なぜ無駄遣いをすれば、「がん余命は延ばせる」と思ったのか? | ニコニコニュース

連載「ドキュメント 妻ががんになったら」が書籍化されました!『娘はまだ6歳、妻が乳がんになった』(プレジデント社刊)
プレジデントオンライン

■妻の生存は「引っ越し」のおかげか?

妻が乳がんの手術を受けた翌年の5月、引っ越しをすることにしました。乳がんの告知から1年。再発を防止するには日々の健康管理も重要ですが、それだけではダメなような気がしたからです。そこで、快適なマンションにでも住めば、少なくとも妻の免疫力が上がるはずと思い、スカイツリーとディズニーランドの打ち上げ花火をゆったりと眺めることができる、ルーフバルコニーつきのマンションに引っ越ししたのです。

家賃は13万円。私の収入からすれば少々高いように思えましたが、当時は少ないとはいえ400万円くらいの貯金があり、一番の得意先からの仕事だけでも年間400万円は見込めたため、なんとかなると思ったのです。引っ越しした日の夜、家族でディズニーランドの打ち上げ花火や、ライトアップされたスカイツリーを眺めながら、すべてはいい方向に進む、そう信じて疑いませんでした。

ところが、引っ越ししてわずか数カ月で、一番の得意先からの仕事がなくなりました。この出版社の仕事をメインで受けていたため、疎遠になってしまった出版社も数社ありました。これらの出版社から、いまさら簡単に仕事を振ってもらえるはずがありません。このままでは年間300万円を稼ぐのも難しく、一気にお金の心配に襲われました。

さらに数カ月後の12月、妻の再発の宣告――。転移先は全種類のがんのなかで5年生存率がもっとも低いといわれている肝臓。しかも、肝臓の約3分の1ががんに侵されていたのです。「治療を受けなければ2カ月もちません」主治医にそう告げられ、本当の意味での地獄が始まりました。

引っ越しする方角が、悪かったのか?……そう思わずにはいられませんでした。

それから3年が経ったいま、妻は生きています。この間、点滴による治療を軽減するため、左鎖骨下に点滴ポートを埋め込む手術を2回しましたが、がんに関する手術をすることはなく、健康な人より体力はないとはいうものの、あまり支障をきたすことなく、自宅で日常生活を送っています。

がんが肝臓に転移したときのことを周りの人に話すと、「よく3年もがんばっていますね」と驚かれることが多いのですが、これは快適なマンションに引っ越ししたおかげ、と思っています。

■健康に悪いことにも、お金を使ったほうがいい

ただ、常にお金に困っているのに、13万円もの家賃を払い続けるのは贅沢だ、と考える人は多いでしょう。実際、身内からも指摘されたことがありました。私も贅沢なのはわかっているのですが、日の光が降り注ぐリビングで寛ぐ妻を見ていると、余命宣告されることなく妻が生きているのは、このマンションに住んでいるから、と思えてくるのです。

実際、リビングで寛ぐ妻が、幸せそうな表情を浮かべて「こんな快適なマンションに住ませてくれてありがとう」といってくれることがよくあります。そのたびに、このマンションに引っ越ししたから、乳がんの宣告から5年近く経ったいまでも、妻が生きていられるんだ、と思えるのです。医者から「最悪の顔つき」といわれたがんと、ここまで闘えているんだ、と思えてならないのです。無駄遣いと思う人も多いでしょうが、この無駄遣いのために妻の余命は延びている、と信じて疑わないくらいです。

西洋医学による医療と代替医療を合わせ、患者を治療する統合医学の権威、帯津良一先生が「健康オタクでは、免疫力が落ちてしまう。少々の不摂生をしても、ときめくことで免疫力や自然治癒力は高まる」といったようなことをいっていたことに注目し、少々不健康と思われることでも、たまには妻が楽しくなることには、お金を使うようにしています。

たとえば、妻は発泡酒を飲むのが好き(お金があればビールを飲みたいのですが……)なのですが、飲みたいときは1日1本、多くて2本までなら、飲んでもいいことにしています。妻の肝臓ががんに侵されていることを考えると、健康によくないように思えますが、主治医にアルコールを止められているわけではないため、あまり深く考えないようにしています。実際、妻はほぼ毎日、発泡酒を飲んでいます。

洋菓子も妻の好物ですが、週に1度は食べているかと思います。がん患者で洋菓子を断つ人はめずらしくはありませんが、うれしそうに食べる妻を見ていると、ときめいて免疫力や自然治癒力が高まっているように思えます。洋菓子のほかにも、ショッピングモールに行ったとき、妻の好きなケンタッキーフライドチキンを昼食に摂ることがあります。そんな脂っこいもの、と思う人は少なくないでしょうが、満足そうに食べる妻の顔を見ていると、たまになら食べたほうがいい、とさえ思えます。

楽しみにしていた外出の日に、少しくらい体調が悪くても、楽しみの度合いが強いのなら、外出を勧めることもあります。外出したがために体調が悪くなることもあるのですが、それでも妻が楽しかったのなら、その選択に間違いはなかった、と思っています。

■「やればできる」自信と家族のいい思い出

昨年の春には、東京都八王子市にある標高599mの高尾山に行き、頂上まで登る予定ではなかったのですが、妻が達成感を味わいたい、と思ったため、すでに疲れが出始めていたにもかかわらず、頂上まで登りました。帰りの電車のなかで、妻はぐったりしていましたが、このときの達成感は「やればできる」という自信につながり、家族のいい思い出にもなりました。今春も挑戦するつもりです。

健康によくないけど、たまにしていることを挙げていくと、いくらでも出てきます。このようなことを書くと、身体のためにならない無駄遣い、と思う人もいるでしょうが、ちょっとしたときめきがなければ、闘病はつらくて続けられるものではありません。おおげさにいえば、生きる楽しみを奪ってしまいます。これでは免疫力や自然治癒力が下がり、かえって病状が悪化するように思えるのです。

ここまで私が思うのは、健康管理に細心の注意を払っていたにもかかわらずがんが転移してうつ病になり、入院して数カ月で亡くなられる人が、めずらしくないからです。人にもよるでしょうが、免疫力や自然治癒力が高まれば、いくらか転移の可能性が低くなるかもしれません。たとえ転移したとしても、ときには健康によくないことをしてときめいていれば、病状が悪化したり、うつ病になったりする可能性を下げられるかもしれません。そして、何よりも生きていて楽しいと思え、ひいては長生きにもつながると思うのです。

私の妻の場合、主治医から「治るとは思わないでください」といわれているため、ゴールのないマラソンを走るような日々です。この過酷なレースをいつまでも続けるためには、常にいい具合に肩の力を抜いて日常生活を送り、治療を続けることが、何よりも重要だと思っているのです。