天才数学者が決闘死前夜に残した奇跡のメモ | ニコニコニュース

蝶の羽のように、数にも対称性がある(写真:びわ / PIXTA)
東洋経済オンライン

地上波で数学の最前線が、こんなにガチに流されたのは初めてのことだ。NHK Eテレで放送の始まった「数学ミステリー白熱教室」。イケメン教授のエドワード・フレンケル氏が、「数学の大統一」をめざす「ラングランス・プログラム」。理解の鍵として持ち出してきたのは「対称性」だった。

300年間、どんな数学者をもってしても求められなかった5次方程式の解の公式。しかし「対称性」を使えば、「解の公式を求めずとも、それはわかる」という革命的理論を残した天才数学者の悲劇。フレンケル教授の著書『数学の大統一に挑む』を翻訳した翻訳家の青木薫氏が、毎回ごとにその授業の謎解きをする。その第2回、「決闘死の前夜に天才数学者ガロアが残した奇跡のメモ」。

気鋭の数学者エドワード・フレンケルが、現代数学の最前線のホットな話題「ラングランズ・プログラム」を紹介する全4回のシリーズ、『数学ミステリー白熱教室』の第2回が放映された。このたびのテーマは「数論の対称性」。とくに、19世紀のフランスに生きた天才、エヴァリスト・ガロアの革命的アイディアを紹介するという。

■難解なガロア理論をどう説明するのか

しかしどうやって? 番組の放映開始時間を待ちながら、わたしはだんだん心配になってきた。「数論の対称性」というのは、見えにくいところだ。そもそも「数論って何?」という人がほとんどだろう。しかも、難しいと評判のガロア理論ときた。そんなテーマを、ごく一般向けのテレビ番組で、それもたった1時間で、どうやって説明するつもりなのだろうか。

さすがのフレンケルも、聴衆に背を向けて黒板に数式を書き続けたり、「ちょっと難しいですね」などと言い訳しながら、難しい専門用語をつぎつぎと投入せざるをえないのではあるまいか。放映開始の時間となり、教室に入ってくるフレンケルの映像を見ながら、わたしは他人事とはいえ心臓がどきどきし、手のひらが汗ばんできた。

わたしの心配は杞憂だった

そんなわたしの心配は杞憂だった。はじめのうちこそ、「そんなに余裕しゃくしゃくで楽しげにしゃべっていて、ガロア理論までたどりつくの?」とハラハラしていたわたしだったが、いつのまにかフレンケルの語りにすっかり引きこまれていた。講義には印象的なエピソードがちりばめられ、しんみり余韻を残すシーンさえあった。

20歳にして決闘で命を落とすことになるガロアが、その前夜、死を予感しつつ自らの大切な理論を書き残したときの思いーーフレンケルをその手紙を、ガロアが人類に宛てたラブレターだと言う。あるいはまた、ルネサンス期の数学者たちが、「方程式の解の公式」を見つけようと懸命の努力をしていたことーー方程式をすばやく解けるかどうかに、彼らの生活がかかっていたのだ。

■わたしがとくに感銘を受けたこと

しかし、わたしがとくに感銘を受けたのは、フレンケルが、数論の対称性をみごとに印象づけ、数論の研究にとりくむ数学者たちの基本思想というべきものさえ語りえていたことだった。

フレンケルは、なぜそんな離れ業を演じることができたのだろう? 興奮冷めやらぬなか、番組終了後にそう考えてみたわたしは、おそらく成功のカギは、1枚の簡単な図にあるのではないかと思い至った。

蝶の対称性(第1回の講義で扱った幾何学の対称性)と、ピタゴラスの定理から導かれる X2=2という2次方程式の解の対称性とを重ねた印象的な図がそれだ。蝶は、右の羽と左の羽を交換しても形は変わらない。では、方程式の解はどうだろうか。

1辺の長さが1であるような直角二等辺三角形を考えたとき、ピタゴラスの定理から、斜辺の長さは√2である。たしかに斜辺の「長さ」なのだから、x2=2の答えはx=√2であるに違いない。しかし、そこにはちょっとした秘密が隠されているのだ。図形ではなく、方程式という観点から見ると、マイナスの数、x=-√2もまた、立派な解なのである((-√2)×(ー√2)=2)。

そうしてフレンケルは、これら二つの解がもつ対称性(√2と-√2は裏表のようだ)は、蝶の対称性と同じだと語る。そして、見えにくいその秘密に気づくことで、世界が広がることを教えてくれたのだ。

ガロアの功績とは?

