「なぜガンダムは飽きられないのか」キャラクター戦略の秘密 | ニコニコニュース

バンダイナムコホールディングス会長 石川祝男(いしかわ・しゅくお) 1955年、山口県生まれ。関西大学文学部ドイツ文学科卒業。78年ナムコに入社。営業職から開発部門に異動し、88年にはハンマーでワ二をやっつけるゲーム「ワ二ワニパニック」を開発。2005年4月ナムコの副社長に。05年9月ナムコとバンダイが経営統合。09年バンダイナムコHD社長。15年6月より現職。
プレジデントオンライン

【弘兼】案内放送から係員の制服まで、すべてがガンダム一色。ファンにはたまらないでしょう。ここに連れてきたら大喜びする友人が何人も思い浮かびました。オフィシャルショップでおみやげの「ガンプラ」を買ったところです。

【石川】ありがとうございます。

【弘兼】入り口には大量のガンプラが展示されていました。種類がすごい。

【石川】1000体以上ありますね。私には到底把握しきれません。

今回の対談は東京・お台場の「ガンダムフロント東京」で行われた。ここではアニメ「機動戦士ガンダム」の世界が忠実に再現されている。テレビ放送の開始は1979年。画期的なデザインのロボットたちが子どもを惹きつける一方で、勧善懲悪ではない奥行きのあるストーリーが大人を唸らせ、世代を超えて多くのファンを獲得してきた。放送の翌年に発売された「ガンプラ」、可愛らしくデフォルメされた「SDガンダム」などの商品展開も人気を加速させた。

【弘兼】ガンダムの人気は根強いですね。バンダイナムコの売上高を商品別にみると、昨年大ヒットした「妖怪ウォッチ」の売り上げは552億円ですが、ガンダム関連の売り上げは767億円で最も多い。しかも毎年売り上げが増え続けている。

【石川】長く愛され続けるためには、小さい頃に好きになってもらえるかどうかにかかっています。

【弘兼】ガンダムに夢中になった子どもは、大人になってもファンであり続けると。

【石川】そうです。そのうえで年齢層を広げていくことも重要です。2015年から始まった新シリーズ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」は、10代から20代前半をターゲットにしています。子どもと一緒に、あるいは孫と一緒にガンダムを楽しんでもらいたい。2世代、3世代を狙った展開を意識しています。

弘兼 バンダイナムコHDの14年度の連結業績は売上高、営業利益ともに過去最高でした。少子化が進むなかでこの数字をたたき出した。

【石川】少子化は深刻な問題で、いずれボディーブローのように経営に響くかもしれません。ただ、おもちゃは生活必需品ではありませんから、少子化が直接影響するわけでもない。

■「たまごっち」担当役員が「CTO」と呼ばれる理由

【弘兼】現在は絶好調ですが、10年前にバンダイとナムコが合併してしばらくは経営難だったそうですね。

【石川】ええ、厳しい時期がありました。統合して4~5年目あたりまでは業績が落ちていき、2009年には営業利益がゼロに近くなった。

【弘兼】石川さんは、そのどん底の年に社長となった。どのように立て直そうとしたのですか。

【石川】バンダイナムコという会社は、いろいろと個性のある小さい集団の集合体なんです。1つの顔ではなくて、バンダイやナムコのなかに様々な顔があり、この個性ある集団がエンターテインメントのビジネスをやっている。そう考えるところから始めました。この時期から私は「IP軸戦略」と言い始めました。

【弘兼】IPとはインテレクチュアル・プロパティ(知的財産)ですね。

【石川】はい。ガンダムならばガンダムというキャラクター、IPを中心に考えて事業を進めようと切り替えたんです。ガンダムを好きな人はガンダムのゲームもガンプラも映像も好き。キャラクターを様々な出口で、旬なタイミングで展開していく。

【弘兼】つまり以前の事業軸であれば、ゲームセンター部門、プラモデル部門、おもちゃ部門というふうに分かれていたのを、いわば横軸でキャラクターを中心に考えるように変えた。

【石川】そうです。たとえば当社には「CGO」という役職があります。

【弘兼】CEOではないのですか?

【石川】バンダイナムコグループだけにある肩書で「チーフ・ガンダム・オフィサー」という役職なんです。そのほかにも「CTO(チーフ・たまごっち・オフィサー)」「CPO(チーフ・パックマン・オフィサー)」という具合に、主要IPにはそれぞれ役員を付け、彼らがそのキャラクターの展開を最終的にジャッジするという仕組みです。

【弘兼】会社的な役職とは別にIP軸で社内縦断的に動くことができるということですね。

【石川】そういうことです。今年ガンダムで760億円を売り上げたから、来年は800億円を目指そう――。そんなふうにIP単位で全体最適を考えるようにしています。

【弘兼】バンダイとナムコは社風が正反対だったと聞きます。バンダイは旬をつかむのが上手い。ナムコは作り込みが徹底している。悪くいえば、バンダイは流行にのるだけ。ナムコはこだわりすぎる。企業合併では社風の違いを乗り越えられず、共倒れになるケースも珍しくありません。どう乗り越えたのですか。

【石川】バンダイというのはいわば狩猟民族です。獲物を見つけてパッと捕まえて、商品を作り上げて素早くビジネスにしていく。一方でナムコは農耕民族。種から水を与えて、じっくりとキャラクターを作っていく。それでも自らが楽しんで、お客さんに喜んでもらうという根っこの部分は同じです。

