現代版イノベーションエコノミクス ~ゼロからイチへ | ニコニコニュース

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■シュンペーターの概念で俯瞰する

イノベーションという言葉がビジネスの現場にも浸透してきています。経済学を学んだ人ならご存知だと思いますが、イノベーションという言葉はヨーゼフ・シュンペーターが提唱し、その頃から使われるようになりました。彼は資本主義経済の本質を追求し、紆余曲折がありながらもイノベーションと創造的破壊という概念を現代に残した人物です。

最初にお断りをしておきたいのですが、私は経済学者ではありませんので、理論的な話をさせていただくわけではなく、私なりに感じたことを話したいと思います。発明家とアントレプレナーは性質が異なるけれども、創業者が起業した場合は、発明家がアントレプレナーの役割を果たすケースもあるというようなことをシュンペーターは説いていました。かつて、私は自分自身をそれに当てはめて、自分が置かれている世界を俯瞰したものです。

先進国では成熟した産業が多く、単に資金の集中投下や合理化を推し進めても経済発展はさほど望めない時代であることは、イノベーションという言葉が浸透したことが証明していると思います。シュンペーターが提唱したイノベーションとは、「新結合」という言葉で表現される概念に由来していて、新しいモノや品質の創出と実現、新しい生産方法の開発と導入、新しい組織の創出、新しい市場の開拓、新しいことを生み出すのが経済的リーダーシップであり、何かと何かを組み合わせることでまったく新しい世界が開かれるという考え方だと思います。また、イノベーションを創出するには慣行を打ち破ることも必要だと私は解釈しています。

日本を含め先進国は人材もモノも資金も比較的潤沢で、成熟している産業も多く、また、成熟した産業を担うのはたいていが大企業です。大企業では仕事を遂行することがミッションとして割り当てられている人材が多く、おのずと自動的に物事が流れるように機能することが求められていきます。それが、いわゆる文化として定着していきます。過去の実績に基づき将来の予想をたて、新しいことをするにしても説明がつく範囲にとどまりがちになるわけです。そうなると、定着した慣行を打ち破るような前例のないことにはなかなか踏み出せなくなるものです。

イノベーションはメインストリームではない辺境でより起こるといわれていますが、アメリカのシリコンバレーはまさにこの例です。アメリカ東海岸のエスタブリッシュメント(体制)から離れた地で、全く革新的な、既存のビジネスを破壊するイノベーションが起こるのです。シェアードエコノミーのUberの発想も既存のタクシー業界からは起こりえなかったでしょうし、リアルの書店からはAmazonのようなオンラインのビジネスモデル、世界的なホテルチェーンからはAirbnb‎も生まれなかったと思います。

そういった意味では、積極的に社会でイノベーションを起こすためには、新興ベンチャー企業が育ちやすい環境を整備することが重要だと思います。このような環境を整えることによって、最先進国の経済成長にとって、余分なお金を払ってでも得たいという、ゼロからイチの新たな価値やサービスを生み出すことが可能になると思います。

■前例がないことは否定されやすい

また、企業は合理的に経営することが求められますので、革新的な新しい何かを開発しようというアイデアがあっても、前例がないためにリスクをとる判断ができないというような理由で、現場から上層部に提案があげられる過程で消されてしまうのも大企業ではよく聞く話です。過去の経験に基づく合理性は、前例のない革新をいとも簡単に否定することができるのです。

最近ではイノベーション推進室や社内ベンチャー制度を作るなどの施策を取る企業もでてきましたので、だんだんと新しいものを生み出すことの価値、イノベーションが生まれる環境をつくる重要性が浸透してきたことがわかります。そういった仕組みで最大のネックになるのは、組織に根付いた慣行です。これを突破するのが起業家なのですが、組織の文化がそれを妨げ、許容範囲のことしかできなくなってしまい、破壊的な創造とまではいかなくなってしまうという組織のジレンマを抱えている企業もあるのではないかと思います。これはベンチャーでも中小企業でも同じことが言えます。

私が会社を立ち上げたのは13年前ですが、起業することを目的にしていたわけではなく、ただ、 自分の研究を世の中で使ってもらうための選択にほかなりませんでした。そのための資金調達に忙殺されましたが、ありがたいことに経営や経済学を教えてくださる方にも恵まれ、イノベーションエコノミクスが次なる経済成長への突破口になるという概念に確信を持つようになりました。

