Google社もハリウッドセレブも取り入れた、ブラジリアン柔術の魅力 | ニコニコニュース

小さい人が大きい人を倒せる武術!?
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「柔道」という格闘技を知らない人は、ほとんどいません。いっぽう「ブラジリアン柔術」という格闘技を知らない人は、めっちゃいます。こんな日本ではマイナーな「ブラジリアン柔術」ですが、ニコラス・ケイジやミラジョボビッチなど、ハリウッドスターが今夢中になっている格闘技と聞くと、ちょっと興味が湧きませんか?シェイプアップとしての効果が認められているほど、運動効果の高いブラジリアン柔術。ですが特筆すべきは、「最も安全な格闘技」と言われるほどの安全性。怪我をすることも怪我をさせることも少ないため、Googleのアメリカ本社では福利厚生として取り入れられているほどです。しかも、安全にもかかわらず、れっきとした格闘技。相手を制圧することが目的のスポーツなので、FBIやCIAで近接戦闘術として採用されているなど、実践への高い有効性も評価されています。そんな今、世界でも注目されているブラジリアン柔術の魅力を、東京・五反田の道場「トライフォース五反田」の中山さんと秋川さんに伺ってきました。

■ ブラジリアン柔術とは?

柔術という言葉から連想できるように、ブラジリアン柔術は日本の柔道をルーツに持っています。しかし、柔道とはルールや技が異なっています。

◎ブラジリアン柔術が生まれるまで

日本の柔道家・前田光世がブラジルに柔術を伝えたことでブラジリアン柔術は始まりました。ただ、前田がブラジルに至るまでの道のりは過酷でした、というか、むちゃくちゃです。そこで前田がブラジルに渡るまでの道のりを略歴として紹介します。

・現早稲田大学入学後、学校に柔道場が新設されたという理由で柔道を始める。
・昇段試験(初段)で異例の15人抜きの組手を課されるも、達成。
・柔道使節の一員として渡米。柔道普及のために異種格闘技戦をアメリカ中で断行。
・アメリカ全土を周り、挑戦者(柔道じゃない)を片っ端から、倒す。
・世界一の力持ちも、倒す。そして、アメリカに敵がいなくなる。
・メキシコ・ヨーロッパなど世界各地へ足を伸ばしひたすら戦い続けて、全員倒す。
・試合数は約1000試合を超える。しかし、無敗。
・死後70年が経つ現在、史上最強の柔道家と評論家に推される。

「漫画かよ…」と言いたくなる放浪の末、前田が流れ着いたのがブラジルでした。そこで、ブラジリアン柔術の創設者エリオ・グレイシーの父、カスタオン・グレイシーに出会い、放浪の旅で培った柔術と護身術の手ほどきをします。のちにガスタオンがエリオとともに前田から受けた手ほどきを改良し、誰でも使える術として体系化させたのが、現在まで連綿と続くブラジリアン柔術と言われています。

◎ブラジリアン柔術のルール

ブラジリアン柔術は、例えば相手の背中を取るなどのある決められた状況を作り出すことで点数を稼いでいく格闘技です。ストリートファイトを想定した護身術として発展した背景があるので、実戦の上でより優位な状況をつくりだすと高い点数が与えられます。

|~名称|~点数|~詳細|
・テイクダウン(2点)…立っている相手を倒し、寝技に持ち込む。
・スイープ(2点)…組み伏せられている選手が相手をひっくり返して上下逆になること。
・ニーオンザベリー(2点)…片膝を相手のみぞおち付近に乗せ、重さで押さえ込むこと。
・パスガード(3点)…インサイドガードポジションから脱し、横四方固で相手を抑え込むこと。
・マウントポジション(4点)…馬乗りの体勢になること。相手の体勢は問わない。
・バックコントロール(4点)…相手の両腿に背後から自分の両足を絡め、3秒以上相手を制する。

例えば、マウントポジションのように、相手に馬乗りになってしまえば、自分は相手を殴ることはできますが、相手は為す術もありません。だから、高い点数が与えられています。寝技を中心にこのような状態に持ち込んで行くのが主な試合展開になります。

> 中山さん「柔道と比べてルールでの拘束はかなりゆるいです。特別危ないことを除けば基本的になんでもアリです。最近はルールも徐々に整備されてきました。ちなみに、道着で相手を絞めることができますが、ブラジリアン柔術は自分の道着を使ってもOKです。そういう自由さが残っているのも特徴の一つです。」

