第1期 叡王戦本戦観戦記 郷田真隆九段 対 豊島将之七段 (内田晶) | ニコニコニュース

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■新時代を担う棋士

 開幕戦と同日の10月17日に1回戦第2局の郷田真隆九段-豊島将之七段戦が行われた。第1局と同様に両対局者も実に対照的である。

 豊島は昨年に行われた第3回 将棋電王戦において、5人で編成されたプロ棋士側で唯一の勝ち星を挙げた棋士として知られる。対局前の事前準備としてコンピュータ将棋ソフト(以下・ソフト)と1000局以上の実戦を重ねて周囲を驚かせた。単純計算として1局1時間だったとしても(実際は1時間で終わらない将棋も多い)、ゆうに40日以上は掛かる。24時間ぶっ続けで指せるはずもなく、合間に公式戦の対局や公務もあり、100日以上はコンピュータと長時間、向き合っていたことになる。

 豊島はソフトの影響を受けていると話す。青嶋未来四段と同様に、公式戦で指した棋譜を入力してソフトに検討させている。豊島は「特に難しかったと感じた局面を分析させます。自分と全く違う手を読んでいることも多いです。しかも短時間で良い手を発見してくれるので、とても参考になります」と語る。プロレベルの、しかも豊島ほどのトップクラスにもなると、さらなる棋力の向上を望むのは至難の業だろう。だが、豊島は「ソフトをうまく使えば、さらに強くなる可能性はありそうです」と瞳を輝かせる。現在、ソフトのうまい使い方を模索しているそうだ。従来になかったスタイルを確立し、新時代を担う代表的な棋士として、さらなる進化を遂げるのだろうか。今後も目が離せない存在になりそうだ。

■トップ棋士としての矜持

 叡王戦は公式戦初となるエントリー制が採用された。羽生善治名人や渡辺明棋王ら、出場を辞退した5人以外の棋士が参加を表明したのだが、筆者にとって郷田がエントリーしたことは意外だった。

 郷田も山崎隆之八段と同様にコンピュータとは無縁の棋士である。2007年に第1回大和証券杯ネット将棋・最強戦が新設されたときのこと。将棋盤を使わずにマウスで画面上の駒を動かして対局をするわけだが、操作に不慣れな郷田が第1回の優勝者となったのが実に面白い。将棋専門紙に「パソコンなくても初代覇者」という見出しが踊った。

 郷田が現在パソコンを用いるのは棋譜データベースで過去の実戦例を調べる程度で、ソフトは使っていない。将棋は生身の人間同士が指してこそ、筋書きのないドラマを生み出すもの。それが郷田の持論であって、ソフトには否定的な考えを持っているのではないかと筆者は感じていたのである。郷田に出場の経緯を聞いたところ「もちろん出場するかどうか迷いました。棋士ひとりひとり、いろいろな思いを持っています。将棋連盟とスポンサーサイドとの関係を考えて、原理原則にしたがって出場するのが自然だと思ったからです」といった答えが返ってきた。優勝したらソフトとの対局が待っている。しかも、郷田は王将位を保持しており、優勝候補の筆頭格といっていい。本戦に出場した棋士で唯一のタイトルホルダーでもあり、その責任は想像以上に重い。しかし、郷田は「優勝できるかどうかは、正直わからない。自然の成り行きに任せるしかない」と語る。口調は静かだが、郷田のトップ棋士としての矜持をあらためて感じたのであった。

■郷田が戦機をとらえる

 振り駒で先手番を得た郷田は、角換わり腰掛け銀の作戦を採った。プロ間でいま最も多く指されている戦型だが、将棋連盟のデータベースで検索すると、1七歩-9三歩型の先後同型は出てこない。両者は未知の局面を手探り状態で指し進めることになったのだが、本局は先手の郷田がうまく戦機をとらえたのである。

【第1図】http://p.news.nimg.jp/photo/379/1645379l.jpg

 第1図は後手が△6三角と打って、▲7四歩の桂取りを防いだ場面。争点になる4五の地点にも利かす自陣角だ。先手が▲1六歩と突いてある形なら1筋を攻める手があって先手良しが定説だが、1七歩型ではその筋がない。

【第2図】http://p.news.nimg.jp/photo/380/1645380l.jpg

 第1図から▲6七金右と上がって力を溜めたのが郷田の落ち着いた好手に。△3五銀に▲6五歩と角を目標に攻めたのが好判断だったのである。以下実戦は△3三桂▲6四歩△7四角▲6三歩成△同金▲6四歩△6二金に▲5一角(第2図)と打って先手が優位を築いた。

【A図】http://p.news.nimg.jp/photo/383/1645383l.jpg

 第2図で△4一玉と寄られると角が助からないが、▲3三角成△同金▲6六桂(A図)が厳しい反撃となる。先手は銀を持つと▲7一銀から後手陣を薄くすることができるため、角桂交換の駒損でも攻めが続く格好だ。

 豊島の△3五銀では△4六歩がまさった。△4七歩成▲同銀と銀を後退させられる筋があるため、先手は▲6五歩とは仕掛けにくい。△4六歩には▲8八玉とし、以下△3五銀が感想戦で示された順。先手は1筋のアヤがないため攻め味に乏しい。豊島は「この展開なら、こちらもまずまずやれそうです」と振り返る。

■軽妙手で郷田が快勝

【第3図】http://p.news.nimg.jp/photo/381/1645381l.jpg

 数手進んで第3図。郷田の放った▲4三歩が決め手ともいえる軽妙手だった。▲4三歩で後手玉の上部を押さえ、次に▲7五銀と角を攻める順が効果的となる。さらに場合によっては▲4二金と打ち込んで、△同金▲同歩成から▲2三飛成と飛車を成り込む順も見ている。

【第4図】http://p.news.nimg.jp/photo/382/1645382l.jpg

【B図】http://p.news.nimg.jp/photo/384/1645384l.jpg

 本譜は△4三同金に▲2三飛成(第4図)と飛車を成り込んだ先手が優位を拡大したが、第3図で△4三同銀と取るのも▲7五銀で後手がまずい。以下△5六角▲同金(B図)と進み、次の▲6三歩成△同飛▲7四角の順王手飛車が痛打に。後手は玉の守りが薄すぎて支えきれない。

 この後は郷田が的確な指し手を続けて押し切った。郷田は前例のない形となったことについて「よくわからないまま指していた。今後の研究課題でしょう」と感想を述べると「本局は▲6五歩の仕掛けから▲5一角がうまくヒットした」と快勝譜を振り返った。

(内田晶)

◇関連サイト
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・将棋叡王戦 - 公式サイト
http://www.eiou.jp/