「元少年A」自ら発信 少年法「想定外」の事態、どう向き合えば? | ニコニコニュース

書店に並んだ「元少年A」の著書=2015年6月10日(朝日新聞)
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 自ら「元少年A」と名乗り手記を世に問い、一部報道によるとホームページまで開設し、出版社に心情を吐露する手紙を送ったとされる神戸連続児童殺傷事件の加害男性。一方で少年法は、少年犯罪に関して本人が特定できる報道を禁じてプライバシーを保護している。加害男性の一連の振る舞いは、そもそも少年法が想定していたものなのか。更生したと認められて社会復帰した彼の自己表現に、社会はどう向き合うべきなのか。専門家に聞いた。

5人の児童が殺傷される事件のあった通称「タンク山」

生々しい独白、憤る被害者遺族
 加害男性は1997年2―5月に神戸市内で児童5人を襲い、小4の女児と小6の男児を殺害、3人に重軽傷を負わせた。事件は社会に大きな衝撃を与え、刑事罰の対象年齢を16歳から14歳に引き下げる少年法改正のきっかけにもなった。そして彼は今年6月、事件前後の心境やその後の自らの生活をつづった「絶歌」(太田出版)を上梓した。

 この出版に対して被害者遺族らは「事前に何の連絡もなくショック」「遺族に対して悪いことをしたという気持ちが無いことが分かった」などと厳しく批判。事件加害者による手記出版を規制するための法整備を強く求めている。

 さらに一部報道によると、「少年A」からの手紙が複数の出版社に届いた。


 手紙には「絶歌」の売れ行きへの不満や、自らの情報発信の拠点としてホームページ開設の報告などが書かれていたという。今月14日に発売された週刊誌「週刊ポスト」(小学館)は、現在33歳という加害男性の事件当時の実名と顔写真を載せ、彼の近況などを報告している。

「更生」とは「再犯のおそれがなく、社会に戻しても大丈夫」な状態
 「少年A」のホームページには、自らのセルフポートレートと称する顔を隠した半裸の写真や、昆虫などをモチーフとしたおどろおどろしいイラストやコラージュが並ぶ。また、身長・体重や視力などの詳細なプロフィルのほか、メールアドレスまで公開されている。

 このように彼が個人情報を自ら公開する一方で、少年犯罪の加害者は、成人後もプライバシーが厳重に守られる。


 少年法61条が、「氏名、年齢、職業、住居、容貌(ようぼう)等によりその者が事件の本人であることを推知できるような記事または写真」について、新聞・出版物への掲載を禁じているからだ。
 だがそもそも、自ら情報公開しようとする加害男性を、少年法によって守る必要があるのだろうか。

 少年法に詳しい南山大学の丸山雅夫教授は、「ホームページが本当に彼のものだとすれば、このように自らの情報を漏らすのは少年法の想定外」と言い切る。


 丸山教授は少年法61条の趣旨について、「成人に比べて未成熟な少年の情報が特定されることで、立ち直りが阻害されるのを防ぐこと」と解説。そのうえで「ネットで簡単に情報発信できる時代になったとはいえ、61条をなくして良いとはならない。本人の成人後も、前歴の報道は制約されるべきだ」と念押しする。

 とはいえネット上では、加害男性の一連の情報発信とその内容に対して、「不気味だ」「なんで社会復帰させたんだ」といった中傷や批判が相次ぐ。


 しかし丸山教授によると、「そうした振る舞いを、社会の側もある程度は許容するべきだ」という。

 「確かに彼は『一般人には理解しにくい人』ではある」としたうえで、更生と社会復帰へのプログラムはあくまでも「再犯のおそれがなく、社会に戻しても大丈夫」な状態を目指すもので、「いい人(善人)」に育てることまでは必ずしも求められていない、と丸山教授は解釈する。


 さらに、加害男性による情報発信の影響力について「手記を読んだ未成年の犯罪を誘発したり、(短絡的な)厳罰化の議論につながったりしかねない」と懸念しつつも、「犯歴がなくても、たとえばネット掲示板に独りよがりな書き込みをするような人間は、社会にたくさんいる。再犯に及ばない限りは、そういう人間たちの一人なんだと受け止めるしかない」と、冷静な対応を求めている。

法務省「個別の事件については答えられない」
 加害男性の関東医療少年院からの仮退院を許可したのは、同院の申請を受けた関東地方更生保護委員会だ。
 地方更生保護委員会は、法務省OBを中心とした委員で構成。近年は教員や会社役員など民間出身者も増えている。
 加害男性のケースでは、03年3月、関東医療少年院から同委員会に仮退院申請が出され、3人の委員が男性本人や教官、医師らから話を聴くなどして審理。04年3月に3委員の合議で仮退院を許可した。彼は同年末までの保護観察を終えて本退院し、社会復帰している。

 そして11年後、自由の身の加害男性は、社会に対して自ら情報発信を始めた。


 当時の地方更生保護委員や保護観察官は、彼が将来、社会から非難を浴びたり被害者遺族の心情を害したりする振る舞いに及ぶことを予想できなかったのか。あるいは、その可能性はないと判断したうえで社会復帰を認めたのか――。法務省保護局観察課は「個別の事件については答えられない」としている。

 ちなみに、加害者の社会復帰の判断基準について更生保護法41条は、「地方委員会は、保護処分の執行のため少年院に収容されている者について、処遇の最高段階に達し、仮に退院させることが改善更生のために相当であると認めるとき、その他仮に退院させることが改善更生のために特に必要であると認めるときは、決定をもって、仮退院を許すものとする」とだけ定めている。