試合時間の多くを寝技の掛け合いに費やすため、投げ技の使用は少ないですし、馬乗りになっただけで得点が入るので打撃は一切ありません。関節技と絞め技もタップすれば絶対に相手が拘束を解いてくれます。なので格闘技ながら相手に怪我を負わせることがほとんどなく、「最も安全な格闘技」と呼ばれています。

■ ここが面白い!ブラジリアン柔術

競技者は口を揃えて奥が深いというのに、「やってみないと面白さがわからないっていう、広めるには最悪な競技なんです。ルールわかってないと男同士がイチャイチャしてるだけに見えます。」と秋川さんが語るほどブラジリアン柔術の面白さは素人目にはわかりづらいようです。そこで、ブラジリアン柔術の魅力を中山さんと秋川さんのお二人に伺いました。

◎小さい人が大きい人を倒す「ジャイアントキリング」

ブラジリアン柔術は、柔道を土台に護身術として発展しました。つまり、身体の小さい人が、身体の大きな人から身を守るための技術ということです。だから、極端な例では、女性や子どもが体の大きい成人男性と渡り合う事もできます。

> 秋川さん「外国の方がうちの道場に体験で来たときに、すごく体の大きな人だったから自信があったみたいなんですが、うちの細っこい会員さんにコテンパンにやられちゃったんです。」

ボクシングでは女性の選手と男性の選手が本気のスパーリングはまずできませんが、ブラジリアン柔術の場合はそれができます。打撃や投げ技がない分、身体の大きさよりも技術と知略が勝敗を分けることが多いからです。また、大会では体重で階級を分け、帯で実力を分け、年齢で(5歳刻み)で体力を分けた上で試合が行われるので、自分の実力と近い人と腕を競えます。初心者が自分の数段強い人といきなり勝負をすることはまずありません。大会は2~3ヶ月に1度は開かれています。出場するようになると階級別に体重制限があるので、自然と食事を意識して理想的な体重を維持できる人が多いそうです。10数キロ痩せた人はたくさんいるようですよ。

◎知略がモノを言う格闘技

柔術は「ボディチェス」と言われ、将棋やチェスに例えられます。

> 中山さん「例えば、馬乗りになってしまえば、僕は殴れますけど、向こうは何もできないじゃないですか。そういうストリートファイトに基づいて点数が付けられています。だから、相手は何もできないぞっていう詰みの状態まで持っていくほど、点数が高くなるってことですね。」

その詰みの状態に、寝技を中心に追い込んでいくので、例えば、自分の右手が掴んでいる相手の襟を離すのか離さないのか、離すとしたら次に手はどこに置くのか?そして、それは次にどんな動作に繋げるために?ということを考えながら戦います。もちろん、技や定石、パターンも多く存在します。それらを組み合わせて、相手をじわじわと詰みの状態へ追い込んでいくためには、技などの練習だけでなく、臨機応変な状況判断が求められます。ブラジリアン柔術は、力技で強引にではなく、罠を張るように相手を仕留める戦略的格闘技です。秋川さんの師匠は「スキップができないのに柔術はとても強い方だった」ようで、特別運動が得意ではなくても「努力がこれほど結果に反映される格闘技はない」と中山さん秋川さんは口を揃えておっしゃっていました。基本的に寝転びながら戦うので他の格闘技に比べると最初に必要とされる体力もそう多くありません。腹筋を使って上体をあげながら掛ける寝技も多いので、いつの間にか腹筋が割れている人も多いとか。

◎ハマれば抜け出せないオタクな格闘技

ブラジリアン柔術は格闘技として世界に認知されたのが1996年のことです。非常に若い格闘技です。加えて、ルールによる制約が少ないため、技も多彩で、例えば道着を第3の手として相手の首を絞めるために使うこともできます。そんな背景もあって新技の開発や攻略法の発見への熱が他の格闘技やスポーツと違うブラジリアン柔術の魅力です。

> 秋川さん「今は世界中がネットで繋がっているので、世界大会とかで新しい技が出てくると、翌日にはみんなが道場に集まって「あれはなにをやっていたんだ」「あれはどうすれば破れるんだ」って考え始めます。「これでどうだ!」っていうのが見つかると、youtubeにアップロードするんです。そういうことが世界中で行われています。」

