組織における多様性のビジネス事例

多様性と企業業績には正の相関関係がある。多様性に対して寛大な作業環境の作業者は,業務に対してより強い熱意を持つことができる。これは定着率やパフォーマンスの面で非常に重要だ,とRegina Chien氏は言う。思想や人生経験の多様性は,技術者が最高の製品を作り上げる上で必要なものなのだ。

Agile and Software Architecture Symposium 2015はソフトウェアアーキテクトや開発者,要件技術者,情報アナリストといった人たちが集い,ソフトウェアアーキテクチャに関する知識を分かち合うことを目的として,オランダで開催される単日のカンファレンスである。Regina Chien氏はそこで,多様性(diversity)と包括性(inclusion)に関するビジネス事例をテーマとして講演を行う予定だ。

InfoQではChien氏にインタビューして,多様性のプラクティスに関する現在の状況,多様性と包括性に関連する調査,多様性の実現が困難な理由,ソフトウェア技術者が多様性に注意を払うべき理由,組織やチームが多様性向上のメリットを得るために何ができるのか,などについて,Chien氏にインタビューした。

InfoQ: 多様性に関するプラクティスについて,現在の状況を簡単に説明してください。世界中の企業や組織では今,どのようなことが行われているのでしょう?

Chien: フォーチュン500企業の多様化に関する取り組みは20年ほど前から続けられていますが,残念なことに,幹部社員(経営幹部や取締役)に占める女性やマイノリティの数という点では,大きな変化はありません。

多様性を考える上では,今後5年間で,企業による取り組みがよりデータ重視型になるだろうと予想しています。理由ですか? テクノロジの変化が,AtipicaやUnitive, GapJumpersといった,採用時の人材評価のためのSaaSプログラムを誕生させているからです。それだけではありません。多様性に寛容な作用環境と社員の業務への積極性には,直接的な相関関係があるのです。これは社員の定着率やパフォーマンスの面で,極めて重要なことです。

多様性の向上を促進するための取り組みとしては,他にも次のようなものがあります。

  1. 米国のテクノロジ企業は,社内の人員構成を公表するように世論の圧力を受けています。これは,コミュニティのさらなる活動を求める声につながっています。
  2. 多様性に関するビジネス事例を詳しく研究したマッキンゼーの“Diversity Matters”レポートにも見られるように,多様性の高い企業が業績の面で多様性の低い企業を上回る,という相関関係があります。
  3. 女性やマイノリティの雇用と定着に関して,調査結果からは,私たちの持つ意識外の偏見(近頃の母親は出張を拒否するものだ,と返答を聞く前に考えるような)が容易に見て取れるだけでなく,より包括性のある企業文化を求めることにも,それに劣らないメリットのあることが分かります。

包括性という言葉も非常に重要です。組織によっては多様性という言葉が空ろに聞こえる場合もありますし,多様性が程度を表すのに対して,包括性は行動であるという事実もあるからです。特に上級幹部にとっては,多様性をビジネス戦略に結び付けるという意味でも,重要な意味を持っています。

InfoQ: 多様で包括的な労働力を持った企業の生産性が高い,という結果を示した調査結果について,詳しく説明して頂けますか?

Chien: マッキンゼーの“2015 Diversity Matters”調査の結果は,実際には少しニュアンスの違うものでした。世界で300以上の上場企業を対象に調査を行った結果,多様性と企業の業績に正の相関関係があることが分かったのです。注目すべき発見のひとつとして,性別と民族の多様性を同時に改善することは極めて難しい,ということも分かりました。ほとんどの企業が,そのどちらか一方に優れていたのです。

InfoQ: 講演の中で,多様性を実現することの難しさを説明されていましたが, InfoQ読者にも簡単に説明して頂けますか?

