テレビに出て、有名になって、彼を見返して……アイドルを辞められない女の子が見続ける夢 | ニコニコニュース

来年もゆるゆると頑張りますよ〜
おたぽる

――地下アイドルの“深海”で隙間産業を営む姫乃たまが、ちょっと“耳の痛〜い”業界事情をレポートします。

 とにかく有名になりたいんです。歌でもモデルでも、喋りでも、なんでもいいから。

 彼女は楽屋の鏡に向かって、慣れた手つきで髪を巻きながら、矢継ぎ早にそう言いました。その言葉にはもう、なんの感慨もなくて、彼女がこの言葉を使命のように、何度も頭の中で繰り返してきたことが嫌でもわかります。鏡越しに覗いた彼女の目は、漠然とした復讐心に満ちていました。

「アイドルはやめられない」と、小泉今日子も歌っていますが、地下アイドルの場合は意味合いが違います。

 ワンマンライブに何人動員できなければ解散。CDを何枚売らなければ引退。

 時に彼女たちは、こうして自らとファンに厳しい試練を課します(あるいは運営から課されます)。活動の終わりを可視化することで、活動を継続させるのです。その方法は地下アイドルという職業が、刹那的であることを明らかにします。およそ、いつまでも続くものではないのです。

 私自身も頭のどこかで、高校を卒業したら……、成人したら……、大学を卒業したら……、地下アイドルをやめようと思ってきました。“やめたい”気持ちと、“やめなければいけない”という、似て非なる気持ちの両方でもって。しかし幸か不幸か、その時期をことごとく逃したいま、過去を振り返ると、そんなこと言っていないで、やめることもできたのにと、しみじみ思います。地下アイドルは簡単になれるし、簡単にやめることができます。しかし、不平不満を漏らしたり、深夜にはずみで呟いたツイートを削除したりしながらも、多くの女の子たちが今日も地下アイドルをやめられずにいます。

 インタビューの終わりに、よく「なぜ女の子たちは地下アイドルをやめないのですか?」と聞かれます。私はその純粋な問いを前に、いつも、何度でも、とても困ってしまいます。「やめればいいじゃない」と言ってやりたくなる気持ちはよくわかります。そして、やめられない気持ちもまた、よくわかります。

 彼女たちの“理由”は、もちろん人それぞれです。その中でも、しばしば「有名になりたい」という言葉を耳にします。もう少し深く聞いてみると、その言葉の裏には「見返してやりたい」という、本当の理由がめらめらと揺らめいているのです。私は、まさにその理由を口にしていた冒頭の彼女を追いました。

■目立たなかった日々からの脱却

 絵が上手だった彼女は、小学校の人気者であり、中学校では美術教員からの過剰な贔屓によって、冷やかしや、妬みの対象でありました。大きないじめこそないものの、目立たないようにしようという姿勢が身につき、高校生になってからも、大人しい子たちが集まるグループでひっそりと過ごすようになりました。グループで疎外されることはありませんでしたが、ひとりになりたくないみんなの気持ちがひしひしと伝わってきて、彼女は息が詰まるようでした。常に寄る辺なさを感じていた彼女のよりどころとなったのが、バイト先の喫茶店です。小規模ながらギャラリーが併設された喫茶店には、いままで出会ったことのない自由な大人や、彼女の知らないことを体験している同世代の子が集まっており、それが彼女には居心地がよかったのです。自分が身を縮めて生活していた間にも、個展を開いたり、自分の絵で商品を作って販売したりしている同世代の子がいて、それはとても衝撃でした。

 その喫茶店で彼女は、ひとりの客と知り合いました。ギターの弾き語りをしている男性です。

 寂しい、泣くような声で歌う人でした。いつも履き古したシーンズに、ぼろぼろのサンダルを履いていました。

 男に誘われて、喫茶店の店長と一緒にライブを観に行ったこともあります。小さなステージが併設されたバーには、彼女と店長と、バーの常連らしきおじさんが酒を飲んでいるだけでした。がらんとしたバーの中、それでも歌い続ける男の泣くような声は、寄る辺なかった彼女の心に沁みました。ひとりでいる姿をみて、「自分だけがひとりではない」と思ったのです。彼女は男に親近感を抱き、店に遊びに来ると、閉店してからも延々と他愛ない話を繰り返すようになりました。

 他愛もない話が、思い出話になり……打ち明け話になり……話すことがなくなった時、男は恋人になりました。彼女が17歳、彼が32歳の頃の話です。

 彼女はすぐに彼の家に入り浸るようになり、学校へもバイト先へも、そこから通うようになりました。料理や、ライブハウスや、音楽をやっている彼の友人や、転がっている作曲ノートや、ギターや、すべてが彼女には新鮮でした。

 そんなある日、彼女に嬉しい誘いがありました。バイト先で個展を開いていた20代の女性から、「一緒にアイドルグループを組まないか」と誘われたのです。アイドルのことはよくわかりませんでしたが、これまで大人しく過ごしてきた日々が、人気者だった小学生の頃に戻るようでした。

