざなどの弱みを意識して避けることが大切。


残念ながらウィキペディアユーザーからボコボコにダメ出しされてしまった研究ですが、「ウィキペディアってそもそもなんだ?」と改めて考えるきっかけにはなったのかも。個人的にはめげずに分析を続けてほしいなあと思ってます。


source: PLOS ONE, Cary Institute of Ecosystem Studies

Kiona Smith-Strickland - Gizmodo US[原文
(Haruka Mukai)