五輪エンブレム問題、仮にデザイン盗用でも「知らぬ存ぜぬ」で著作権侵害にならない? | ニコニコニュース

使用中止となったエンブレム
Business Journal

 2020年東京オリンピックのエンブレムが、ベルギーの劇場ロゴに似ていると指摘された問題は、劇場ロゴをデザインしたベルギー人デザイナーがエンブレムの使用差し止めを求めて国際オリンピック委員会(IOC)を訴え、9月1日に大会組織委員会が使用中止を決断するに至った。

 確かに、中央のラインや左上と右下の図形に着目すると、2つのデザインは見る人に似た印象を与えることは否定できない。しかし、エンブレムをデザインした佐野研二郎氏は「ベルギーデザイナーのロゴはまったく知らないもので、制作時に参考にしたことはない」と疑惑を否定し、大会組織委員会も使用中止の記者会見で、「盗用ではなくオリジナルだと確信しているが、国民の理解が得られないため白紙撤回する」と説明している。

 著作権の問題に詳しい木村佳生弁護士は「著作権侵害が認められるためには、『類似性』と『依拠性』が必要となります。佐野氏のコメントは、既存の著作物を基にして新たな著作物を制作することを意味する依拠性を否定したものと考えられます。つまり、仮に2つのデザインが似ているとしても、それは偶然の一致に過ぎないという主張です」と解説する。

 では、佐野氏が「まったく知らない」「見ていない」と言えば、依拠性が否定され著作権侵害の可能性はないということになるのだろうか。事実はどうであれ、そう言い張ってしまえば問題がなくなるとしたら、納得できない人も多いだろう。

「一般に、著作者がすでに存在する著作物を見る機会がなく、その存在や内容を知らなかった場合には依拠性がないと判断されます。今回は、佐野氏がベルギーデザイナーのロゴにアクセスする機会があったか、またその内容を知っていたかという点が問題となります」(同)

 ベルギーデザイナーのロゴは、リエージュ劇場のロゴとして一般に公開されていたものだから、佐野氏が著作物を見る機会がまったくなかったとはいえない。また、特定の書籍などにベルギーデザイナーのロゴが載っているなど、より具体的に佐野氏がロゴを知ることができたと証明できれば、依拠性があったと事実上推認される可能性があると木村弁護士は指摘する。

 しかし、仮に佐野氏がロゴを知っていたとしても、実際に模倣したと証明することは極めて難しい。知る機会があったというだけでは依拠性を認定できない場合は、どうなるのだろうか。

「そうした場合は、類似の程度、創作性の高低、被疑侵害者の社会的立場などから判断することになります。本件についていえば、デザインの類似の程度を検討し『依拠していなければ、これほど類似することはあり得ない』といえるかどうかがポイントになります。ただし、本件のようなシンプルなデザインでは、依拠性が認められるほどにデザインの特徴的な類似があると主張するのは困難ではないかと思います」(同)

●サントリーのトートバッグは模倣

 ロゴデザインに模倣疑惑が浮上している佐野氏だが、著作権侵害と認定することはなかなか難しいようだ。

 また、佐野氏の作品には、五輪エンブレム以外にも東山動植物園のシンボルマークなど、部分的な位置や構図は微妙に違っているが、類似作品の存在が複数指摘されているデザインが多数ある。同一人物の作品でこうしたデザインが複数存在するという事実が、五輪エンブレムの依拠性・類似性の判断にも影響する可能性はあるのかは気になるところだ。

 これについて木村弁護士は「著作権侵害の認定は、あくまで著作物ごとになされるため、ほかに類似のケースがあるとしても、五輪エンブレムの著作権侵害の証拠にはならないと思います」と述べる。

 似たものを見てしまうと、「パクり(模倣)ではないか」という印象を抱きがちだ。しかし、単にアイデアなどが共通しているというだけでは、著作権侵害があるとはいえない。デザインは少なからずベースとなるものがあって、それを参考にしてなされることが多く、また、ロゴなどのシンプルなデザインは、どうしても似たものが存在する可能性が高くなる。微細な部分まで一致するといった事実がないと、著作権侵害はなかなか認められないようだ。

 そうすると、五輪エンブレムとリエージュ劇場のロゴは異なる点がいくつか認められるから、法律上は問題ないといえる可能性が高い。

 しかし、法律的な判断においては五輪エンブレムと関係ないとはいえ、サントリービール「オールフリー」のキャンペーンでプレゼントされていたトートバッグのデザインについて、トレース(既存のデザインをなぞること)があったことを認めたため、佐野氏の信用性に大きな影響を与えてしまった。

 こうした事実から佐野氏が、五輪エンブレムでも模倣する意識があったのではないかと疑われてしまうのは仕方ない。模倣を証明できなければ「クロ」とはいえないが、多くの人に与えた悪い印象は消えない。世界的イベントの象徴となる五輪エンブレムで、日本国民に負の感情を想起させ、ついには撤回という事態を招いてしまったという事実は重い。
(構成=関田真也/フリーライター・エディター)

【取材協力】
弁護士 木村佳生
東京弁護士会所属。ベンチャー企業支援をテーマに、起業支援、資金調達・M&Aサポート、紛争対応などに幅広く取り組んでいる。