なぜドコモは無料で学べるオンライン講座「gacco」を作ったのか | ニコニコニュース

伊能美和子・ドコモgacco社長
プレジデントオンライン

■長いライフタイムで価値を生む教育とヘルスケア

【三宅義和・イーオン社長】今回は、ドコモgacco代表取締役社長の伊能美和子さんにお話をお伺いいたします。伊能社長はNTTドコモの教育事業推進担当部長から社長に就任されたわけですが、以前から教育の分野に関わる仕事をしていたのですか。

【伊能美和子・ドコモgacco社長】いえいえ、私が教育に携わらせていただくようになったのは2012年からで、その前はメディアコンテンツ系の新事業開発を専門にやってきました。直前はNTT持株会社勤務で、デジタルサイネージとディスプレーをクラウドにつないで、コンテンツを配信するメディアの創生に携わっていました。その前も業界横断的な音楽著作権処理プラットフォームを立ち上げるなど、業界全体の改革を行うような仕事をしていました。

仕事をする上で大切なのは何かと考えたら、同じ市場で活動している方々と手に手を携えて一緒に市場やムーブメントを作ることだと思います。これまでは、業界のトレンドを変える仕事をしてきているので、長年にわたって変化の少ない教育分野でも、自分の経歴とか経験が活かせると感じています。そこで、新しいやり方を見出して、それを普及させていくというようなことに取り組みたいと考えています。

【三宅】ただ、私のイメージではドコモはスマートフォンなのです。通信会社が、なぜ教育事業に参入したのですか。

【伊能】通信というのは「ゆりかごから墓場まで」ではないですが、ずっと人々の生活に寄り添っていくものです。その寄り添うべきものを通信の上で提供するサービスという観点で模索していくと、教育とヘルスケア。私どもは、その領域にはかなり注力しています。

【三宅】現代のようなITの時代には、教育も従来のやり方だけでなく、いろいろなメディアを利用して、多様なやり方があると思います。日本人はどうしてもAかBかという二者択一の選択をしますが、やっぱり価値のあるものを取り入れていくことが大切です。

それで、私どももNTTドコモさんの知育サービス「dキッズ」でコンテンツを利用していただいて、少しずつユーザーも増えています。オンラインで英語を学ぶことの利点というのはどのようなところにあるか教えてください。

【伊能】英語はコミュニケーションのツールだと思っています。もちろん、読み書きも大切ですけれど、オンラインは双方向というのが強みなので、コミュニケーションを習得していくということに最も向いているメディアだと考えています。

【三宅】最近の子どもたちはデジタルネイティブで、そういうことにまったく抵抗がありません。それを利用しない手はもうないということですね。

【伊能】そうです。逆に、ITを学ぶとか英語を学ぶではなくて、英語『で』学ぶとか、IT『で』学ぶというほうが、実社会に出ていったときに役に立ちますね。

■なぜオンライン講座は飽きずに続けられるのか

【三宅】ITも英語も手段であって、それそのものが目的ではない。こういった便利なものを使って、自分が何に関わって何をやるかということです。ただ、その際、子どもたちがスマホやタブレットを使う場合に、有害なサイトなど気をつけるべき点もありますね。

【伊能】自由に使ってもらいたいのですが、あまり好ましくない情報も世の中に溢れています。あるいは、逆に悪徳業者からアクセスされてしまうというリスクも否定できません。そういったセキュリティをどう確保していくかということと、子どもにとってふさわしいコンテンツをこちらが選んで提供していく。子どもの場合は年齢に応じて、キュレーション(収集・分類)してあげるということも重要だと考えています。

【三宅】私どもの生徒さんの保護者と話をすると、「なかなか机には向かわないけれども、デジタルでやる勉強であればいくらでも何時間でもやる」という子どももいるそうです(笑)。本当にうまく利用していくということでしょうね。

さて、本題の「gacco」に話を進めたいと思います。2012年頃にアメリカで本格化した「MOOC」(大規模公開オンライン講座)の初の日本版のサービスだと伺っています。Web上で、有名な大学の先生の講義などを無料で学ぶことができる。しかも、修了証も得ることができるという画期的なものです。本来なら、受講料を払って講義を聞くわけですから、ひと昔前であれば信じられないようなシステムです。

