ホワイトカラーの職は消えていく 有名大学を出ても無意味な時代に | ニコニコニュース

茂木健一郎氏
Business Journal

 ここ数年、アンドロイドが接客を行うホテルやサービス業が活発化している。その背景には、急速に進化する人工知能がある。2030年には税理士をはじめとしてホワイトカラー(事務職)の仕事は、ほとんど人工知能にとってかわるだろうとの予測もある。

 8月に『人工知能に負けない脳 -人間らしく働き続ける5つのスキル-』(日本実業出版社)を上梓した脳科学者の茂木健一郎氏に、

・人工知能の発展で、人間の仕事はどう変わるか
・人工知能と人間の棲み分け方
・ビジネスパーソンが磨くべき能力

などについて話を聞いた。

●人工知能の発展に伴い、社会はどのように変わっていくか

--人工知能が今後、人間社会でどのような役割を担っていくとお考えですか。

茂木健一郎氏(以下、茂木) 一言で表すと、「油断しているとヤバイ」って感じです。かつて肉体労働は重機が発明されたことで必要なくなりました。飛脚は足の速さに意味がありましたが、電車や自動車の発明により意味を持たなくなりました。

 今起ころうとしているのは、ホワイトカラーの職が恐らく消えていき、同時に新しい職が生まれようとしています。そのため、求められる能力が変化していくと思います。

 人工知能は、ビッグデータを基に分類、パターン認識するのは得意です。その類いの仕事は人間が行う必要はなくなります。むしろ、人間が行うより人工知能に任せたほうがうまくいくようになるでしょう。

 したがってビジネスの場においては、人工知能がどのように発展していくかを注意深く見ていなければ、自分の能力がコモディティ化(不明瞭化、均質化)して、食べていけなくなる可能性があります。

--人工知能によって職が奪われる危険については、米経済学者のアンドリュー・マカフィー氏らが著書『機械との競争』の中で指摘していますね。やはり事務的な仕事は今後なくなっていくのでしょうか。

茂木 脳を研究する立場から言わせてもらえば、人間の脳ができることを人工知能がすべてできるわけではありません。人工知能が得意なことは人間がやる必要はなくなる、ということです。逆にいえば、人工知能を使いこなせばビジネスはさらに向上していくでしょう。その見極めが個人としても、組織としても重要になってきます。

--人工知能ができる分野で仕事をするのではなく、人工知能を使いこなす能力が必要になってきますね。

茂木 使いこなすことに加え、人工知能は何ができるのかを冷静に見極められる能力が必要ですね。例えば入社面接において、従来は人事担当者が過去の経験に基づいて人選してきました。体育会系の人や企業経験のある人といった視点でバランスを取りながら採用していたと思います。それは典型的なパターン認識、判別問題であり、人間よりも人工知能のほうがうまくできると思います。

 また、不動産の査定で、従来は不動産鑑定士や宅地建物取引士(旧宅地建物取引主任者)が経験に基づいて価格を決めていましたが、そのようなことは人工知能のほうが的確に、よりよくできます。

 つまり、人間、モノ、サービスを認識、パターン化、数値化して評価する仕事に現在は多くの人が従事していますが、間違いなく人工知能のほうが適しています。したがって、それらは近い将来置き換えられていくでしょう。

 自動車の自動運転が実用化されるのも、想定より早くなるでしょう。そうすると、タクシーの運転手も消えていくかもしれません。

●人工知能ができないこと

--逆に人工知能ができない分野の仕事に人手が集中することになりますね。

茂木 人工知能は、感覚的なことができません。例えば、おいしい、楽しい、心地よいという感覚を感動に換えるといったことはできません。また、非典型的事例の判断も苦手です。膨大なデータをカテゴリー別にソートすることはできますが、ビッグデータに至らぬ少数事例に基づく判断などはできません。人工知能は、データの蓄積がなければ何も判断ができません。対して人間は、さまざまな角度から見て直感で判断することができます。

--人間は、直感力を磨いていくことも重要になってきますね。

茂木 それ以外に人間が生きる道はないでしょう。

--本書の中でも人工知能に負けないスキルの磨き方について言及していますが、ビジネスパーソンとして磨かなければならないスキルはどのようなものでしょうか。

茂木 「ロボットは東京大学に入れるか」プロジェクトを指揮する国立情報学研究所の数学者・新井紀子氏から衝撃的な話を聞きました。同プロジェクトで開発を続けている「東ロボ君」は、東大の入試に受からないのではないかというのです。東ロボ君は、私立大学のトップといわれる早稲田大学政治経済学部の問題は完璧に解けるけれども、東大は無理なのだそうです。早大の入試は、非常に細かい質問事項ではあるけれど、結局は穴埋め問題であり、人工知能が得意とするところなのです。つまり、チャート式で答えにたどり着ける問題は、確実に人工知能は解けます。しかし、数学オリンピックで出題される問題はまったく解けないそうです。

