中学受験「第2志望では納得できない」という病 | ニコニコニュース

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■子供は親の価値観を通して世の中を見る

ある私立中学校の教員は、ため息混じりに教えてくれた。

「入学するなり、本校に対する不満ばかり言う保護者がいた。どうもうちが第1志望ではなかったらしい。親がそうなら子もそうなる。親子で散々本校の悪口を言った挙げ句、5月には地元の公立中学に転校した」

親が悪口を言う学校に通っている子どもの心中を察するに、こちらまでつらくなる。第1志望不合格の胸の痛みを紛らわすために、親と一緒になってせっかく合格した学校を否定したのではないか。転校すればその傷は癒えるのだろうか。きっと違う。その親は、子どもの気持ちを少しでも考えたのだろうか。

これが「第2志望では納得できないという病」である。

ある中堅私立中学校の教員が明かす。

「正直に言って、うちの学校を第1志望と考えて入学してきてくれる生徒は少ない。他校に不合格になったうえで、うちの学校を選んでくれたケースが多い。特に、本人以上に保護者が中学受験の結果を引きずっている場合、子どもの自己肯定感は著しく低い状態になる。われわれ教員が最初にすべきことは、彼らの自己肯定感を引き上げること。『いい学校に入って良かった』と思ってもらうこと。中1の1学期はそのために使う」

思春期前のこの時期には、子どもは自分の価値観よりも親の価値観を通して世の中を見ている。それが絶対的な価値であると信じて疑っていない。子ども自身の価値観が確立する思春期以降であれば、子ども自らが気持ちを切り替えて新しいスタートを切ることが可能だろうが、12歳にはまだそれができない。自分の努力の結果が、親を落胆させるものだったとしたら、子どもの自己肯定感は下がる。逆に言えば、親が、子の努力を評価し、どんな結果であろうとたたえることができれば、子どもの自己肯定感の低下は阻止できる。

結果がどうであれ、中学受験という経験を「つらかったけれど良い経験」として心に刻むか、「つらいだけの残酷な経験」として心に刻むかは、親の心構え次第なのである。

■「このままでは目指す目標に届かない」という焦り

中学受験において、第1志望に合格できるのは3割にも満たないとも言われている。受験を終え、もし第1志望合格という結果ではなかった保護者には、「第1志望の存在は、この子のやる気を引き出し、能力を伸ばしてくれたけれど、今、この子にとって一番いい学校は、こちらの学校だったのだ。神様は、努力した者に、最善の結果を与えてくれたのだ」というような健全なるルサンチマンを感じてほしいと私は思う。

大手進学塾に通う生徒向けに、補助的な個別指導を行う塾の保護者相談会に参加したときのこと。「成績が伸びない。娘の塾の勉強を毎日見てやるのだが、授業の内容をほとんど理解できていないように感じる。どうしても怒鳴ってしまう。塾の宿題を全部やらせようとは思っていないけれど、あまりにも時間がない。どうしたらいいかわからない」と、いささか取り乱し気味に訴える父親の目は、文字通り血眼だった。子どもの成績が伸びないから取り乱しているのか、父親がこのような状態だから、子どもは萎縮して、成績が伸びないのか。卵が先か、鶏が先かである。

別の個別指導塾に通うある小学6年生の母親は涙ながらに告白してくれた。

「模試の成績で偏差値が下がるたびに不安になり、もっとやらせねばならないと焦り、怒鳴り、わが子を罵倒する。あの参考書がいいと聞けば参考書を買い、『これもやりなさい』とさらに負荷をかける。今思えば、自分自身が不安に押しつぶされそうになるのを防ぐために、子どもを追い詰めていた」

幸いその母親は、受験のプロのカウンセリングを受け、悪循環から脱した。すると、子どもの成績も伸びた。

いずれの例も、詳しく聞けば、偏差値的には「どこの学校にも入れそうにない」という成績ではない。しかし、「このままでは目指す目標(学校)には届かない」という焦りから、不安にとりつかれたのだ。

第1志望に大きな憧れを抱き、モチベーションにすることはいい。しかし、第1志望しか見えなくなると危険だ。失うものが大きいと感じれば感じるほど、不安も大きくなる。大きな不安を抱えると、その不安に自分自身が振り回される。その悪循環にはまりやすいのは、受験生本人ではなく、親のほうである。それが、中学受験で親子が壊れ自滅する、典型的なパターンなのだ。

本来であれば受験終了後に発症する「第2志望でも納得できないという病」は、受験勉強のさなかから、親の心に病巣を作り、親子をむしばむのである。