部下の発案を呼んだ「春風煦育」 -味の素ゼネラルフーヅ社長 横山敬一【2】 | ニコニコニュース

味の素ゼネラルフーヅ社長 横山敬一氏
プレジデントオンライン

■全国一律を覆し「前例打破」に挑む

輝きを放つ経営者たちの共通点に、前例踏襲主義の否定がある。古くなった成功体験を手放さず、前例通りに繰り返すだけの経営をしても、やりがいもないし、会社の進歩もない。そう思って、否定すべき過去は否定する「非連続の経営」に踏み出す。

連載でお会いした多くの経営者が、そうした「非連続」に40代前後で挑戦していた。もちろん、代々の経営者が、自分の手がけたことが否定され、変えられはしないかと目を凝らしているから、覚悟も器量もない人には前例を覆せない。そして、多くの部下が「なるほど」「そうだ」と共感しなければ、新たな地平は拓けない。

2000年秋、福岡県を代表する観光地の大宰府天満宮へ向かって、味の素の「だし」の広告で覆われた私鉄の車両が走った。商品を紹介するのは、熊本県出身の歌手の水前寺清子さん。味の素の九州支社長として、「前例にこだわるな」と指揮した『「ほんだしいりこだし」で食べるみそ汁~九州まるごとおいしさ実感大作戦』の一環で、地域限定のキャンペーン。九州各県のテレビで、水前寺さん夫妻の独自CMも流した。

各地の流通業者と連携し、店頭に地元産の味噌とともに「いりこだし」を並べた。瀬戸内産のイワシを大釜で煮て、粉末を小分けしてある。福岡市で生まれ、子どものころ、母がつくる味噌汁は炒り子の「だし」だった。九州では江戸時代、旧藩ごとに味噌や醤油を造り、食文化には地域差がある。ただ、「だし」の炒り子は共通とも言え、全国でも需要量が高い。そこに、部下たちが目をつけて、キャンペーンを立案した。

当時、商品の販促活動は本社が決め、CMも全国一律だった。だが、部下たちの意欲を、実現したい。常々「課題は現場にあり、解決策も現場にある」と説き、「やろう、できるよ」と鼓舞していただけに、その信条も問われる。本社の担当部署に持ちかけても「前例がない」と押し返されるので、役員や事業部長に直談判した。幸い担当専務が、30代半ばを過ごした人事課の先輩。部下たちの意欲を背に説得し、別枠で予算を獲得する。40代最後の夏だった。

キャンペーン期間は、需要期を控えた9月から3カ月。10月7日には、福岡ドームで行われたプロ野球ホークスの地元最終戦を買い取り、「ほんだし いりこだしナイター」と銘打った。試供品を配り、攻守交代の合間に、大画面に地域限定CMを放映する。契約時には予想もしなかったが、この日、ホークスは優勝まで「マジック1」、勝てばパ・リーグで2連覇という劇的な舞台で、主軸の小久保裕紀選手の本塁打で優勝を決め、福岡じゅうが盛り上がる。キャンペーン商品の売り上げは例年の3倍に達し、看板商品になる。

部下たちと前例打破に挑んだのは、販売現場の士気を高める狙いと、九州の市場は「もっと深掘りできる」と読んだからだ。赴任した1年余り前には、支店が長く取引してきた地元の流通業者のなかに、バブル経済崩壊後の長い景気低迷で経営難に陥り、大手に買収されるところが出ていた。食品販売の先行きに不透明感が漂い、支店内には動揺が起きていた。

そこで、着任してほどなく「誕生日会」を始めた。毎月、ある日の夕方に、その月に生まれた支店員たちを会議室に集め、取り寄せた弁当を一緒に食べながら、おしゃべりをする。酒も用意し、席を移動しながら1人ずつと話す。初めは職場の感想などを尋ねるだけで、打ち解けてきたら、通勤事情や休日の過ごし方、趣味などに話題を広げる。気をつけたのは「ざっくばらんに」の一点だ。

