AXA Digital Agencyのイノベーション

AXA Digital Agencyは,AXAのディジタル移行をサポートするために,デザイン思考やMVP(Minimum Viable Product, 実用最小限の製品)デプロイメント,グロースハック(Growth Hacking)といった,リーンスタートアップのアプローチを展開している。

AXAグループのDigital Agencyで責任者を務めるYves Caseau氏はLean IT Summit 2015で,AXA Digital Agencyのイノベーションエンジンとしてのリーンスタートアップについて講演する。

10月8日と9日,フランスのパリで開催されるLean IT Summitの様子は,InfoQのニュースやQ&A,記事などでお伝えする予定だ。

InfoQはCaseau氏とのインタビューで,AXAにおけるイノベーションの重要性,イノベーションとしてのリーンスタートアップアプローチを採用したこと,MVPとグロースハックの利用から学んだこと,イノベーションを目指す上でのアドバイスなどを聞いた。

InfoQ: AXAでのイノベーションの重要性について説明して頂けますか?

Caseau: イノベーションとは消費者が,場合によってはそれと意識せずに持っている“痛点”の解消を通じて,消費者に価値を提供する行為です。イノベーションはほとんどの企業にとって,顧客満足度を維持する上で必要なものですが,AXAのように,大規模なディジタル移行を実施している企業では特に重要です。私はAXAのディジタル化グループの責任者として,主にモバイルアプリケーションを通じて,お客様を守るというAXAの使命を提供し実証するための,新たな“ディジタルエクスペリエンス”の開発を任務としています。

InfoQ: イノベーションの手段として,リーンアプローチの採用を決めた理由は何だったのでしょう?

Caseau: リーンスタートアップは,一般的に,ディジタルの世界でイノベーションを実施するための手段として優れています。私は,インターネットゲートウェイやセットトップボックスなど,新サービスと新製品の開発を担当していた前職のBouygues Telecomの時に,リーンスタートアップのアプローチについて知るようになりました。

リーンスタートアップをAXAに持ち込んだのは,2つの重要な機能があるからです。 ひとつは,アジャイル開発メソッドでの作業を支援する,インクリメンタルな“プロダクト中心”(プロジェクト中心とは対照的に)のメソッドである,という点です。従来の保険会社が用いていたのは,“すべてを最初から適切に”という,教義的なアプローチでした。これに対してディジタルの最先端は,数多くのイテレーションを繰り返した継続的改善の成果です。 第2に,リーンスタートアップは顧客重視のアプローチであって,その価値の大部分をユーザとともに開発するものである,という点です。リーンスタートアップがMVP(Minimum Viable Product)による迅速な開発を主張するのも,このようなユーザとの有意義な対話を,可能な限り早く始めるという理由があります。顧客から学ぶためには製品のサポートが必要です。何がよいのか,便利なのかという理屈ではなく,使い勝手に関する実践的な議論が必要なのです。

InfoQ: イノベーションについては,どのように見ていますか?

Caseau: AXA Digital Agencyでのイノベーションは,デザイン思考,MVP,グロースハックという,リーンスタートアップのアプローチの一部である3つのステップに従っています。最初は痛点そのものに関するもので,それを見つけ出し,理解し,UVP(User Value Propositions,ユーザ提供価値)を作り出すステップです。私たちの方法論は,Ash Maurya氏の”Running Lean”に極めて近いものです。早い段階でユーザと議論したり,ユーザの声を聞いたりすることが,問題を特定(“ペインストーミング(Pain Storming)”)し,可能な解決策を創造的に考える上で有効と考えています。大きな問題は,製品やサービスを包含する“エクスペリエンス”の設計にあります。これはまさに,将来のユーザを中心に置いたものだからです。私たちは“感情デザイン”の開発を始めていますが,これは長い道程です。まだまだ,学ぶことがたくさんあります!第2のステップは,モバイルアプリケーションの最初のバージョンを開発することです。設計とほぼ同時に,プロトタイプの開発も始まっています。このステップでは,最先端のアジャイル開発手法を駆使した,本当に“実行可能な製品”の構築を目指します。最先端と言うのは,DevOpsや継続的ビルドとデリバリ,自動テストなどを採用した,という意味ですが ... これもまだ先が長く,以前にLean IT Summitでの講演で話したような,真の“リーンソフトウェアファクトリ”には達していません。でも進歩はしています。リーンスタートアップの重要な特徴は,”すべてを測定する”ことです。MVPの最大の目標がユーザから学ぶことだからです。そのために私たちは,“モバイル分析”を活用しています。

InfoQ: MVPの使用について,いくつか例を挙げて頂けますか?それを使うことで何を学んだのでしょうか?

