子どもにプログラミングを学ばせる真の意義 | ニコニコニュース

大人でも難しく感じるプログラミングを小学生が学んでいる
東洋経済オンライン

経済産業省などが後援する「U-22プログラミングコンテスト」。22歳以下の若者の中から、優れたIT人材を発掘することを主な目的として1980年から続く歴史あるイベントだ。今年で36回目を迎えたその最終選考会が10月4日、東京・秋葉原のUDXで開かれた。大学生や専門学校生、高専生3人の作品と並んで、最優秀賞に当たる「経済産業大臣賞」を獲得したのは中馬慎之祐くんが開発したiPhone向けアプリ「allergy」。驚くのは、中馬くんが成蹊小学校(東京都武蔵野市)に通う小学6年生だということだ。

allergyは食物アレルギーの人が外食のときに誤食するのを防ぐ目的でつくられたアプリ。なんと7カ国語に対応しており、近々、アップルの「App Store」でリリースされる予定になっている。大学生や専門学校生などに混じってプレゼンを披露した中馬くんの姿は、大人顔負けだった。

中馬くんがアプリ開発に必要となるプログラミング技術を習得したのは、ここ2年。サイバーエージェントグループの「CA Tech Kids」が運営する小学生向けのプログラミング教室「Tech Kids School」に通って身に付けた。そもそもプログラミングとは、簡単にいってコンピュータの動きを指示すること。そのための「設計図」として書く専用の言語だ。

■中学生はゼロの中、小学生の入賞は3人も

中馬くんだけではない。今年の「U-22プログラミングコンテスト」では、入賞20作品のうち、中馬くんを含めて計3人の小学生が入賞を果たした。中学生はゼロ、高校生は個人2人、1グループ受賞という中で異例ともいえる実績である。

背景には、「ここ1~2年で子ども向けプログラミング教室の人気が急に高まった」(同コンテスト運営事務局)ことがあるという。リクルートが毎年発表している「今後習わせたい子どもの習い事ランキング(高学年)」では、2014年から急にトップ10圏内にランクイン(リクルート社調べ)した。

中馬くんが卒業した「Tech Kids School」は東京、大阪、沖縄に3つの拠点を持ち、現在400名以上が通う。1回2時間の授業で、月謝は2万円前後(毎週コース)。2013年の開校当初は、親がプログラマーであるなどIT教育に熱心な家庭の子どもが多かったが、今年に入ってからメディアで取り上げられることが増え、英語やスポーツと同じようなお稽古感覚で子どもを通わせる親が増えた。生徒数は開校時の6~7倍に膨れ上がり、黒字化も目前だ。

あの通信教育大手や進学塾も参戦

国内には「TENTO」、「CoderDojo Japan」など同様の子ども向けプログラミング教室が複数開講しており、キャンセル待ちの講座もある。今年7月からは、通信教育最大手のベネッセホールディングスが、なんと幼稚園児向けのオンデマンド講座を開始した。少子化により受験人口の減少に苦しむ大手進学塾も、今後の開拓に意欲的だ。

■社会に出た後にムダにならない

従来、「暗い」「オタク」といったネガティブな印象がつきまとっていたプログラミングだが、ここへ来て親たちが、わが子の習い事としてプログラミングを選ぶのはなぜか。最大の理由に、プログラミングを身に付けておけば、社会に出た後にムダにならないということがある。

「アメリカでは、プログラミングができるようになることで仕事の選択肢が増え、高い給与に結びつくと考えられている」と語るのは、アメリカのプログラミング教育に詳しいベネッセコーポレーションEdTech Labの谷内正裕研究員。アメリカでコンピュータサイエンス系の学部を卒業した学生の平均年収は800万円弱と、他学部の卒業生と比べて高いことが分かっている(全米大学企業連合・2015年春)。

日本の場合はアメリカと異なり、年収700万円以上のプログラマーは全体の10%にも満たない狭き門だ(『IT人材白書2015』)。それでも、ライブドア元社長の堀江貴文氏、グリーの田中良和社長、「ニコニコ動画」で有名なカドカワの川上量生氏などのプログラマー経営者たちは注目の的だ。