日中は厳しく、叱りもするが、午後5時を過ぎれば別。ずっと厳しいままでは、部下から「これをやってみたい」との声は出てこない。話しやすさ、接しやすさが、現場力を引き出すには不可欠。支店は100人余りで、後に集約したが、北九州や大分、熊本、鹿児島に営業所、宮崎にも出張所があり、そこからの参加も歓迎した。こうした積み重ねが、九州独自のキャンペーンの発案に結実する。

■人口減の日本市場「宝の山」に変える

前述したように、九州には固有の味を持つ醤油や味噌の製造業者が多く、地場のスーパーも少なくない。だから「九州は1つではなく、1つ1つだ」と唱え、自社製品を使った料理の提案も、地域ごとに考えさせた。一律の商品、一律の売り方ではなく、工夫して市場を深く掘る。それを一緒に実践していくことで、部下たちに「なるほど」と得心させる。「いりこだし」を各地の味噌と組み合わせて販売したのも、その一例だ。

「念頭寛厚的、如春風煦育、萬物遭之而生」(念頭の寛厚なる的は春風の煦育するが如く、萬物これに遭うて生ず)――心がひろく温厚なことは、春風がやわらかに草木を温め育てるようなもので、あらゆるものがこれに触れて育っていく、との意味だ。中国・明の洪自誠の処世の書『菜根譚』にある言葉で、人を育てるには厳しい道を歩ませるだけでなく、自ら発芽し、自ら伸びていくようにやわらかに接することも大事、と説く。「誕生日会」などでみせた横山流の接し方は、この教えに通じる。

2013年6月、味の素の専務から味の素ゼネラルフーヅ(AGF)の社長へ転じた。米企業との合弁会社で、主力商品は各種のコーヒーだ。早速、各部門や工場、取引先やコーヒー豆の生産地などを回る。実情を勉強するためだけではない。ここでも「もっと、深掘りできるはず」との読みがあった。だから、全社に呼びかけた。「お客さまの変化を的確に捉え、変化対応力にさらに磨きをかけ、掘って、掘って掘りまくれば、日本の市場は宝の山だ」

昨年1年間の日本のコーヒー豆の消費量は46万トン余りで世界4位。人口減の時代に入って先細りになるとの見方もあったが、この3年、過去最高を更新し続けている。とくに、力を入れている1人分に分けたスティックと、個々にドリップして味わう「サードウエーブ」などが順調に伸びた。拡大を続けるコンビニ店頭での淹れ立てコーヒーでも、主婦の購買が増えた。読みは、当たった。

課題は、消費量が少ない18歳から24歳への食い込みと、他社にない技術力の発揮。若い層への訴求には、味の素で福岡時代に実現した独自キャンペーンの再来に、期待する。だから、AGFでも「春風煦育」は忘れない。

技術力での差別化は、味の素との連携がカギとなる。味の素は昨年4月、米社が持つAGFの株式50%分を買い取り、完全子会社化した。合弁時代は、味の素との技術交流や海外展開はできない取り決めだったが、可能になった。味の素は「味」の領域の技術に強く、AGFは「香り」に自信がある。合体すればより強力になることは確実で、技術者の交流を進めている。海外事業も、味の素はコーヒーをブラジルやタイなど5カ国で展開しており、まずはそこにAGFも参戦する。

国内での若者層への浸透、コンビニコーヒーでの次なる差別化、そして海外市場での味の素との協業。深掘りすべきテーマは、尽きない。でも、掘り続ける。AGFの社員は1000人を超え、味の素での福岡時代の10倍を超える部下がいる。「春風煦育」には、終わりはない。

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味の素ゼネラルフーヅ社長 横山敬一(よこやま・けいいち)
1950年、福岡県生まれ。74年早稲田大学政治経済学部卒業、味の素入社。2001年取締役、05年常務執行役員、09年取締役専務執行役員。13年より現職。

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