【連載】抱きしめてヴィーナス - 探査機「あかつき」、金星への帰還 第2回 いかにして「あかつき」は金星への再挑戦にこぎつけたのか | ニコニコニュース

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連載の第1回では、日本初の金星探査計画がどのようにして立ち上がり、そして「あかつき」と命名されて宇宙に飛び立つに至ったのかについて紹介した。第2回となる今回は、5年前の金星周回軌道への投入失敗と、そこからどのようにして再挑戦ができる道筋が見つかったのか、この5年間の「あかつき」と運用チームの苦闘を紹介したい。

○2010年12月7日

2010年5月21日に打ち上げられた「あかつき」は、順調に航行を続け、6月28日にはセラミック・スラスターの噴射が行われた。この噴射は、金星への接近条件を調整することと同時に、新技術であるセラミック・スラスターを金星周回軌道投入で使うため、その出力特性を把握するためにも不可欠なものだった。噴射は成功し、軌道変更とセラミック・スラスターの技術実証のふたつを成し遂げた。

その後も「あかつき」は順調に飛行を続けた。11月19日には、金星への到着日を12月7日と決定したことが発表された。

12月5日、6日と7日に行う動作を記したプログラムが送られた。6日にはそのプログラムにしたがい、探査機は自分の姿勢を変え、スラスターのついている探査機後部を前に向けた。軌道に入るためには、エンジンを進行方向の前に向けて噴射し、減速しなければならないためだ。

そして12月7日8時49分、「あかつき」はあらかじめ送られたプログラムどおりにエンジンを噴射した。噴射時間は約11分間。その直後の8時50分43秒には、「あかつき」は地球から見て金星の裏側に入るため、通信はできなくなる。計画では9時1分にエンジンが自動で止まり、9時12分3秒に金星の裏側から出てきて、「あかつき」との通信が再開されるはずだった(地球と金星との距離が離れているため、厳密にはこの時点で3分半ほどのタイムラグがある)。

しかし、その通信は来なかった。アンテナは探査機が飛んでいるであろう空間に向けられている。にもかかわらず通信がこなかったということは、その空間に探査機がいないか、機体が回転しているか、あるいは壊れていることを意味していた。

最終的に「あかつき」からの電波を地球で捉えることができたのは、10時26分前後のことだった。

翌日には、NASAのジェット推進研究所(JPL)による軌道計算の結果が伝えられた。それによると、計画の約2割の減速しかできていないことがわかった。この時点で、たとえ探査機が正常でも、すぐに再度エンジンを噴射して金星周回軌道に入ることはできないことがわかった。「あかつき」は以前と同じ、太陽を周回する軌道にいた。

減速が足らなかったこということは、スラスターの噴射が途中で止まったということを意味していた。エンジンが壊れたのか、あるいは何か別の問題が起きてスラスターが自動停止することになったのか、この時点ではまだわからなかった。

ただ、まったく光明がないわけではなかった。事故後に「あかつき」が乗った軌道を計算すると、6年後に再び金星のそばを通過することがわかった。もしスラスターが生きていれば、再挑戦できるかもしれない。ただ、それを裏付けるものは、このときは何もなかった。

中村さんはこのときのことを「人間ってそういうときには藁にもすがるものですね」と振り返る。単に「金星のそばをもう1回通るチャンスがある」という期待だけで、希望をつないだのだった。

○疑われたセラミック・スラスター

12月7日に何が起きたのかを調べるため、そして6年後に再挑戦ができるのかを知るため、事故原因を解明すべく調査が始まった。真っ先に疑われたのは、新開発のセラミック・スラスターだった。

「あかつき」にはいくつかの新しい技術が投入されていたが、その中でも最も大きなものがセラミック・スラスターだった。そして実際にセラミック・スラスターの噴射が途中で止まったことは間違いなく、疑われたのは仕方がないことではあった。

噴射時の探査機のデータを受信して分析したところ、噴射開始から152秒前後に、探査機の姿勢が乱れたことがわかった。探査機はある程度の乱れであれば、自律制御によって姿勢を正常に戻すことができる。しかし、ある一定を超えると、スラスターを噴射したまま戻すことは不可能と判断し、やはり自律制御によってスラスターを止めるようになっている。そして噴射開始から158秒のところでこれが働き、スラスターが止まることになった。さらに噴射開始から375秒後には、セーフ・ホールド・モードとよばれる、緊急時に探査機を守るための、待避姿勢に入ったこともわかった。

軌道に入れなかったのは、こうしてスラスターが途中で停止したためだった。では、それを引き起こした姿勢の乱れは何が原因だったのだろうか。

12月27日にJAXAは、事故の原因が、スラスターに燃料を供給する配管にあるバルブ(弁)にあった可能性が高いと発表した。スラスターは燃料のヒドラジンと酸化剤の四酸化二窒素とを混ぜ合わせて燃やし、そのガスを噴射することで推進力を得る。この推進剤をスラスターに送り込むのには高圧のヘリウムが使われており、そのためヒドラジン・四酸化二窒素のタンクと、ヘリウムのタンクとは配管でつながっている状態にある。そこで、ヒドラジンや四酸化二窒素がその配管を逆流しないように、専用の弁(逆止弁)が入っている。

ところが、この逆止弁にあるほんの少しの隙間から酸化剤の四酸化二窒素が漏れ出し、この弁のところでヒドラジンと反応し、結晶を作ってしまった。ちょうどヘリウムの通り道に邪魔者が現れたことになる。そのため十分な圧力のヘリウムでヒドラジンを押し出すことができなくなり、その結果エンジンに送り込まれるヒドラジンと四酸化二窒素の量が変わってしまった。

