「やっと“憂鬱な家族”を笑い話に変えることができた」漫画家・まんしゅうきつこの逃げ続けた過去 | ニコニコニュース

撮影=後藤秀二
日刊サイゾー

 壮絶なアルコール中毒体験を漫画にした『アル中ワンダーランド』(扶桑社)がスマッシュヒット。そして2015年12月、まさに“満を持して”原点である伝説的ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」が『まんしゅう家の憂鬱』(集英社)として書籍化された漫画家・まんしゅうきつこ。奇抜なペンネームから想像もつかない端麗な容姿、そしてシュールかつゲスかつユーモラスな作風で一躍時の人となった彼女が抱える、本当の「憂鬱」に迫る。


――『アル中ワンダーランド』のヒットで、周りの環境など、何か変わったなと思うことはありますか?

まんしゅうきつこ(以下、まんしゅう) 名前問題は相変わらずありますよ。私、「ナタリー」さんにタグを作ってもらえないんです。ほかの漫画家さんは、みんなタグがあるのに。結局ヒットしても、そこまでのヒットじゃない。やっぱり30万部くらいは売れないと……。

――ペンネームで自ら業を背負い……。

まんしゅう 名前のせいなのか、私自身が嫌われているのか、それはわからないんですけど。この間トークイベントをやったときに、「おめおめこさん」というライターさんが来てくださって。やはり変わった名前の方は、親近感を持ってくださるようです。でも、そのあとに「潮吹プシャ美さん」(あやまんJAPANユース)がいらっしゃったときは、さすがに自分よりすごいな……と思いました。上には上がいるものですね。

――まんしゅうさんは、確実に「その世界」の扉を開いたと思います。

まんしゅう 先人として、このままいくしかありませんよね。

――メディアなどに顔出しするようになって、変わったことはありますか?

まんしゅう 特にないですね。顔出ししたから本が売れたのか、しないほうが売れたのかは、よくわからないですけど。顔出ししたことを、快く思わない人もいるじゃないですか。漫画家たるもの、表に出ないほうがいいと思う方は多数いらっしゃるので。

――ミステリアスな存在であってほしいという。

まんしゅう 私、精神的によくないので、ネットはアマゾンのレビューさえも見ないようにしてるんですけど、さすがにグラビアに出たとき(「週刊SPA!」4/14・21号)だけは恐る恐る見ちゃったんですよ。そりゃもう、散々でした。「ブス」だの「鶏ガラ雰囲気ババア」だの。「まんしゅうきつそうな顔してるな」っていうのも、もちろんありました。

――ショックを受けましたか?

まんしゅう でも、顔出しする前の「美人らしい」とかいわれてる時期がすごくイヤだったんですよね。だから、晴れてババアだの鶏ガラだのが明らかになって、ホッとした部分は正直あります。ウワサがひとり歩きしてハードルが上がりすぎて、でもフタを開けてみたらこれですよ。


■弟がしんどい

――さて、このたび出版された『まんしゅう家の憂鬱』には、家族とのエピソードがたくさん綴られています。

まんしゅう 最初に書籍化の依頼があった版元の担当さんから漫画として描き下ろすよう言われて、でもそうなるとあのブログ特有の、スクロールすると画が出てくる“びっくり箱”的期待感が薄れてしまうんですよね。それは、私の能力と技術が追い付かないということなんですが。2本くらい描いて「う~ん」ってなっちゃって、それからずっと渋っていたら、その編集さんとは結局、違う漫画を描くことになって……。その直後くらいですかね、「集英社さんから出したほうがいい」っていう、啓示を受けたのは。

――……啓示、ですか?

まんしゅう そうです。でも、そのときは何も考えずに、ただ「集英社さん」っていう啓示を受けたと思っていたんですけど、よくよく考えてみたら、集英社さんから出せば『ドラゴンボール』の悟空(註:少女時代のまんしゅうさんの憧れの人。『まんしゅう家の憂鬱』にも登場)に目線が入らないの。

――啓示は、どのタイミングでやってきたんですか?

まんしゅう あの、フェイクプレーン(飛行機に擬態しているUFO)から(笑)。そのとき犬の散歩してたんですけど、急いで家に帰って、弟に「フェイクプレーンがね、集英社だって」って言ったら「全部オマエの声だよ!!」って言われちゃった。

――弟さん(写真家の江森康之氏)との関係も、本当に面白いです。

まんしゅう 持ちつ持たれつって感じなんですよ。弟とは、合わせ鏡みたいな関係なんです。相手が元気ないと、自分まで引っ張られてしまう。

――姉弟というか、双子みたいですね。

まんしゅう 確かに。いま弟夫婦の家の一室をアトリエとして借りているんですけど、私がいつものように漫画を描いていると、弟が扉をバっと開けて言うんです。「オマエ、どんどんブスになっていくな」「最近、毒が回ってて、だらしなくなってるぞ」と。

――突然ですか?

