吉野家が「客が求めない商品」を販売した理由 | ニコニコニュース

吉野家が「客が求めない商品」を販売した理由
東洋経済オンライン

牛肉価格の高騰を背景に、昨年12月に牛丼並盛を300円から380円へ値上げした吉野家。値上げ発表時、河村泰貴社長は「最初の3カ月の影響が大きい」と語っていた。だが、ふたを開けてみると、既存店の客単価は2ケタ増で推移した一方、客数は7月まで前年同月比で10%以上のマイナスが続いた。

8月こそ、新商品「麦とろ牛皿御膳」が寄与して、客数は同2.7%減と持ち直す兆しを見せたが、今後についてはまだ不透明感がぬぐえない。現状の分析とこの先の見通しについて、河村社長に聞いた。(インタビューは7月27日実施)

■"絶対価格"を求める層がいるとわかった

――値上げ以降、客数の減少に歯止めがかかっていない。

現状については真摯に受け止める。(値上げした後)“絶対価格”を求める層、すなわち「牛丼並盛は300円以下」を望む方が一定数いることがわかった。

値上げで一時的に店舗の売り上げが増えることもあるが、最大の評価は客数にほからならない。店舗の清掃、丁寧な接客など、すべての活動がそれにつながる。絶対的な安さを求める方にも再び来店してもらえるよう、新商品開発などを積極的に取り組んでいきたい。

――足元の牛肉相場は下落傾向に転じている。再び値下げする可能性は?

アジア諸国を中心に、新興国の牛肉需要は大きく伸びている。中長期で見ると、価格が下がり続けるとは考えにくい。

仮にTPP(環太平洋経済連携協定)が妥結しても、輸入牛肉は現地相場や為替動向など、さまざまな要因で価格が決まる。関税が下がっただけで、牛肉価格が下がるとは限らない。今後の相場動向も楽観できない以上、頻繁に価格を上げ下げしないほうがいい。

どうやって客数を増やすのか

――どのように客数増を図っていくのか。

かつては、当社の原点であり、強みでもある、「うまい、やすい、はやい」を徹底的に磨き込めば、お客さんが支持してくれた時代もあった。今はそれだけでは難しい。失敗してもいいから、いろんなことに挑戦しなくてはならない。

■なぜ「ベジ丼」を売り出したのか

――そうした中、5月には「ベジ丼」という新しい商品を投入した。

ベジ丼は、私が直接指示をして開発・商品化したもので、昨年5~6月ごろから導入に向けて動き始めた。投入した最大の要因は「僕が食べたかったから」。

吉野家の客層は私と同じような40代の男性が多い。こうした年代の方は「野菜を食べなくては」という意識を持ち始めるからだ。

私はトップ以外が商品開発に口を出すべきではないと考えている。たくさんの意見を取り入れてしまうと、“両論併記”したような平均的な商品しか出てこない。仮に多くの意見を取り入れてしまえば、「牛すき鍋膳」やベジ丼なんて商品は世に出なかったかもしれない。

発売前には社内に対して「(ベジ丼は)売れないかもしれないけど、やる」と話したこともあった。販売食数より、吉野家がこれから“健康”に取り組んでいくご挨拶代わりの商品ということをアピールしたい側面が大きかった。

店舗にとっては、売れない商品が出るのは本当に迷惑な話。安部修仁・吉野家ホールディングス会長も「自分ならこんな商品はやらない」と言っていたが(笑)、ふたを開けてみると想定どおりに売れたので安心した。

――吉野家の常連客からは、ベジ丼に対して不満の声も挙がったのでは?

正直な話、「そんなの、吉野家に求めていない」という声も耳に入ってきた。でも、だからこそやる意味がある。ベジ丼を支持してくれる方は、今まで吉野家を選択肢にしてこなかった方が多く、新規顧客の開拓につながった。

僕が「健康」と社内で言い出したとき、「健康=美味しくない」というイメージを持つ幹部はたくさんいた。でも、美味しくて健康だからこそ売れる。この両方を組み合わせることで、新しい価値を提供していきたい。

吉野家に成長余地はあるのか

――コンビニエンスストアを中心に中食市場の攻勢も目立つ。

ここ10年でコンビニ商品は日進月歩で品質を向上させてきた。勝負するうえでは、同じ土俵に乗ってはいけない。対抗して出店数を増やすのではなく、コンビニができないことをやっていく。2年前に出した牛すき鍋膳がよい例だ。

6月末には、“ちょい飲み”ができる業態「吉呑み」を360店まで拡大した。居酒屋よりも安く済むので、客数も順調に増えている。現在は都市部が中心だが、ロードサイドでの実験もしており、さらなる拡大余地があるか検討中だ。

――国内の出店余地についてはどう見ているか。

当面はスクラップ&ビルドが中心となる。店舗の形態についても、市場に合わせたフォーマットを浸透させていきたい。同じ吉野家でも、立地によっては持ち帰り専門店があってもいい。

ビジネス街では従来の高速回転型の店舗が求められていると思う。ロードサイドはテーブル席を増やしていくが、ベンチシートやソファーの席があってもいい。これらを3年ぐらい続けた後で、再び店舗網を拡大していきたい。

■吉野家は"西"を目指す

――M&Aや海外展開については?

買収については、大企業というより若い起業家たちを支援していきたい。たとえば、3店しかない飲食店を100店にしたいといった手助けができればと考えている。

吉野家は国内1200店に対し、海外は660店。数年後には、海外の店舗数が国内を上回るだろう。2月にマレ―シアで東南アジアの展開部隊を作った。彼らに指示したのは「GO WEST!」(西を目指せ)。未開拓の中東、インド、アフリカにも吉野家やはなまるを広げていきたい。

――事業会社である吉野家の社長に就任してから約1年が経つ。前社長であり、吉野家HD会長である安部氏とは、どのようにコミュケーションを取っているのか。

かつては「厳しい師匠」のような存在だった。最近は月2回ほど話す機会があるが、何を言ってもニコニコしている。まるで「親子」のみたいな感じ(笑)。真逆の意見をぶつけたことも昔はあったが、今では強力な応援団のような存在だ。

「週刊東洋経済」2015年9月5日号<8月31日発売>「この人に聞く」に加筆)