深刻化する宇宙の「ゴミ問題」 | ニコニコニュース

地球低軌道上のデブリ数の実績と予測グラフ(出典:NASA)
ITmedia ビジネスオンライン

 2013年にヒットしたハリウッド映画「ゼロ・グラビティ」でも話題に上がったのが、「スペース・デブリ」と呼ばれる宇宙のゴミである。2015年7月には国際宇宙ステーションでスペース・デブリの衝突未遂事件が起き、宇宙飛行士が緊急退避措置をとるなど、その問題は大きくなりつつあるのだ。

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●100万個以上も存在する宇宙のゴミ

 スペース・デブリ(以下デブリ)の明確な定義はないが、「宇宙空間に導出された人工物体のうち、機能や制御を喪失したもの」を指すのが一般的だ。主な発生源は破砕破片、人工衛星、ロケットであり、地球低軌道を中心に無数に発見されている。その数は、NASA(米航空宇宙局)によると、監視可能な10センチメートル以上のデブリが約2万個、1〜10センチまでのものは50万個、1センチ以下のものは100万個以上と推定される。

 特に近年は、2007年に中国が実施したASAT(Anti-Satellite:衛星攻撃)実験や、2009年に起きた米IRIDIUMの通信衛星「イリジウム」とロシアの軍事用通信衛星「コスモス」が軌道上で衝突した事故によってデブリが急増したと言われている。さらに今後はデブリの密度が一定数を超えることで、自己増殖化が連鎖的に進む「ケスラーシンドローム」現象を懸念する声もある。

 これらのデブリは秒速約7〜8キロメートルという超高速で宇宙空間を動いており、運用中の衛星や国際宇宙ステーション(ISS)などへの衝突の危険性があると言われている。先述したゼロ・グラビティでは、スペースシャトルへのデブリ衝突が描かれていたが、その脅威は映画の世界にとどまらず、現実問題となりつつある。既にISSへの衝突未遂事件も起きているのだ。

●あわや国際宇宙ステーションにデブリが衝突

 直近の衝突未遂事件は2015年7月に起きた。ISSに対してデブリが衝突する可能性があるとの事前予測がなされたが、PDAM(Pre-Determined Debris Avoidance Maneuver)と呼ばれる事前回避行動が間に合わなかったため、滞在していた3人の宇宙飛行士がISSに係留してあるソユーズ宇宙船へ緊急退避した。幸いなことにデブリはISSから3000メートル付近を通過し、衝突は免れたことで、宇宙飛行士は通常作業に戻ったという。

 NASAによると、ISSに対して年間で数十回ほどデブリ衝突警報を発しているが、予測には不確定要素が多く、今回のように宇宙飛行士が緊急退避する事態になったことも過去に4回あるという。今回接近したデブリは1979年に打ち上げられた旧ソ連の衛星「ミチオール2」の破片であったと言われている。実に30年以上も前の人工物体がデブリとなって宇宙をさまよい、ISSなどの脅威となっているのは驚きだろう。

デブリを監視する米軍

 こうしたデブリの危険性は1980年代から指摘されてきたが、これまで大きな対策は取られてこなかった。その流れが変わったのが、先ほど紹介した2009年の衛星衝突事故であり、その結果、デブリの「監視対策」が加速した。

 それを担う機関が、USSTRATCOM(米国宇宙戦略軍)傘下のJSpOC(統合宇宙運用センター)だ。同組織の2015年予算は約7400万ドルに達し、24時間無休で1100機の運用中衛星を含む、約2万2000個のデブリ監視を実施しているのである。

 また、Space-Track.orgという公共的な情報サービスを通じて、軌道中の衛星に対するデブリ接近分析を行い、接近の可能性がある場合には衛星運用者に連絡するサービスを行っている。本サービスには世界156カ国から2万5000人が登録しており、緊急デブリ接近情報によってこれまでに85回の軌道制御が運用者により行われた。ただし一方で、こうした軌道制御によるデブリ回避は寿命設計外の燃料を使い、人件費もかかるため、コスト面で課題が多い。

●デブリ除去に乗り出す宇宙ベンチャー

 近年はデブリ対策の方向性が、監視から「積極的に除去」する動きへと変わりつつある。JAXA(宇宙航空研究開発機構)では導電性テザーを用いたデブリ除去方式の研究を進めている。ESA(欧州宇宙機関)でも2012年ごろからデブリ除去を目指したミッション「e.Deorbit」を開始しており、2021年にデブリ除去衛星を打上げる計画だ。

 こうしたデブリ除去は、国や公的機関だけではなく、宇宙ベンチャー企業による取り組みも加速している。今注目を集めているのが、日本人の岡田光信(Nobu Okada)CEO率いるAstroscaleだ。シンガポールに本社を構える同社は、デブリ除去衛星の開発を進めており、2017年末までに世界初のデブリ除去の実証を行うことを目指している。

 2015年1月には資金調達として、大手ベンチャーキャピタルのジャフコおよび、山岸広太郎氏、笠原健治氏をはじめとする9人のエンジェル投資家により、総額9億円の第三者割当増資によるシリーズAファンディングを行った。Astroscaleは今回の資金調達により、東京にデブリ除去衛星の開発・製造拠点を設立した。

●課題は「ビジネスモデル」をどう作るか

 このように活発化しているデブリ対策だが、課題も多い。

 先日、東京大学で開催された宇宙開発フォーラムでは、「スペース・デブリ除去事業の展望」というパネルディスカッションが行われ、JAXAの竹内悠氏、NEC宇宙システム事業部兼慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科の大塚聡子氏とともに、筆者も登壇させていただく機会があった。そこで指摘された課題は、法律面および政治面での国際的枠組みとビジネスモデルである。

 法的にはCOPOUS(国際宇宙空間平和利用委員会)でデブリに対するガイドラインが示されているが、拘束力は現時点ではない。各国の利害も複雑に絡み合うため、国際的な枠組みを短期間で合意することは容易ではない。またビジネスモデルの観点では、誰がどのようなスキームで資金負担するかが課題なのである。

 過去に多くのデブリを排出した米国、ロシア、中国や、今後宇宙活動を活発化させる新興国、さらには数百機規模の小型衛星インターネット網の構築を目指す米Google、米SpaceX、米OneWebといった民間企業など、多様な主体がある中で、デブリ除去のためのコストを誰がどう負担するのか、明確なビジネスモデルを描くことが求められる。今後の展開を注視していきたい。

著者プロフィール

石田 真康(MASAYASU ISHIDA)

A.T. カーニー株式会社 プリンシパル

ハイテク・IT業界、自動車業界などを中心に、10年超のコンサルティング経験。東京大学工学部卒。内閣府 宇宙政策委員会 宇宙民生利用部会 委員。日本発の民間月面無人探査を目指すチーム「HAKUTO(ハクト)」のプロボノメンバー。主要メディアへの執筆のほか、講演・セミナー多数。