まんしゅう はい。弟って、めちゃくちゃストイックなんですよ。夏は部屋が42度くらいになっても、絶対にエアコンをかけない。「汗をかくと、精神状態が安定する」「汗をかくのは、うつ病にいい」というヘンな持論があって。それを、私にも強要するんです。無理ですよ、42度なんて死ぬじゃないですか。でも、エアコンをかけると、どこからともなく怒鳴り込んできて、「エアコンかけただろ!」って。あと「スープ春雨なんて食うな! 見ろ、この添加物!」とかもありますね。あの子、本当に漬物と玄米とか食べてるんですもん。

――ストイックの域を超えてますね……。

まんしゅう でも、それをやったら私の人生も楽しくなると信じてるから、タチが悪い。弟の奥さんなんて、もっと大変ですよ。結婚して10kg痩せましたからね。最近では弟の罵声があまりにも大きすぎて、家の前に住んでいるおばあちゃんが弟のことを無視するようになりました。弟が「おはようございます」って挨拶しても、目も合わせないそうです。田房永子さんの『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)ってありますけど、「弟がしんどい」っていう、そういうレベル!


■機材代に200万円つぎ込んだ、宅録娘時代

――……話がそれましたが、一度は筆が止まった『まんしゅう家の憂鬱』をまた描こうと思ったのはなぜでしょうか?

まんしゅう 正直、もうやめようと思っていたんですよ。ブログもなかったことにしていただいて、今までの生活に戻ろうと。普通の主婦の生活にね。ただ、私は今までいろいろなことからすぐ逃げてきたので、さすがに35歳も過ぎてここでやめたら「またやめるんかい!」ってツッコむ自分もいたんです。だから、漫画だけはもうちょっと頑張ろうと。

――今まで、どんなものから逃げてきたのですか?

まんしゅう 22歳くらいから宅録をしていたんです。自分でドラム叩いて、ギター弾いて、ピアノ弾いて、作詞作曲して……みたいな。デモテープ作って送って、レコード会社から連絡もらったこともありました。それも、漫画の持ち込みと同じく、ダメ出しをされるわけですよ。そうなると「やっぱりいいや」って心が折れちゃって、そこでやめちゃった。結局、最後まで頑張れなくてやめちゃう。

――レコード会社から連絡来るなんてすごい!

まんしゅう かなり本格的にやってたんですよ。だって、機材代に200万円くらいかけてますから。バニーガールとキャバクラのバイトでためたお金を全部つぎ込んで。親は「あいつ大学留年したのに、何やってんだ!?」って思っていたでしょうね。

――そんな宅録娘が今度は漫画家として、しかも『まんしゅう家の憂鬱』という家族の本を描くとは……。

まんしゅう 本当ですよ。ただ父と母は、まだ読んでいなくて。特に父は、読んだらなんて言うか……。この本に、父が松葉杖ついてるシーンがあるじゃないですか。あれ、事実なんですけど、ブログにアップしたときに父から「ウソ描くな!」って怒られたんです「俺はやられてない。逆に俺がボコボコにしてやったんだ」と。プライドがあるみたいで(註:本書に出てくる、弟の友達とケンカするシーンでのこと)。怖いです。母には「父を本屋に近づけないで」と、お願いしてるんですけど。

――そんな危ない橋を渡ってまで(笑)、家族の話を描くのはなぜですか?

まんしゅう 家族ものを描いてくれっていうオファーが、すごく多いだけ。家族の話にすると、どんなにぶっ飛んだ内容でも、結局、普遍的なところに落ち着くじゃないですか。でも、正直言えば家族のことは描きたくないです。

――それはなぜですか?

まんしゅう 私は今でも父が怖くて、父のイラストを描いているときは動悸がしてきちゃうくらい。昔ね、父がでっかい置時計を持って私を追いかけてきて、母が「逃げてぇぇぇ!!」って絶叫したことがあったんです。私、裸足のまま家から飛び出して、そのまま車の中で夜を明かしたんですよ。だから、父を描いていると、どうしても人殺しの目になっちゃう。


■家族のことを書く、ということ

――……家族の漫画を描いて、よかったなと思ったことは?

まんしゅう 私、自分の家族が変わってるなんて、1mmも思ったことなかったです。でも友達が遊びにくると、必ず言われる。「ほんっとに、変わってるねぇ……」って。まず聞かれるのが「ケンカしてるの?」です。ケンカはしてないんです。ただ会話が常にケンカ腰で、罵声が飛び交ってる家なんです。この本を描いて、みんなに「面白い」って言われて、ようやく「うちは変わってたんだ……」と認めることができました。

――家族のことを描くというのは、自分を見つめる作業でもあったんですね。

まんしゅう つらかった話を笑える話に変換させることで、嫌な気持ちを昇華させているのかもしれません。うまく説明できないけど、私がこれから生きていく上でとても大切な作業だったと思います。

――今後、描いてみたい題材はありますか?

まんしゅう 本当はノンフィクションではなく、フィクション作品を描きたいんですよ。スポ根とかカンフー漫画とか。殺人拳法のお話とか。正直、私にとって、エッセイ漫画は楽なんです。実際体験したことを絵にするのは、フィクションよりたやすいと思う。本当にやりたいのはフィクションですけど、そこまでの能力はまだ自分には備わっていないので、もう少し修業して、技術力を身につけたいですね。

――殺人拳法のスポ根漫画、楽しみに待ってます!

まんしゅう ……でもわからない、いつやめたいという気持ちが勝ってしまうか。来年くらい、全部の連載終わりにしてたりして(笑)。
(取材・文=西澤千央/撮影=後藤秀二)