 ここからわかるのは、業務でも繰り返していくことで身につくもの、ルーティーンワークなどは人工知能ができてしまいます。東ロボ君は全国の大学の7割の入試に受かるそうです。それらの大学に入るために必要なスキルは、すでに人工知能は備えているわけで、裏を返せば今後は人間にとって不要になってくるといえます。

--人工知能の進化に伴って、非常に大きな変化が起ころうとしていますね。

茂木 今までは、そこそこの学力を持った人は、そこそこいい大学に入り、そこそこいい会社に入り、そこそこいい生活ができていました。つまり、偏差値の高い大学に進学する意味がありました。しかし今、まるでスポーツの世界のように厳しい競争になろうとしています。

 例えば、野球やサッカーの競技人口はとても多いですが、プロとして食べていける人はほんの一握りです。そこに至らない高校野球、高校サッカーなどでちょっとうまいレベルの人たちは、野球やサッカーでは食べていけません。

 勉強は、トップレベルではなくても、そこそこできていれば、そこそこ食べていけましたが、これからは、それでは食べていけなくなると思います。

●オリジナリティを磨かなければ生き残れない時代になる

--多少勉強ができるだけでは生き残って行けない時代になるということですね。

茂木 今までは、有名大学を出ていれば、それだけでポジション取りで多少優位でしたが、そのような時代が終わろうとしています。ビジネスパーソンは、「自分にしかできないこと」を突き詰めて磨くしかありません。魚類学者のさかなクンやYouTuberのマックスむらい氏は独自の情報発信方法を得て新しい生き方を確立させました。今後も、ITなどの発展に伴ってさまざまな生き方が容易にできるようになるでしょう。

 しかし、さかなクンやマックスむらい氏のように余人の追随を許さないレベルのオリジナリティがなければビジネスパーソンとしては輝かないでしょう。有名大学を出た程度の知識・知能は人工知能に置き換えられてしまうのです。

--ブルーオーシャン(新規開拓市場)で自分の生きる道を自分で切り拓いていくバイタリティが必要ですね。

茂木 レッドオーシャン(既存市場)はデータの蓄積があるので、人工知能に人間はかないません。人工知能はデータがない分野の未来予測ができないので、その部分で挑戦し続ける人でなければ、ビジネスで成功するのは難しいでしょう。

--感情を搭載したロボットが開発され話題となっていますが、人工知能はさらに人間に近づいていくのでしょうか。

茂木 感情のモデルはありません。人工知能はパターン認識と最適化でしかありません。感情をモデル化できないということは、機械に搭載することもできません。したがって、感情は人間が持つ強みのひとつであり続けるでしょう。

--ということは、人間が磨き続けるべきポイントのひとつといえますね。

茂木 石原慎太郎氏や橋下徹氏のように、余人を持って替えがたい存在の人というのは、「感情爆発系」ですよね。あのような存在は人工知能に置き換えることができません。

--得てして感情を前面に出すことはマイナスのように思われますが。

茂木 アップル創業者のスティーブ・ジョブズや米大統領候補になっている実業家のドナルド・トランプ氏は感情を前面に出しながら事業で成功しています。もちろん、TPOをわきまえる必要はありますが、“感情爆発力”がなければ人工知能には勝てないと思います。

 ある意味、人間が人間らしく生きることが求められるといえるのかもしれません。言い換えれば「人間力」が問われるのです。

●コミュニケーション能力を高め、人間関係を構築することが重要

--今すぐに人間の仕事が機械に取って代わるわけではないですが、現在の仕事だけにしがみつくのではなく、「人工知能ができない何か」を自分で見つける努力をしなければならない時代に入っているというわけですね。

茂木 そうですね。それはネットワークによって見つけていくべきでしょう。「ネットワーク力」は人工知能が持っていないものですので、普段から社内外にネットワークを構築する努力は欠かせないですね。

--本書のタイトルで「人工知能に負けない」と掲げていますが、人工知能と勝負するというよりは、人工知能との棲み分けする環境を自分で生み出すことが必要だということになりますか。

茂木 同じ土俵で勝負したら負けますから、勝負するものではありません。例えば、将棋の棋士は人工知能に勝てなくなってきていますが、棋士の仕事がなくなるかといえば、そんなことはありません。将棋教室を開いたり、テレビ解説をしたり、講演会を行うなど人間関係を媒体として仕事を生み出すことは可能です。そしてそれは今後も残っていくものであり、大切なテーマになっていくでしょう。

--人間関係を基にした仕事は、人工知能が生み出せない分野ですね。

茂木 冗談で「リストラをするとして、最後まで残したいのは『宴会部長』です」とよく言うのですが、仕事ができなくても、ムードをつくれるというのは貴重です。ひとつの技術だけではすぐに陳腐化する可能性がありますが、人間関係は陳腐化しないので、コミュニケーション能力がもっとも大事なことではないでしょうか。

--ありがとうございました。
(構成=編集部)