基本的な技を身につけると「できなかったことができるようになった!」という楽しさがあります。けれど、新しい技を生み出すのは、例えば科学の発見に似た「みんな見てよ!これすごくない!?」というまた別の楽しさがあります。そして、その楽しさを世界中の人たちと共有して高め合う文化がブラジリアン柔術にはあります。顔を見たことがなくても、言葉が違っても、技をかけている動画一本アップロードするだけで、世界中からコメントが飛び込んでくるかもしれません。ボーダレスで好きなことで繋がる姿はまさにオタクな楽しみと言えます。

◎ブラジルから逆輸入されたゆるい格闘技

柔道は高校や中学校にも部活があるほど日本ではなじみ深い競技です。一方で柔道部にはTHE体育会のイメージも拭い去れません。しかし、ブラジリアン柔術は柔道をルーツに持ちながらもとってもゆるいそうです。

> 中山さん「柔道がブラジルを経由して日本に戻ってきたんで、本当にゆるいんです。僕は空手の正道会館の出身なので、練習を始めるときに礼を取り入れているんですけど、そんな道場もあんまりないんです。試合ですら、ブラジルの人は、寝ながらとか、カップアイスを食べながらとか、自由に観戦してますね。本場がそんな感じなので、どこの道場もフレンドリーで、部活っぽさみたいなのは全然ありません。」

ブラジリアン柔術を始める人の中には、大学まで柔道を続けていた生粋の経験者も多いそう。引退して10年、もう一度柔道をやりたくなったけれど、部活のような厳しさはもう…という人が、リラックスしながら取組めるものが、ブラジリアン柔術です。練習後にはアイスを食べながら「あの技のときは…」と語り合う姿が道場ではよく見られます。

◎柔道経験者にも引けを取らない

未経験者でも取り組みやすいブラジリアン柔術ですが、もちろん柔道経験者も多く取り組んでいます。かといって、大きなハンディキャップがあるかというとそうでもありません。というのも、柔道は相手に背中をつかせたら1本ですが、ブラジリアン柔術では相手の背中を取ったら加点されるからです。

> 秋川さん「柔道だと背中を見せて丸くなって逃げたりするんですよ、背中をつけると負けだし「待て」があるので。だから、柔術の選手と柔道の選手の試合でありがちなのは、相手を背負い投げして2点を取ったはいいけれど、相手に背を向けてるので4点取られたり、空中でくっつかれてそのまま後ろから締められて1本取られるとかですね。」

柔道の花形、背負い投げもブラジリアン柔術では自殺点になってしまいます。このように柔道とブラジリアン柔術のルールの違いは経験者だからこそ躓いてしまうポイントだとか。しかし、大外刈りのように、相手に背を向けない投げ技は次の技に繋げやすく、柔道経験者が見せる勝ち方の中でも特にかっこいい技らしいです。柔道未経験者はブラジリアン柔術のルールだけで始めますし、経験者は新しくそのルールに合わせて技を覚えていかないといけません。どちらも、ルールと技を覚えるという意味でフラットに学び始めることができます。柔道には試合が膠着すると審判から「待て」がかかり仕切り直しになりますが、ブラジリアン柔術には「待て」がないので、例えば競技スペースから出たまま膠着した場合は審判が真ん中までスペース内まで引きずっていきます。その間試合は続いています。

■ 楽しい護身術、ブラジリアン柔術

ブラジリアン柔術を学ぶことで、護身術の心得えも身につきます。だからこそ、女性や子どもは特に学んでおくと、もしものときに役に立つはず。

> 秋川さん「寝技で密着をする、爪や化粧を落とさないといけない、など女性には取り組むハードルが高い格闘技ですが、それさえのりこえればあとはみんなで楽しく学べる安全な格闘技です。」

仕事続きで運動不足な人、新しくなにか始めたい人、一人で運動すると続かない…という人、そんな人はブラジリアン柔術の門を叩いてみるといいかもしれません。和気藹々とした雰囲気の中で一緒に切磋琢磨できる仲間が見つかるはずです。

◎取材協力 中山徹さん 秋川かずよさん

・中山徹さん、2008年に黒帯を授与。2011年に東京国際大会で体重別・無差別級で優勝。格闘技だけでなく、フィリカルトレーニングや栄養管理にも造詣が深い。現在はトライフォース五反田道場で女子クラス以外を担当。
・秋川かずよさん、2006年に紫帯を授与。2006年のIBJJ主催アジア大会にて女子青帯プルーマの部で優勝。運動医療などを学んだ背景を持つ。トライフォース五反田道場では初心者への細かい指導で多くの女性にブラジリアン柔術の魅力を伝えている。

(著&編集:nanapi編集部)