リーダーシップの本質は決断を下し、行動を取れるか、だと思います。大事な局面で判断が鈍ると、自分の行動に影響するだけではなく、 振り返るとついてきてくれていた仲間がいなくなっているなんていうこともありうるわけです。幸いにして、私はやりもせずにできないと決めつけるタイプではないこと、医療という事業ドメインに精通していること、そして躊躇せずアクションをとれるということなどが相俟って、大きな決断をするときでも、仲間の半分は一緒にリスクを取ろうと決意をしてくれます。

私にとってイノベーションとは、ゼロからイチを生み出すことです。 ITや科学技術は急速に発展していて、10年前と比べても入手できる情報量も違えば教育のレベルも上がりました。先人が研究で残してきたことは、私たちの知識となり、それを生かしてブレークスルーを果たし、さらに時代が進化していくわけです。私が挑戦している、世の中に存在しない治療薬の開発もまさにゼロからイチを生み出す流れであり、アンメットメディカルニーズに対するイノベーションだと考えています。

このようなイノベーションを軸に経済を成長させる戦略がまさに現代版イノベーションエコノミクスだと思うのです。

■人材の流動性がチャンスを左右する

あともう一つ私の経験から言えることは、起業家にとって人材を獲得できるかどうかが要だということです。私の事業ドメインにおいては世界から優秀な人材がアメリカに集まってきます。人材マーケットが流動的なので採用しやすい側面があり、会社の成長段階に合わせて組織をつくることができました。限られた資金で会社がここまで成長できたのは、適材を確保し続けることができたからだと言っても過言ではありません。

日本では大企業に人材が流れ、よほどの理由がない限り、終身雇用で安定した大企業をやめて、イノベーションを追うベンチャー企業に移るという意思決定をすること自体が難しい。家族やまわりの人がそれをよしとしないことが多いでしょう。米国では終身雇用がほとんどないために、大企業に勤めていてもリストラの可能性がありますので、ベンチャー企業に勤めるリスクが相対的に日本に比べて高くないと言った背景もベンチャー企業に有利な社会環境だと思います。

私は、この人材の流動性が高い中で育まれたレジリエンスが個々の職の安定につながり、ダイナミックなスタビリティー、動的安定性だと考えています。大企業をやめてベンチャーに行ったり、ベンチャーから逆に大企業に行ったり、会社は変わるものの、仕事の継続性は維持されるという社会がレジリエンスの高い社会だと考えています。異なる環境に置かれることで人は成長しますし、組織にとっても個人にとっても最適なマッチングに至る可能性も増大すると考えます。運良く最初に巡り合った仕事が天職であれば結果として一生同じ会社に勤めるということももちろんあってもいいわけです。

今回は、眼科医であり創業者という立場から、イノベーションエコノミクスにふれてみました。このように自分が置かれた世界を俯瞰して、自分を客観的に分析してみると、見えなかったものが見えてくることもあります。

初めから大きな夢やビジョンを描いてそれを具現化しようと考えるのは相当気の遠くなる話ですが、日常生活の中でできる小さなイノベーションは実践可能です。さまざまな経験を積み学んできた今の自分にできることを棚卸しして、自分の中にある全く違う何かと何かを組み合わせると何が生み出せるのかを考え抜いて試してみるのも、イノベーターとしての道のりを歩みだすことの第一歩になるかもしれません。そして、ものさし代わりに、経済学者が唱える概念に自分を照らし合わせてみるのも面白いのではないでしょうか。

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窪田 良(くぼた・りょう)●1966年生まれ。アキュセラ創業者であり、会長、社長兼CEO。医師・医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進学。緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。その後、臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務ののち、2000年より米国ワシントン大学眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。02年にシアトルの自宅地下室にてアキュセラを創業。現在は、慶應義塾大学医学部客員教授や全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research) の理事、G1ベンチャーのアドバイザリー・ボードなども兼務する。著書として『極めるひとほどあきっぽい』『「なりたい人」になるための41のやり方』がある。Twitterのアカウントは @ryokubota 。 >>アキュセラ・インク http://acucela.jp

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