営業手法を変えた「止於至善」 -キヤノンマーケティングジャパン社長 坂田正弘【2】 | ニコニコニュース

キヤノンマーケティングジャパン社長 坂田正弘氏
プレジデントオンライン

■「箱売り」から進化、横断的チーム新設

「Beyond Canon」という言葉に、ビジネスパーソンたちは、どんな意味を考えるだろうか。キヤノンマーケティングジャパンは、親会社のキヤノンが6割近くの株式を持つ。当然、キヤノンの製品を国内で販売するのが、第一の仕事だ。そのキヤノンマーケティングの標語に「Beyond Canon」がある。

キヤノンの枠を越えて飛躍しよう、との呼びかけだ。キヤノンにない製品やサービスを海外企業などから調達し、国内外で販売、あるいはキヤノン製品と組み合わせたシステム構築を増やしたい。ときにメディアなどで「キヤノン離れを目指している」と誤解されるが、むしろ逆。自力で稼ぎ、親会社の連結決算に貢献しようという「親思い」の表れ、と言える。

そんな「非キヤノン」の売り上げは、6600億円規模の連結売上高の3分の1にまで成長した。その6割強を、ITソリューション部門が占める。顧客が抱える課題や要望をつかみ、その解決や実現を図るシステムを提案し、構築する。自社の都合で製品やサービスを売り込むのではなく、徹底的に顧客の側に立つ。それを最終目標と定めた事業展開に、必要なチームを、営業の副部長から部長になる40代後半につくった。

きっかけは、1990年代半ばの生命保険会社へのプリンターの大量納入だ。全国でシステムが順調に動くまで、約3年かかった。最大の理由は、お客の仕事の内容や進め方、その中にある課題に、営業担当が十分に通じていなかったことにある。解決にはシステムエンジニアが不可欠で、新たな製品やソフトが必要となれば、キヤノンの力も要る。違った発想やノウハウを持つ人間のチームをつくろう、と思った。

調べると、ソフト子会社の養成部門で、システムエンジニアの研修を1年受けた新人が2人いた。その2人を借り受け、最大顧客だった生保と損害保険会社が担当の営業マンと、一緒に顧客回りをさせる。営業とは違う視線でよく話を聞かせ、課題解決への技術的なポイントをみつけさせ、提案に結びつける。提案には自分も加わって、他社との差別化を考えた。

その後、いくつかの事業部からもシステムエンジニアを借り、キヤノンの開発担当者にもきてもらい、数十人規模となる。90年代後半には、銀行向けのチームもつくった。ただ、メンバーの多くは元の部署の所属のままだった。

そこで、本格的な組織づくりを目指し、ソリューションスペシャリスト(SS)制度を新設する。顧客に直接販売する中央販売事業部で、金融営業本部長になった2002年、40代最後の年だ。制度化は士気を高めたが、横断的な組織は例がないだけに、「何だ、あの訳のわからない組織は」との批判もあった。すぐには実績が出ないので、社内のあちこちで小突かれもした。だが、諦めない。

SSは61人で始め、人事異動や社内公募で、徐々に増やす。一方で、単純に機器を数で売り込む「箱売り」の時代が終わり、システムの提案やサービス内容で取引が決まる時代に入っていく。SSは、次第に成果を上げていく。

「止於至善」(至善に止まる)――何事も最もよいところを最終目標に定め、そこから動かぬように努力せよとの意味で、中国の古典『大学』にある言葉だ。その後に「知止而后有定」(止まることを知りて而る后に定まること有り)とあり、最終目標が決まれば、次には採るべき方針も定まる、と説く。お客側に立って課題を解決することを最終目的に定め、そのためによく話を聞いて提案させていく坂田流は、この教えと重なる。

チーム創設の端緒は、30代前半の課長補佐時代に、コンピュータメーカーの営業マンの仕事ぶりを間近でみて、生まれた。彼らは「箱売り」ではなく、お客のニーズをつかみ、いろいろな提案をした。すると、自分たちとは違い、丁重に奥の部屋へ通され、話し込んでいた。衝撃的だった。「何ができるようになれば、ああなるのか」。観察を続けると、お客の側に立った提案力だ、と気づく。

■高くても選ばれる、若い社員は挑戦を

キヤノンマーケティングジャパンにはもう1つ、「顧客主語」という標語もある。社長就任時の社内報には「お客の目線で自分の行動を検証し、自分の言葉や行動はお客のためになっているかを常に考える。それが、言葉に込められた意味だと思う」と書いた。

言葉は、大切だと思う。標語も大事だし、話すときにはストーリーが整っていないと、趣旨が伝わりにくい。相手が聞いて「ああ、そうだな」と思ってもらいたいから、情緒的な言い方は曖昧になって好きではない。微妙なニュアンスの違いで、明らかに相手の受け取り方が違うことを、営業の対話の積み重ねで知った。問題が起きたとき、最初のひと言が、その後の行方を決めることもあった。だから、原稿を書くときは練りに練り、「これでいいかな」と思っても、もう一度考える。

かつての部下が「坂田さんは血液型がA型で、論理的に細かく詰めるし、言葉も選ぶ」と言うが、そういう気質なのだと思う。40代をはさんで14年間、机の引き出しに、いつも赤のボールペンとサインペンを入れていた。部下が出してきた提案書や企画書に朱を入れて、言葉の大切さも教えた。

会社は一時、「非キヤノン」の売上比率に目標を掲げ、社長就任前に達成していた。だが、就任直後の取材に「今後は、ITソリューションが、あらゆる分野のベースになる。そこを基本に製品やサービスを組み合わせ、付加価値を高めていく」と明言したうえで、数値目標は重視しないと言い切った。目標を設けると、その達成が優先され、「顧客のため」が後回しになりかねない。それでは「止於至善」から離れてしまう。

キヤノンは6年前、1分間に新聞1246ページを印刷できる高速印刷機を持つオランダ企業を買収した。今年は監視カメラに強いスウェーデン企業、昨年にもネットワーク化のソフトを持つデンマーク企業を買った。どちらも、多くの分野が成熟してきた日本市場でも、新しいニーズが期待できる。「止於至善」の追求には、親会社との連携強化も欠かせない。というよりも、連携を深める分野が広がることを、楽しみたい。

キヤノンの国内販売部門が分離して、前身のキヤノン販売ができて満45年。1月下旬には、12月決算の発表に併せ、2016年から5年間の長期経営構想を発表する。成長のカギは、やはりITソリューションが握る。中核事業に、育てなくてはいけない。海外展開も、いちだんと進めていく。

そのためには、社員たちがもっともっと、顧客の本音を聞けるようにならないといけない。社員たちには「まだ、目標の2、3合目にしかきていない」と言っているが、率直に言って、6合目くらいまではきた。いまは、いくらいい提案をしても「安いほうがいい」と別の選択をされることもある。「同じ値段なら、キヤノンを買うよ」というところまで、早くなってほしい。「ちょっとくらい高くても、仕方ない」と買ってもらえたらもっといいし、「もう、きみのところしかない」と言われたらベストだ。若い人たちに、ぜひそうなるように挑戦してほしい。

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キヤノンマーケティングジャパン 社長 坂田正弘(さかた・まさひろ)
1953年、東京都生まれ。77年明治大学商学部卒業、キヤノン販売(現・キヤノンマーケティングジャパン)入社。2003年MA販売事業部長、06年取締役、09年常務、13年専務。15年より現職。

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