Chien: Deloitteが2014年に発表した“Global Human Capital Learning Trends”によると,調査対象となった94カ国の2,500を越える企業の中で,組織内の多様性と包括性に取り組む意思を持っているのは,わずか20%に過ぎませんでした。多様性が元々,コンプライアンスのための取り組みであったため,残念なことに多くの企業は,競争上の優位性というよりも義務として認識しているのです。

多様性は測定値であって,包括性はその手段です。企業の上級幹部は,人材の採用と定着における多様性の進展を文書化するための,測定可能な方法を取り入れなくてはなりません。また幹部層は,マネージャに対して十分なリソースとトレーニングを提供すると同時に,多様性にもビジネス上の重要な取り組みとして取り組むことが求められます。Googleは多くの人事的取り組みにおいて指導的存在です。技術者的思考における無意識の偏見に着目した同社のトレーニングは,その一例といってよいでしょう。

InfoQ: ソフトウェア技術者が多様性を気にする必要があるのはなぜでしょう,どのような意味で重要なのでしょうか?

Chien: 製品にはそのメーカが反映されます。思想や人生経験の面で多様性を持つことは,技術者が最高の製品を開発する上でも,あるいはGoogle Photosアプリのアルゴリズムが誤って,アフリカ系アメリカ人にゴリラというタグ付けをしたような,ひどい事態を回避する上でも必要なことなのです。もしもイメージの多様性に関するトレーニングを受けていれば,Google Photosのアルゴリズムは違うものになっていたかも知れません。エンジニアリングチームの偏見は製品に現れるものなのです。技術者にとって,自分たちとは異なった考え方を持つ人たちを対象とした製品の設計を行うことは珍しくありません。この時,人生経験やバックグラウンドの多様性が,共感のギャップを埋めて最終的に優れた製品を作り出す上で非常に有効なのです。

また技術者は,才能ある人たちと仕事をすることを望んでいます。素晴らしいチームメンバと仕事をするために人材を広く求めることは,作業環境をすべての人たちに解放すると同時に,“集団思考”的状況を回避する上でも有効です。また,多様性は主として性別と少数民族のレンズを通して見られることが多いのですが,企業が目標とすべきなのは,人生経験に関する多様性によって問題解決や製品開発に寄与することではないのか,と私は思っています。

InfoQ: 企業の多様性を向上させる方法として,いくつか例をあげて頂けますか?どのようなことが行われているのでしょう?

Chien: 私見ですが,多様性と包括性に関するリソースやトレーニングの面では,Googleがリーダ的な位置にあると思います。同社の無意識の偏見に関するトレーニングは,それに続く企業に影響を与えています。それ以外の成功例を示すのが難しいのは,多様性を客観的に測定するようになったのが,まだ最近のことであるからです。進捗のベンチマークが可能になって,それが公表されるようになるまでには,まだ数年は待つ必要があるでしょう。

InfoQ: 多様性を向上させてそこからメリットを得るために,組織やチームにできることは何か,アドバイスをお願いします。

Chien: 企業の上層部は,自らの行動と,ビジネス上の目標に対して多様性が重要である理由を語るストーリを通じて,組織全体の方向付けを行います。簡単なことではありませんが,ビジネス目標を構築し,多様性と包括性を成功戦略に適合させることの重要性を示すのです。多様性と包括性は,いずれも欠くことはできません。

包括的な環境を構築する方法を考えるならば,企業内のすべての人たちには,そこで果たすべき役割があります。同僚の意見を聞くことは,社員にとって大きな違いを生み出します。また,マジョリティのメンバは,作業環境におけるマイノリティの意見を聞く上で最高の位置にいます。彼らは利己的と見られることなく,それを行うことができるからです。

多様性と包括性を備えた作業環境のメリットは,業績や新たな才能の獲得だけではありません。自社の社員を調査した企業は,多様性と包括性を備えた作業環境に,熱意と幸福を持った社員が多いことに気付きました。2020年までには,企業の労働力の50%以上をミレニアル世代(訳注:1980年から2000年前半生まれの世代)が占めるようになります。彼らは多様性を人種や性別に基づくものだけでなく,認識として捉えています。従って企業としては,人生経験や考え方に関する多様性の価値を認めることが,若い才能を作業環境に受け入れる上で重要になるのです。