それにプログラマーを極めた世界のIT企業経営者の中には、とんでもない長者が生まれている。たとえば、ITバブルを生き残ったマイクロソフトのビル・ゲイツ、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ、アマゾンのジェフ・ベゾスなど、彼らは「世界長者番付」トップ20(米フォーブス誌・2015版)にランクインしている。

こうした流れを受けて、新卒就職戦線にも変化が起きた。従来、中央省庁、銀行、総合商社などへの就職が「定番」だった東大生による、2014年度入社の学部卒就職先ランキングはDeNAと楽天が15位にランクインしたのである(『東京大学新聞』)。IT企業のおよそ87%が技術者の不足を訴え(『IT人材白書2015』)、サイバーエージェントといった大手ですら半数のプログラマーを入社後イチから育て上げる必要がある。優秀な技術者ともなれば、企業による争奪戦となり、好待遇も期待できる。

今や、プログラミング技術が必要なのはIT企業ばかりではない。スマホやタブレット端末の急速な普及とともに、クラウドサービスの活用によってITビジネスへの投資が低コスト化した結果、大企業の95%、中小企業でも6割が自社ホームページを開設 (経済産業省調べ・2012年)。何らかのかたちでITを利用している企業が圧倒的多数を占めている。

もはや「ITなしでは生きていけない」中で

インターネットの発達とともに、スマホの普及などでどんどんITが日常に溶け込んでリアルの世界を変えていっており、もはや「ITなしでは生きられない」世の中だ。ITエンジニアではない一般的なビジネスパーソンであっても、日常の業務のなかでデジタル機器やサービスを使用する機会は増えており、そのシステムの裏側には、かならずコードが走っている。これらを有効に使いこなすためにも、リテラシーとしてのプログラミング知識があって困ることはない。

「ゲーム好きな子どもなので興味を持つかと思って」「IT人材が不足していると聞き、やっていて損はない」。プログラミング教室に子どもを通わせる親はこう言う。きっかけは親のすすめで習いはじめた子どもも、「今までただ遊ぶだけだったゲームを、自分で作れるようになるのは楽しい」と、率先して学んでいくケースが多い。

■いきなり英語のコードを書かせるワケではない

プログラミングといっても、初心者にいきなり英語のコードを書かせるわけではない。Tech Kids Schoolの場合、使うのは「Scratch」(スクラッチ)と呼ばれる子ども向けのプログラミング学習アプリだ。マサチューセッツ工科大学のミッチェル・レズニック教授らが2006年に開発した。同教室オリジナルの『秘伝の書』をテキストに、カラフルなブロックを組み合わせてコードを作り、感覚的にプログラミングの基本を理解できる。

「子ども向けだから」と侮るなかれ。工夫次第では「スーパーファミコン」程度のゲームなら開発が可能だというから驚きだ。こうして「Scratch」でプログラミングの仕組みを学んだ子どもたちは、本格的なコードを書くWebやiPhoneアプリ開発コースへとステップアップしていく。

CA Tech Kidsの上野朝大代表は、子どもにプログラミングを学ばせるメリットについてこう語る。「今の子どもたちは、生まれたころからデジタル機器に囲まれている『デジタルネイティヴ世代』。ただ消費するだけでなく、仕組みを理解することが大事。プログラミングを習ったからと言ってプログラマーになる必要はない。バグを修正し、試行錯誤の末にものを作り上げる力は、どのような職に就いても役に立つはず」。

イギリスやオーストラリアをはじめとした欧米諸国では、プログラミングを義務教育に採り入れる動きすらあり、「プログラミングは、いずれ英語と並ぶグローバル人材の条件となる」(『5才からはじめるすくすくプログラミング』著者の橋爪香織氏)という見方もある。

母語を習うと同時にコードを学んだ子どもたちによって、未来のIT環境は想像できないくらい激変するかもしれず、グローバルな競争は激しくなる。IT化の波を受け、従来あったような職種がどんどんなくなっていく流れもある。「子どもが将来、職にあぶれないように」と切に願って、プログラミングを早めに身に付けさせようとする親の数はさらに増えるかもしれない。

(撮影:今井 康一)