マニアック人材の「アンティーク」と「ガラクタ」の境目 | ニコニコニュース

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新卒の一括採用からはみ出した若者向けのマニアックな就職サービス「就活アウトロー採用」。そこに集まる若者たちの価値は「アンティーク」のようなものである――。前回の鼎談(http://president.jp/articles/-/17016)に続いて、NPO法人キャリア解放区の納富順一代表と若新氏が、アンティークとして輝ける人とそうでない人について意見を交わした。

■「アンティーク」か、それとも「ガラクタ」か

【若新雄純】前回話したように、「就活アウトロー採用」で出会う若者は、商品で言うなら、「アウトレット」というよりも「アンティーク」に近いイメージなんですね。社会にうまく合わせていくことが苦手で、就活からはみ出したり、会社で上司と衝突したりしますが、それは彼らの能力やスペックが劣っているからではありません。彼らは、自分が納得できないことには反発するけれど、納得さえすれば仕事にも前向きに取り組み、組織にいい刺激を与えられる存在になります。つまり、大半の企業にとっては「ガラクタ」かもしれませんが、そこに価値を見出す企業にとっては「アンティーク」のような存在になれるんです。

では、どんな人が「ガラクタ」で終わらずに「アンティーク」のような価値を発揮できるのか。マニアックな若者と企業を多数マッチングさせてきた納富さんは、どのように感じていますか。

【納富順一】社会に対して感じるズレや違和感、その現状に向き合い、腹をくくってやっていける人が「アンティーク」として輝ける人でしょうね。

オットー・シャーマー博士が提唱する「U理論」では、「内省」によってUの字を描くように内面深くに降りていき、その後、葛藤しながらも自分の内面から沸き起こる力に気づき、再び浮上することで真の自分に至ると言います。アウトロー採用の若者たちも、社会とのズレや違和感を覚えている時点で、「内省」はできていると思うんです。感受性をすべて押し殺して、“商品”になることが求められる一般的な就活に対して、「これっておかしくないか?」と感じることのできる彼らは、人間らしいと言えます。

ただし、内省するだけでは「アンティーク」にはなれません。内省の後に「覚悟」のようなものが必要なんです。

【若新】それはつまり、自分の複雑さ(コンプレックス)と共に生きていく覚悟ですね。「僕はこんな人間である」ということを受け入れながら、「こんな僕でも受け入れてくれる会社や社会があるなら、一肌脱いでがんばろう」という覚悟。

■「自己分析」の勘違い

【若新】ただ自分と向き合ったからといって、個性的な自分を完璧に受け入れてくれる社会が待っているわけではありません。自分を知れば、自分にぴったり合う社会があるのではなくて、自分が社会とどれくらいズレているかを知るだけです。就活における「自己分析」の勘違いは、「自分分析すると自分にぴったりな業界や会社が見つかる」と信じて疑わないことなんじゃないかと思うんです。

必要なのは自己分析ではなく「自己対話」ではないでしょうか。自己と対話したり、内省したりすると、「自分はなんでこうなんだろう」「自分はダメだな」「この部分はなかなか直せないな」と思ったりしますよね。そして社会を見て、「こんな自分は社会とこんなにズレている」ということがわかる。社会とのズレを理解したうえで、「ここはがんばって改善してみよう」とか、「この部分は変えられないから、あきらめよう」とか思うことが「覚悟」です。もしくは、「手放す」とか「あきらめる」ということかもしれません。社会に対する覚悟やあきらめを持って、現実に向き合っていく。このプロセスが重要なんです。

【納富】同感です。就労経験のない若者は、自分の全てを受け入れてくれる会社を探そうと完璧主義に陥っている人がとても多い。極論ですが、自分にとって大切な価値観を守るためなら土下座だってできる、という状態であれば、選択肢はぐっと増えるはずです。もちろん企業に媚びる必要はありません。芯を残しながらも少しだけ柔らかくなるといいなと思います。

【若新】社会とは、個人個人にカスタマイズされているものではなく、どちらかといえば大衆向けにカスタマイズされています。自分のことを知れば知るほど、社会との妥協点や折り合いをつけないといけないはずなんです。

【納富】アウトロー採用に集まる若者たちも、自分たちを受け入れてくれない社会が悪いとか、就活システムが悪いとか、たとえそれが事実だとしても、その段階で立ち止まったままの人は企業から採用されません。問題はすべて自分が引き起こしているのだと気づき、社会と向き合っていける人だけが、「アンティーク」のように光り始めます。

■「アンティーク」は歩み寄る

【若新】自己対話や内省が大事だと言いましたが、内省するにしても、1人でやるのは容易ではありません。1人で内省していると、考えていることが正しいのかどうかもわからないから、不安ですよね。ですから、内省には「場」が必要だと思うんです。内省する人同士が、お互いの不安や悩みを共有することで、「このことで悩んでいてもいいんだ」と自分の悩みを認めることができる。アウトロー採用のプロセスが、若者たちが安心安全な場であると感じてもらったうえで、若者同士あるいは企業の担当者とオープンに話し合える自己開示の場を設けているのは、そのような狙いからです。

そこで、「こんな自分を受け入れてくれる」という会社が現れたときに、「この会社のために自分はコミットしよう」と覚悟を決められるかどうかは、本人次第ですよね。妥協ではない、自発的な「歩み寄り」ができるか。

【納富】そう思います。本人が自分で一歩を踏み出さない限り、周りがその人の覚悟を作ってあげることはできませんからね。アウトロー採用の若者の場合、入社してからも価値観の違いから周りと衝突することが多いので、「これが自分で選んだ道」という腹くくりが必要だと思います。それがないと、入社後の摩擦や辛いことに耐えられないでしょうから。

覚悟は自分で作るものですが、一方で、社長や人事担当者など企業側の呼びかけも大事でしょうね。アウトロー採用に集まる若者にとって、一歩を踏み出すのは怖いことなんです。画一的な就活のやり方はおかしい、間違ってる、自分は自分に正直に生きるんだと強がっていても、周りがどんどん内定を決めていく状況に、大きな不安と焦りを感じています。そんな彼らに、「不器用さも含めて君のことを受け入れるよ。一緒に働こう」と声をかけてくれる企業が現れれば、一歩を踏み出しやすくなります。必要とされるありがたさをかみしめ、「自分を拾ってくれた恩返しをしたい」と覚悟を決めて働き始める若者は多いですね。

【若新】摩擦とお互いの歩み寄りの中で感謝をちゃんとかみしめられるかどうか。マニアックな人材として輝くということは、普通の人以上に自分と向き合い、そして社会と関わり合うことが必要になってきますね。アンティークであるということは、決して孤高の存在になるということではないんですね。