さて、そこから一気にフレンケルは、2次方程式における対称性(√2と-√2という二つの解があること)を3次方程式、4次方程式、5次方程式にまで拡張していき、これまでに見えなかったまったく違う道筋を示した数学者の話をするのだ。

それがガロアだ。ルネサンス期の数学者たちが解の公式をみつけて方程式の解を得ようと血道をあげていた話は冒頭に書いたが、どうしても導きだせなかったのが、5次方程式の解の公式。その公式がわからずとも方程式の解の性質をまったく別の方法でわかる、という道筋を示したのだ。

一般に方程式を解くということは、たとえば2次方程式「ax2+bx+c=0」の場合なら、xをa、b、cで表すことである。そうして解の「公式」を求めておけば、いつでも即座に答えを出せるというわけだ。

かつては、問題を出されたときにすぐに答えられるどうかが、数学者としての力量のみせどころだったから、2次方程式はもちろんのこと(これは9世紀には、解の公式が得られていた)、数学者たちは3次、4次の方程式についても、解の公式を求め(これらは16世紀の後半に得られた)、いわば企業秘密として、ライバルたちから隠そうとしたのだった。

■そもそも問題の立て方が間違っている

ところが、数学者たちの懸命の力にもかかわらず、5次の方程式の解の公式はみつからず、ガロアが登場するまで、300年にわたり謎のままにとどまっていたのである。

ガロアは、解の公式を具体的に求めようとはしなかった。公式を求めようとすることは、そもそも問題の立て方が間違っている、と彼は考えたのだ。そうではなく、方程式の解について考えることのできる、数の世界の対称群ーー今日「ガロア群」と呼ばれるものーーの性質を調べればよい、と彼は論じたのである。

2次方程式の場合なら、それは蝶の対称性を考えることだった。ガロアは、方程式を解くという問題を、対称性の問題へと飛躍させた。そうすることで、数学者たちが方程式というものを見る目を永遠に変えてしまったのである。

発想の転換の重要性

フレンケルは今回の講義で、「蝶の対称性」に「√2、-√2の対称性」を描き入れた1枚の図を手がかりに、幾何学的な対称性という比較的わかりやすい世界から、数論の対称性という、ぐっと抽象的な世界へとわれわれを導き入れた。そして、ガロアによる偉大な発想の転換がどんなものであったのかを語った。

そして、実はこの発想の転換が、今回の講義の大きな目標である「ラングランズ・プログラム」の神髄に触れるところなのである。フレンケルは崩したジグゾーパズルの山をいくつかに分け、「数学はいろいろな大陸にわかれている」と説明。「その大陸の間の不思議なつながり」を探すのが、「ラングランズ・プログラムなのだ」と第1回の講義で述べた。

■ガロアが死の前夜に得た着想

ガロアが死の前夜に得た着想はまさにそれなのだ。5次方程式の解を求める必要はない、その解の性質である「対称性」を調べれば、知りたいことはわかる。解の公式で現せるか否かまではわかるのだ(この方法でガロアは5次方程式には解の公式はそもそも存在しないことを証明した)。

次回、彼は、ラングランズ・プログラムの核心に一気に迫り、「調和解析の対称性」について語るという。「調和解析」とは音の倍数などがその種類のひとつだ。有名な「フェルマーの最終定理」についても語るそうだ。いったい調和解析にどんな対称性があるのだろう?

「フェルマーの最終定理」は、ラングランズ・プログラムにどんな役割を果たしたのだろう? そしてフレンケルは、この難しいテーマをどう料理して見せてくれるのだろうか。第3回も絶対に見逃せない。