なぜ本業が好調だからといっても飲食業に進出するのはやめたほうがいいのか? | ニコニコニュース

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■飲食店経営における3つの役割

外食産業に関する仕事をしていると、異業種の方から「実は飲食店をやろうかと計画しているんですよ」という相談を持ちかけられることがしばしばあります。理由はたいてい「昔から食べたり飲んだりするのが好き」であり、かつ「本業が好調で資金的な余裕もある」からです。そんなとき、相談者がよほど飲食店に思い入れがあったり、素晴らしいアイディアを持っていたりするのでもない限りは、「やめたほうがいいですよ」と私は回答しています。

その理由を考えていくうえでは、「飲食店経営」をざっくりと3つの機能にわけることで、落とし穴が見えやすくなります。ここでいう3つの機能とは「所有(投資)」と「開発」と「運営」です。

「所有」とは、開業に必要な資金を調達して、実際に株主や事業主の立場に立つことです。要するに、金銭的なリスクを取るということです。「開発」とは物件を探し出したり、業態や商品をつくりあげたりすることです。マーケティング的な意味あいが強いと言えるでしょう。そして「運営」は、従業員を雇用して日々お店を切り盛りしていくことです。業務内容としてはいわゆる営業に当たります。

一見小難しく書いているようですが、多くの飲食店では一人の店主や社長が、これらすべてに責任を持って取り組んでいることが普通です。一方、機能を切り分けているケースで一番わかりやすいのはフランチャイズ形式でしょう。フランチャイズでは本部(フランチャイザー)は開発機能のみに特化し、所有と運営は加盟店(フランチャイジー)に委ねられます。

■金はなくても店はできる!

さて、ここに挙げた3つの機能を比較したときに、飲食店を繁盛させていくための重要度は決して同一ではありません。具体的に言えば、所有については特に近年その重要度が下がっています。飲食店は設備投資産業であり、それをまかなうための資金調達が肝要と思われるかもしれません。実際に20坪(約66平方メートル)くらいの小ぶりな飲食店でも、ゼロからすべてまかなおうとすると3000万円くらいは平気でかかってしまいますから、確かにお金は必要です。

けれども、2005年くらいからは廃業や撤退をした飲食店を低投資で活用できる「居抜き」の物件が非常に多くなりましたし、あるいは最近ではクラウドファンディングでの資金調達も不可能ではありません。そもそも豪華な内装があまり求められない時代になりました。つまり「金はなくても店はできる」という環境になっているのです。

逆に開発と運営の難易度は年々増しているのを実感しています。特に国内市場に関していえば、ありとあらゆる業態が出尽くして超飽和とでも呼べる状況の中、新しい業態や商品を生み出していくのは相当に難儀です。私自身は飲食店のプロデュースを本業にしていますが、それはずばりこの「開発」に合致するので、頭を悩ます日々が続いています。

また運営については、いわゆる「レッドオーシャン」での客の奪い合いという側面に加えて、最近では人材確保という極めて高いハードルが待ち構えています。こうした熾烈な環境で、働いてくれるスタッフを集めて、そしてお客を呼び寄せるというのは、異業種の方が想像するよりもはるかにしんどいことです。

こう考えると、冒頭で触れた異業種からの参入をとめたくなる気持ちは理解していただけるのではないでしょうか。お金はあるかもしれませんが、今やそれはさほど重要なファクターではありません。むしろ魅力的な業態をつくりあげること、そして店舗を日々きちんと回していくことこそが現在の飲食店経営の要諦なのです。

しかし、異業種の方には基本的にそのノウハウがあるはずもありません。仮に、開発部分は外注できたとしても、運営を自前でやろうとすれば「地獄」が待っている可能性すらあるのです。グルメ好きな異業種の方は、それを楽しむ側にいたほうが幸せなケースは本当に多いと思っています。

■飲食業界は「分化」の時代へ?

わざわざまどろっこしく3つの機能にわけて語ったのには理由があります。それはそれぞれの機能をあえて分化したほうがうまくいくケースがこれから増えるのではないかと思うからです。開発や運営に長けた人には資金が集まる可能性が高いので、自前で開業資金を準備しなくても店を出せるチャンスは増えるでしょう(昔から「パトロン」自体はよくある話ですが、それがよりメジャーな方法論になりうるのです)。

また開発と運営の分離もテーマと言えます。多くの外食企業は自社で開発も運営もするのが普通ですが、両者は明らかに必要な能力が異なります。業態開発は上手だけれども運営はイマイチな外食企業も目にしますし、あるいは逆に、持っている業態の魅力度は高くないものの運営力はすごいという会社もあります。今後は、開発の得意な企業はその開発力を商品として売り物にすることも検討すべきでしょうし、運営の得意な企業は他者が開発したブランドの運営を請け負うことで強みを生かすのも良いでしょう。

さらに、最近では保有している業態を「売り抜ける」動きを目にすることが増えてきました。3つの機能で言えば、所有と開発、そして初期の運営までを行い、それに魅力を感じた他者にすべてを売り渡してしまうのです。テクノロジーの世界ではよくある「Exit」の形ですが、外食の世界でもこれから増えていくことでしょう。外部の開発業務を請け負って得られる「フィー」よりも、自社で一定期間の保有や運営のリスクまでとることで得られる「売却益」の方がずっと大きければ、それもひとつの有効なビジネス手法です。

いずれにしても、「同じ人や会社が、お金を自ら調達して、業態をつくって、できるだけ長く運営する」という従来型ではない方法論が増えることは、外食産業がより広がりや深みを出していくうえで、プラスに働くのではないでしょうか。

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子安大輔(こやす・だいすけ)●カゲン取締役、飲食コンサルタント。1976年生まれ、神奈川県出身。99年東京大学経済学部を卒業後、博報堂入社。食品や飲料、金融などのマーケティング戦略立案に携わる。2003年に飲食業界に転身し、中村悌二氏と共同でカゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースやコンサルティングを中心に、食に関する企画業務を広く手がけている。著書に、『「お通し」はなぜ必ず出るのか』『ラー油とハイボール』。
株式会社カゲン http://www.kagen.biz/

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