実は、ヒドラジンと四酸化二窒素を完全燃焼させると温度が高くなりすぎてスラスターが壊れてしまうので、本来は燃料を少し多めに足して燃やすことで、わざと燃焼温度を下げている。しかし、こうした経緯でスラスターに送り込まれる燃料の量が減ったことで、図らずも理論的に最適な燃焼に近くなってしまい、異常燃焼が起き、探査機の姿勢が乱れ、そしてスラスターが停止することになったと考えられている。またこの時点で、異常燃焼の結果、スラスターが壊れている可能性もあった。

○6年後に希望をつないで

2016年に再び金星には近づける、けれどもセラミック・スラスターは使えないかもしれないという状況の中で、運用チームには姿勢制御用の小型スラスター(RCS)を使うという案があった。

RCSは姿勢制御に使うものなので推力は小さく、また本来は細かく「プシュ」と噴くことにしか使われていない。「あかつき」には探査機の各所に合計12基のRCSをもっている。そのうち、上面(ハイゲイン・アンテナがある面)、もしくは下面(壊れたセラミック・スラスターがある面)にはそれぞれ4基ずつRCSがあり、そのどちらかの面の4基を同時に、そして長時間にわたって噴射することで軌道投入しようというのだ。

運用チームはまず、セラミック・スラスターの状況を確認するため、2011年9月7日と14日に試験噴射を行なった。その結果、推力が本来の10%ほどしか出ないことが確認された。やはり、姿勢が乱れる原因となった異常燃焼によって高熱になったせいで、セラミック・スラスターは壊れてしまったのでないかと考えられた。

壊れた状態で噴射し続けることで、さらに破損が広がることも懸念されたため、これ以降セラミック・スラスターは使わないこととなり、RCSによる軌道投入の可能性を追求することになった。10月には酸化剤の四酸化二窒素も投棄された。RCSは燃料のヒドラジンを、触媒と反応させて発生したガスを噴射するため、酸化剤が不要であるためだ。これで探査機をいくらか軽くすることができた。

2011年11月には、軌道を調整するためのRCS噴射が行われた。噴射は3回に分けて行われ成功。これにより金星との再会は、2016年から2015年に早まることになった。

○見つかった軌道

この時点で、金星に到着する日は2015年11月22日とされた。しかし、検討を進める中で、このタイミングで金星周回軌道に投入すると、金星にすぐに落下してしまうことが判明した。

では、1回目の金星接近時には金星をスウィングバイし、2回目の会合で金星周回軌道に投入するとどうだろうという検討もされたが、やはりすぐに落下することが判明。1回目のスウィングバイ条件を変更して2回目の会合時に投入してもやはり落下。金星を2回スウィングバイし、3回目の接近時に投入しても落下と、軌道が見つからない日々が続いた。

これはひとえに、太陽重力摂動のせいだった。たとえば欧州宇宙機関(ESA)の金星探査機「ヴィーナス・エクスプレス」は、大気の成分観測が主目的であるため、金星を南北に回る極軌道に入っている。極軌道だと太陽重力摂動の影響は少なく、「あかつき」も極軌道であれば楽に投入することができ、すぐに落下することもなかった。

しかし、「あかつき」は大気の動きを連続的に観測する探査機であるため、金星の自転と、スーパーローテーションの回転と同じ向きに回る軌道に入らなければ意味がなかった。けれどもその制約により、金星にたどり着けても、数十日で金星に落下してしまう軌道しか見つからなかったのだ。

軌道計算チームは、文字通り昼夜を問わず計算にあたった。そして2013年8月ごろにようやく光明が見え、さらに計算を追及した結果、ついに2014年1月ごろ、最終的な軌道ができあがった。

○太陽光にもあぶられて

金星にたどり着ける軌道は見つかったが、あとは探査機が耐えられるかが問題だった。

「あかつき」の設計寿命は4.5年とされている。半年は地球から金星への航行で経過するため、金星に到着してから4年は動けばいい、もっと動いてくれれば御の字、という想定だった。しかし、再挑戦までに5年の歳月が過ぎ、その間にこの設計寿命を超えてしまうことになった。

さらに悪いことに、「あかつき」は太陽の熱にも耐えなければならなかった。金星は地球よりも太陽に近いため、もともと「あかつき」はその熱に耐えられるようには造られている。しかし、2010年に金星周回軌道への投入に失敗したことで、当初想定していなかった距離にまで太陽に近付く軌道を回ることになり、最も近付くところ(近日点という)を9回も通過しなければならなくなった。さらに、探査機の全体に貼られている金色の断熱材が、放射線の影響で劣化していることもあり、近日点通過のたびに想定を超える熱にさらされた。

それでも大きな問題は起きず、2015年8月30日2時ごろに最後の近日点を通過。それ以降も「あかつき」は穏やかな状態を保ったまま航行を続けた。

○「あかつき」、最後のチャンス

金星周回軌道投入への再挑戦の日は2015年12月7日に設定された。12月7日というのは、奇しくも5年前に失敗した日と同じである。何の星のめぐり合わせかと思いたくもなるが、実際のところこれは、金星と太陽、そして「あかつき」という衛星による、比喩ではない本当の意味での星のめぐり合わせによる単なる偶然である。

この5年間、ある人は原因調査に奔走し、ある人は再挑戦に向けて知恵を絞った。さらにある人は「あかつき」の観測データを解析するプログラムを改良し、またある人は欧州のヴィーナス・エクスプレスのミッションに参加して論文を書いたりと、それぞれがさまざまな形で過ごしてきた。

多くの人々の想いを載せ、「あかつき」は、再びの、そして最後のチャンスとなる軌道投入に挑んだ。

【取材協力:JAXA】

(鳥嶋真也)