【伊能】人気講義のネットへの配信は10年前ぐらいからあったのですが、その頃は90分の授業を、1台のカメラで撮るだけでした。本来は教室にいる生徒向けのものを、ネットを介して見続けるというのはなかなかできません。その点、「MOOC」は最初からオンラインで見ることを前提として撮り下ろして、編集しています。とにかく、飽きずに続けられるようなスタイルが採用されているっていうことと、無料ということが最大の差異化要因でしょう。

ビジネスモデルは、これから多様化してくると思うんですが、基本的には講義を見て掲示板でコミュニケーションし、クイズを毎週やって、最終テスト、あるいは最終レポートを提出して一定のレベルに達していれば、修了証を発行します。

【三宅】1回の講座は10分くらいでしょうか。確かに90分というのはずっと見るのはしんどいですからね。

【伊能】1回10分以下を基本的なスタイルにしています。視聴の仕方はいろいろあると思います。1週間分が週ごとに配信されるので、その日にまとめて観てしまうという人もいますし、土日に集中的に取り組む人もいます。もちろん、1日1回をきっちりと守る人もいます。

【三宅】最近の講座を拝見すると、法政大学の田中優子総長の「江戸文化入門」とか「グローバリゼーション下の日本経済と日本企業」(立教大学)と魅力的です。さらに「対面学習コース」もあるようですね。

【伊能】この「MOOC」のスタイルは、1回公開したら、ずっとアップしたままではなくて、コースになっているので、だいたい4週間、長いものは8週間で終わりクローズします。ただ、人気があるもの、また要望があるものについては再開講というケースもあります。ですから、始まって終わるを繰り返す感じです。

■オンライン講座を中心にコミュニティを作る

【三宅】やはり人気講座はあるんでしょうね。

【伊能】もちろん、年代別にいろいろ差がありますが、ビジネスマンのユーザーが多いものですから、比較的実学系の講座に人気が集まっています。一方で、シニアの方も受講されていますので、そういう方々は教養を高めるものに興味、関心があるようです。

あまりジャンルを区切らないでコンテンツ化しているので、何かを目的にアクセスしたのだけれども、「あれ、よく見たらこんなのもあるじゃないか」と発見がある。そうすると「ちょっとやってみよう」となって、必ずしも目的志向ではなくて、自分の見識を広げようという受講になります。

【三宅】それは私にとっては耳が痛い。

【伊能】最近の働き方として、キャリアチェンジをすることもあり得るわけです。そのときに「ここしか知りません」という人よりも、ここまではある程度知っているとか、関心があるっていう人のほうが可能性は広がる。そんなニーズにも対応できます。

【三宅】「対面学習コース」というのは、スクーリングのようなかたちで受講期間中に集まって、そこで講師から実際の授業を受けるということなのでしょうか。

【伊能】ネットの学習だけでは物足りない人たちのために、「gacco」では一部の講座でオンライン講座と対面授業を組み合わせています。こちらは有料で、講義動画の視聴やクイズ、レポートなどで基本的な内容を学んだあと、対面授業で講師や受講者同士のディスカッションを通じて、直に先生と触れ合うとか、同じことを学んできた同士で議論を深めたりします。すると知識も定着します。

時間は半日ぐらい。開講中に2回やる場合もありますし、1回ということもあります。今後はスクーリングだけでなく、体験学習としてツアーに行くとか、フィールドワークをすることも計画しています。

【三宅】自宅でできることを、わざわざレッスンでやるのは非常にもったいない。「gacco」なら、オンラインでできること、かつ、それとは別に対面式でないとできないものの組み合わせは非常に効果的でしょう。英語で言えばやはり人前でしゃべるというのが必要です。私と伊能さんのふたりだけで会話するのと、周囲に人がいるプレッシャーの中でしゃべるのは、全然これは違います。

【伊能】実社会での発言が必要だと思うんですよ。その意味では「MOOC」というのは配信だけじゃなくて、掲示板も設けられていてコミュニティがあるんです。同じ講座を学んでいる人同士で質問し合ったり、「どこに集まるよ」と誰かが呼びかけて、ミートアップと呼んでいますが、勉強会が持たれたりします。要するに、私たちは単にコンテンツを配信するというよりは、知とか学びをきっかけにしたコミュニティを作りたいなと思っています。講座卒業生たちによる花見をするグループもできています。そんな人間関係を構築して、さらに発展的な学習ができればうれしいですね。