クロネコマークの原案、見つかる! 作者は当時6歳、担当者の娘さん 引き出しに保管「まさか実物が…」 | ニコニコニュース

クロネコマークの「原案」とみられる、外部初公開の絵
withnews(ウィズニュース)

 宅配便最大手・ヤマト運輸を傘下に持つ、ヤマトグループの「クロネコマーク」といえば、黒い親猫が口に子猫をくわえた姿でおなじみです。59年前に作られた歴史あるマークですが、実はデザインを担当した社員のお子さんが書いた絵から生まれたと言われています。この絵の実物が、長い時をこえて、同社の倉庫から発見されたことが分かりました。

【写真】6歳が描いた原案、子猫もちゃんと描いていた!

古い段ボールの中から
 「見覚えのある絵が突然出てきて、びっくりしました」

 そう語るのは、ヤマトホールディングスの100周年記念事業シニアマネージャーを務める白鳥美紀さん(57)です。

 約30年前に社史を作ったときの大量の資料を、昨年、群馬県内の倉庫から運び出しました。銀座の事務所で整理していると、古い段ボールに詰め込まれたファイルの中から、A4サイズの画用紙が出てきました。クレヨンで描かれていたのは、幼い筆致の猫の絵でした。

 広報担当が長かった白鳥さんは、見た瞬間に気づきました。古い社内報で「ネコマークの原案」と紹介されていた猫の絵そのものだったからです。

 しかし、ネコマークが作られたのは半世紀以上前。白鳥さんは「まさか実物が残っているなんて、聞いたことがありませんでした」と振り返ります。

 さらに、新発見もありました。

 社内で「原案」として知られているのは、猫の周りに子猫が2匹描かれた絵でした。

 しかし画用紙を裏返してみると、少し目鼻立ちがくっきりしていますが、現在のネコマークに似ている「子猫をくわえた猫の絵」が現れたのです。その裏側の絵を今回、初めて外部に公開してもらいました。

 親猫の口元の子猫は、今ではうっすらとしか見えません。しかし、写真撮影して分析すると、可愛い子猫の姿が鮮明に現れました。

 白鳥さんは「ネコマークの本当の原案は、裏側の絵のほうなのかもしれません」と推測します。


悩んだデザイン、そのとき・・・
 ヤマトホールディングスによると、ネコマークが生まれたのは1957年6月。まだ、宅急便を始める前の数多あるトラック運送会社の一つだった時期です。

 当時、業務提携した米国の運送会社アライド・ヴァン・ラインズ社の「親子猫マーク」に込められた、「お客様の荷物をていねいに取り扱う」という思いに、創業者の小倉康臣社長が共感したのがきっかけでした。

 しかし、アライド社のマークは、写実的な洋風の猫です。日本人が親しみやすい、猫のマークを作らなくてはいけません。広報担当の清水武さん(当時44歳)がデザインを考えましたが、いい案が思い浮かびません。

 そのとき、清水さんは6歳の長女が、猫の絵を書いていることに気づきます。子どもならではの、思い切りのいい線からアイデアをもらったのでしょうか。「猫の耳のとがった描き方などを、参考にした」と語っていたそうです。

 約3カ月かけ、清水さんはマークをつくりあげました。

 それにしても、なぜ、この絵が会社に保管されていたのでしょうか。ヤマト運輸OBの一人が、記憶をたどってくれました。

 「ネコマーク完成後も、清水さんはお子さんの絵を会社の机に、ずっと大切に入れていたんです」

 清水さんは、在職中の1966年に急逝されてしまいます。残された宣伝広告などの資料を保管する際、お子さんの絵も一緒に、会社の一角に眠ることになったのでしょう。


宅急便の成長支える
 その後、ネコマークはヤマト運輸の急成長を支えることになります。

 競争が激しくなった長距離トラック運送では成長できないと判断し、1976年に国内初の「宅急便」を始めました。

 「電話ひとつで、翌日、確実にお届けいたします」。そう書かれた最初のチラシにも、ネコマークが大きくあしらわれています。

 初日はわずか11個の荷物から始まった宅急便は、手軽さが受けて1980年度には3300万個を突破。ペリカンや赤イヌ、小ぐまのマークを掲げた競合他社が次々現れたときには「動物戦争」という言葉まで生まれました。

 現在、台湾やマレーシアなどにも宅急便は広がり、ネコマークが使われています。

 白鳥さんは「このマークを見ればヤマトグループだと分かってもらえる、シンボルとしてかけがえのない存在。これからも大切にしていきたい」と話します。

 ヤマトグループでは2019年の創業100周年に向け、ゆかりの品を集めた史料館の設置を検討しています。

 ネコマークの源流となった大事な絵が、飾られる日が来るかもしれません。