 何より、自分も人前に立つようになれば、彼と同じ舞台に立てるかもしれません。ゆくゆくは彼に曲をつくってもらって歌うこともできるかもしれません。まだ暫定だらけの誘いを、男の家までうきうきと持って帰りました。

 しかし、男から返ってきたのは「オタクにいやらしい目で見られるわけでしょ?」という冷たい反応でした。四畳半の部屋、驚いた彼女と、顔をしかめたままの彼氏。その話はそれで終わり、それから彼女も彼もその話題を持ち出すことはなかったので、彼女はそのまま何も言わず、少しだけ後ろめたい気持ちでライブデビューしました。彼に水を差されても、人前で歌ってみたい好奇心はとめられなかったのです。それに、そんなに非難されることではないと思いました。そしてやはり、芸名やグループ名を決めたり、歌の練習をするのは、とても楽しいことでした。

 一緒にユニットを組んだ20代の女の子は、少ししか年上じゃないのに、意志が強くて、行動力もあって、尊敬できる人でした。共演する地下アイドルたちも、想像していたより陰険ではなく、むしろさばけた女の子が多くて、彼女は予想していたよりもずっと地下アイドル活動に夢中になっていきました。

■衣装チェック、そして彼を見下した日……

 あるライブの日、どこで情報を聞きつけたのか、フロアに彼の姿を見つけました。オタ芸を打つ観客たちから離れて、いつもの履き古したジーパンとサンダルのまま、後方にゆらりと立っていました。思えば、相方の女の子も喫茶店の常連ですし、そもそも一緒に住んでいるので、どこでライブの日時を知ってもまったくおかしくありません。いつかこんなこともあるだろうと思いつつ、活動に夢中になっていた彼女は冷たい汗をかきました。

 その日は物販中も気が気ではなく、そろそろと帰宅すると、彼は玄関に背を向けて座っていました。「ただいま」と小さく声をかけると、「お前、衣装の露出多いよ」と言われました。寂しい声でした。露出は、多くありません。Tシャツにスカートです。普通です。でも、彼はそのスカートを短いというのです。

 話し合いはこのように自然と始まり、「ロリータ服はどうか」と提案する彼女に、彼は「そんな媚びた服装はだめだ」と返し、押し問答の末、「まあ冬だし、可愛いコートでも着ればいいね」という妙なところで落ち着きました。話の終わりに「今度、チェックしに行くからな」と、寂しいことを言って男は布団に潜りました。

 翌日、「次の衣装、コートでどうかな」と提案すると、相方の女の子は、案の定「はあ?」と、間の抜けた不思議そうな声を出しました。事情を説明すると「別れたほうがいいんじゃない?」ということになり、意外な(他者からすればとても自然な)提案に、彼女のほうが驚きました。

 とにかくコートは変だし、夏はどうするのという話になり、衣装の話はそれきり、次のライブにも、その次のライブにも同じ衣装で出演しました。油断し始めた頃に彼が見つけて、彼女は初めて男に殴られました。彼女は男の家で畳に伏せながら思いました。

 全然集客もできない、誰にも理解されない弾き語りをやってるくせに、うるさく言うんじゃねえよ。

 そう思いながら、そんなことを思う自分にとても驚いていました。

 彼女は男の家を出ました。ずっと年上の男が、とても頼りなく思えました。事情を聞いた相方の女の子は、男に見つからないように、「しばらくライブの告知はしなくていい」と言ってくれました。告知や集客もしなくていいから、ライブだけ出てくれればいいよと。純粋に自分が必要とされていることが嬉しく、同時に、またもこそこそと生活しないといけない現状に腹が立ちました。男に止められれば止められるほど、彼女は意地でも地下アイドル活動にしがみつきたい気持ちになりました。

 それから時は経ち、彼女も今年で24歳になります。高校を卒業し、大学を卒業し、喫茶店のアルバイトは辞め、相方の女の子も随分前に地下アイドルを辞めてデザイン会社に就職しました。いまはひとりで地下アイドルとして活動しています。

 初めての恋人が情けなかったこと、貴重な10代を費やしてしまったことを、いまでも気に病んでいるようです。テレビに出て、有名になって、彼を見返して……その気持ちだけが彼女の原動力になっているのです。この仕事をして、あの仕事もして、次こそ、次こそ、売れるかもしれない。急には売れなくても、何かに繋がるかもしれない。もっと売れたら、もっと有名になったら、やめよう。そう思いながら、地道に活動を続けています。

 話は冒頭に戻ります。器用に巻かれた髪が、鎖骨の辺りでふらふらと揺れていました。

●姫乃たま
1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへ精力的に出演するかたわら、ライター業ではアイドルとアダルトを中心に幅広い分野を手掛ける。そのほか司会、DJ、モデルなど活動内容は多岐にわたる。現在、当連載を収録した初の著書『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー刊)も好評発売中!

[公式サイト]http://himeeeno.wix.com/tama
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