Caseau: “MVP(Minimum Viable Product)”というのはシンプルなコンセプトのようですが,実は矛盾をはらんでいます。“最小(minimal)”というのは,最小限の機能を実装するということですが,問題を解決して価値を提供するには,それ相応の機能が必要です。そこに早く到達するのがMVPの目標です。製品が市場に出るまで,私たちが本当に学ぶことができるのは一度限りだからです。一方で,価値を提供できる製品であるためには,それが“実用的な”製品でなくてはなりません。リーンスタートアップは,シリコンバレーで言われている,“早く成功するために早く失敗する”ことの実践だとよく言われますが,製品が優れていなくては,失敗することすらできないのです! Nathan FurrとJeff Deyerはこの点を示すために,“Minimum Awesome Product”という表現を使っています。UVP(Unique Value Proposition,独自の価値提案)でとらえた約束を果たすために,MVPは優れた(awesome)製品であることが必要なのです。このようなMVPのパラダイムは,モバイルアプリケーションの開発に非常に適しています。Digital Agencyでは,AXA DriveやAXA Healthといった第1世代のスマートフォンアプリをMVPとして開発しています。最初のバージョンで価値を提供できるように努力していますが,実際のユーザによる本当の利用から学ぶべき機能がたくさんあることは分かっています。それらは将来バージョンの開発に引き継がれることになるでしょう。

InfoQ: AXAはマーケティングアプローチにグロースハックを使用していますが,グロースハックとは何であって,どうやって使っているのか,簡単に説明して頂けますか?

Caseau: グロースハックは,AXA Digital Agencyのモバイルアプリケーション開発の第3ステップで,ユーザ個別のためとコミュニティとしての両面で,アプリケーションの改善や使い勝手を向上することなどを含んでいます。このような,ユーザからの継続的学習ループと表現するために,私たちはCFLL(Customer Feedback Learning Loop)という言葉を考えました。分析(先程の“すべてを測定する”というコメント参照)による暗黙的なものに加えて,明示的(さまざまな形式のフィードバックフォームを使って)にも,“ユーザとの対話”から学んでいます。私たちはさらに,フィードバックの社会的ダイナミクス(コミュニティ内において評価の高いフィードバックほど,アプリケーションについてより多くのことを教えてくれる)を取り入れるために,アプリケーションユーザによる“ソーシャルコミュニティ”も作り上げました。グロースハックとは,積極的に発言する人たちだけではない,一般ユーザ規模のコミュニティを構築することに他なりません。リーンスタートアップと同じようにグロースハックも,多数の実践者を伴って成長しつつあるトレンドです。ディジタルイノベーションのバイラル採用を展開する上で,学ぶべきテクニックはたくさんありますが,最も重要なのは製品の“独自配布チャネル”を作ることです。グロースハックはマーケティングとコード開発の組み合わせを根源としていますが,これを有意義で実りあるものにしているのはディジタルテクノロジなのです。

InfoQ: イノベーションを進めていく中で学んだ,もっとも大きなものは何だったのでしょう。InfoQの読者に伝えたいアドバイスはありますか?

Caseau: リーンスタートアップアプローチやEric Ries,Ash Maurya,Nathan Furrといった人たちの書籍で最も印象的だったのは,私自身を含む多くのイノベータが過去に行った数多くの失敗について,非常に詳しく説明されていることです。私がリーンスタートアップを強く支持する理由の一部は,私が過去に参加してきた不十分な設計のサービスやアプリケーションが,最終的には不本意な結果に終わっていることから来ています。このような経験を短いことばで表すのは難しいのですが,これらの本やリーンスタートアップに関するWeb文章をたくさん読むことを,まずは勧めたいと思います。それから,これはリーンの場合と同じですが,読むことではなく実行することで学ぶものだということです。ですから第2のアドバイスは,小さな問題を選んで,完全な“リーンスタートアップ”アジャイル開発の実験を行うトイプロジェクトとすることです。“リーンの実践”やその種の書籍で学んだ最も大きなことは,私たちは問題の特性評価に対して,あまりにも拙速に開発に取り掛かり過ぎているということです。これもひとつのパラドックスです。つまり私たちは,小規模なMVPを可能な限り早く開発しようとしながら,一方では“実行すべき処理”や“重要な問題”の把握に多くの時間を費やすことが不可欠だと言っているのです。誰も望まない製品を開発してはいないかを確認すること,それが私の最後のアドバイスです。このような状況は決して珍しいものではないのですから。