よしもとNSC講師が復活したM-1グランプリにダメ出し | ニコニコニュース

NSCで授業を行う本多氏。熾烈な競争社会である芸人の世界で、本多氏は講師であり“父”である。だからこそ、芸人を思う心は親心に通ずる。それゆえにM−1グランプリには苦言を呈した
日刊SPA!

 昨年12月、5年ぶりに復活したM-1グランプリはトレンディエンジェルの優勝で幕を閉じた。しかしM-1と言えばやるたびに「さまざまな疑問や意見」が噴出することでも知られる番組である。今年も北野武氏が「審査員が全部M-1とったやつだろ? どうみたって、審査員は『こいつならいくら売れてもおれを追い越せない』っていうのしか選んでない」と発言して物議を醸した。

 そんなM-1グランプリについて、あるお笑い関係者が実名でその問題点について語ってくれた。

「まずは優勝したトレンディエンジェルにはおめでとうと伝えたい」

 と祝辞を述べたこの人物はオール阪神・巨人をはじめ、数々の芸人たちの漫才台本を手がけ、現在はよしもとNSCで芸人育成の講師を務める漫才作家の本多正識氏だ。本多氏はこれまでもナインティナインをはじめ、キングコング、南海キャンディーズなど今のお笑い界を牽引する芸人たちを育てた、いわば芸人たちの“師匠”である。そんな本多氏がM-1グランプリを取り巻く現状について口を開いた。

「漫才、ひいてはお笑いを“バトル”という形で行うことに賛否があるのは重々承知しています。この点については、私は何も言いません。ですが、日本一の漫才師、お笑いコンビを決めると言うなら、M-1はもっと愛を持って番組作りをしてほしい。今回の大会を振り返り、私は正直、残念な気持ちで一杯なんです」

 本多氏は残念という言葉を使ったが、その口調には怒りすらにじませていた。

「バトルという形式で行う以上、すべての芸人に対して平等でなければあかんのとちゃうかと。今回は敗者復活戦が一般視聴者の投票で決まりましたが、それならば視聴者に対して作り手は公平さを担保せなあかんのです。今回、私がおかしいと思ったのは、敗者復活戦の流し方。漫才をしている際、芸人によってカメラワークが変わったこと。例えば、顔に特徴がある芸人は顔に寄った画が流れましたが、これをすることでこの芸人は“オイシイ”ポイントをアピールできたわけです。でも、これは顔に特徴の無い芸人にとっては不利そのもの。だから、敗者復活戦は全員が同じ方向から、同じ時間配分で作られた映像でやらなければ不利が起こる。最近の若いディレクターは“何か”していないと不安になる傾向があるように思えます。でもね、いいんです。敗者復活戦は誰もが同じ土俵で戦うわけです。ましてや今回はテレビの前の視聴者が選ぶんですから、定点にカメラを置いて同じサイズの画像を映すだけでいいんですよ」

 さらに本多氏は続ける。

「CMの後、司会者が何気なく『この後は●●(有名なお笑いコンビ)の登場です』と言ったのですが、これを言うなら登場するすべての芸人の名前を言わなければ不公平やないかと思うんです」

 本多氏の言うことは、いちゃもんのようにも思えてしまうのだが、こうした発言にはしっかりとしたワケがあるという。

「私はこれまでよしもとNSCで講師として芸人たちを見守ってきました。お笑いのために一生懸命練習して、ネタを考え、アルバイトをしながら血のにじむような思いで舞台に立つ生徒は多いんです。私は1人でも多く、彼ら教え子たちが羽ばたいて欲しいと思ってます。でも、現実は厳しく、何をやっても目が出ない生徒もいれば、志半ばで夢を諦める者もいます。彼らにとって、M-1とは、芸人として名前を売る絶好のチャンスです。この番組に掛ける思いは並々ならぬものがあるんです。芸人たちにとって、これから先の人生がかかっていると言っても大袈裟でも何でもない。だからこそ、制作者には彼ら芸人の思いを汲んでほしいんですよ」

 出場する芸人たちの多くは本多氏の教え子である。まさに親として、子を守る……そんな思いがこうした発言の裏にはあるのだ。また、本多氏は以前から指摘されていたM-1グランプリのある問題についても、こう指摘する。

「敗者復活で勝ち上がったコンビが一番最後に出てくるのは、あまりにもオイシすぎる。笑いとはいきなりできるものじゃないんです。ある程度、場を温めておかないと起きないんですよ。だからテレビや舞台では前説があって、会場を適度に盛り上げている。一番最後のコンビは完全に“温まっている”状態で出てくるわけで、これは非常に“オイシイ”のです。何組ものコンビのお笑いを見せつけられた後だから“笑い疲れ”が起きていて、不利だという意見もあります。でも、私が制作者なら敗者復活戦で勝ち上がったコンビは一番最初に出しますよ。そうしないと予選で決勝に進出したコンビの値打ちがない」

 さらに本多氏は芸人に対する扱いについても苦言を呈した。

「これまでM-1は敗者復活戦が外のステージで行われてきました。ですが、これは明らかにおかしい。12月の寒空の下、どうしてわざわざ外でネタを披露しなければならないのでしょうか? 寒そうにする芸人たちを見せて面白いとでも思ってるのでしょうか。本当にお笑いの最高峰を決めるなら、こんな過酷な場所でやらせることに何の意味があるのか? 罰ゲームじゃないんだからと。私は以前、M-1グランプリの構成に1度だけ参加したことがあるのですが、その際に外で敗者復活戦をするのを辞めてほしいと言ったのですが、“演出上の問題”とさらりと流されました。芸人だからこういう扱いをしていいとでも思っているのかと思うと、哀しい気持ちになりますよ」

 あるコンビは「寒くて噛みそうだった」と言っていたという。だが、出演者である芸人はこうした意見を公に言うことは立場上難しく、芸人は弱者であると本多氏は指摘する。

「芸人にとって1つの目標となる番組が復活したことは非常に嬉しい。だからこそ、あえて苦言を呈したいんです。本当に面白いのは誰か? 日本一の漫才師を決める番組だ! と言うなら、制作者もそのスタンスを崩さない番組作りをしてほしいですね」

 お笑いを愛した男の熱い思いは通じるのだろうか……。2016年のM-1グランプリがどうなるのか、見物である。

【本多正識/ほんだまさのり】


’58年・大阪府高槻市出身。漫才作家。NSC(吉本総合芸能学院)講師。’79年、ラジオ大阪『Wヤングの素人漫才道場』のコーナーに漫才台本を投稿し、11本連続で漫才台本が採用され、それをきっかけに漫才作家を志す。’84年、オール阪神・巨人の台本を執筆しブレーンの1人となる。’90年、NSC・YCC(よしもとクリエイティブカレッジ)講師就任。’91年、よみうりテレビが主催する上方お笑い大賞・秋田實賞を受賞。著書に『吉本芸人に学ぶ生き残る力』(扶桑社刊)などがある

取材・文/日刊SPA!取材班