【弘兼】石川さんはもともと、ナムコのご出身ですよね。就職先として、なぜナムコを選んだのですか。

【石川】私が生まれたのは弘兼先生と同じ、山口県の岩国市。家も近いので生活圏はほぼ同じだったはずです。私の家のすぐそばにピンボールのメンテナンスをやる人がいました。恐らく、アメリカの軍人が遊ぶピンボールを修理していたんでしょうね。バンバン、バンバンと音を立てながら玉が動き回るマシンです。

【弘兼】岩国には基地がありますから。

【石川】ピンボールがすごく面白そうで、「おじちゃん、やらして」と言って、触らせてもらったのが原体験にあるんです。就職を考える時期になったとき、就職雑誌を見ていたら、ゲームを作っている会社、ナムコというのが目にとまった。ああ、昔、ピンボールで遊んだな、ああいうものを作っている会社ならば面白そうだというのが入社動機です。

【弘兼】入社して最初は営業部門に配属されました。

【石川】東北担当の営業でした。それで会津若松の施設運営会社さんに売り込みに行ったこともありました。すると「出身地はどこだ」と聞かれ、山口県と言うと「帰れ」と。

【弘兼】会津と長州には戊辰戦争の恨みがありますからね。その後、営業から開発に異動されました。

(1)ガンダムフロント東京の入り口。「地球連邦軍」のコスチュームを纏ったスタッフが応対する。(2)無料スペースには、歴代の「ガンプラ」がずらりと展示される。(3)入場チケットを購入して奥に進み、ガンプラ作りを見学。(4)出来立てのガンプラはほんのりと温かい。(5)外国人向けに「日本製造」と表記し、品質の高さを訴える。

■異動後の焦りが生んだ「ワ二ワニパニック」秘話

【石川】入社以来の希望でした。この頃、花形の部署は業務用のビデオゲーム機を手がける部署です。一方で、私が配属されたのは昔ながらの業務用ゲーム機の部署。長らくヒット作も出ていなかったので、私は企画担当としてヒット作を作らなければと必死でしたよ。

【弘兼】企画では「こんなゲーム機はどうだろうか」と考えるのですか。

【石川】その通りです。最初は自分で絵を描いて「こんなものを作りたい」と提案します。そのとき、モグラ叩きがヒットしていました。それを超えるヒット作をなんとか作りたいと思っていたところ、下から上に出てくるのを叩くのもいいけど、もっと面白くするには、怖いものが自分に向かってくるのを叩くというのを思いついたんです。

【弘兼】それが後に累計1万台以上の大ヒットとなる「ワニワニパニック」だったのですね。ぼくも子どもを連れてゲームセンターに行ったことを覚えています。

【石川】最初は上司に反対されましてね。産みの苦しみがありましたが、成功したときの喜びは格別です。まずはロケーションテストといって、試作の段階でゲームセンターに持ち込んでテストするんです。私たちが搬入しているときから、子どもがぞろぞろついてきて、電源を入れた途端にわーっと集まり一斉にやり始めた。みっともなかったんですけど、嬉しくてぼろぼろと泣きました。

【弘兼】その後、石川さんは05年にナムコの副社長に就任します。そしてこの年、ナムコはバンダイと経営統合してバンダイナムコHDが誕生することになります。経営統合自体には賛成だったんですか。

【石川】当時、私はナムコの開発担当の役員でした。社長を含めて役員は意見を聞かれましたが、私は絶対にやるべきだと言いましたよ。一番の推進派だったと思います。

【弘兼】どうしてですか?

【石川】ゲームとおもちゃを組み合わせたら、商品の幅が広がるので、面白いことがいっぱいできそうじゃないですか。ただ、当時はナムコの売り上げはバンダイより少なかったので、「乗っ取られるんじゃないか」という意見もありました。でも、私は単純に「バンダイと組んだら面白いことができるだろう」と。ただそれだけしか思わなかった。

【弘兼】ゲームのナムコとおもちゃのバンダイの組み合わせに可能性を感じたわけですね。

【石川】ゲーム業界というのは3つの根っこがあるんです。1つはピンボールやジュークボックスなどバーなどにおいてあったゲーム機をルーツにする会社がある。また駄菓子屋さんの店頭にあったようなシンプルなゲームをルーツにした会社もある。そしてナムコはデパートの屋上で木馬、遊具を作っていたところからはじまっています。いかに子どもに喜んでもらうのかというDNAが脈々と続いていた。その意味で、ブリキ製、あるいはビニール製のおもちゃからはじまったバンダイも同じだろうと考えていました。

■「ゲーセン」×「スマホ」で中高年も呼び込む

【弘兼】一方でナムコの得意としていたゲームセンターの数は急速に減っています。市場規模は07年がピークで、現在の店舗数は半分以下の5000店程度になったというデータもあります。

【石川】ゲームセンターに限らず、お店そのものが減ってきていますよね。人間の1日は24時間しかありません。そこでスマホやテレビなどと時間を奪い合わなければならない。当然、ゲームセンターに行く時間は減りますよね。ただ、こうも考えているんです。ゲームセンターならではのゲームもありますし、ゲームセンターで遊びたいという人もいます。だから、なくなることはないな、と。

【弘兼】最近のゲームといえば、スマホでのゲームが伸びています。そうしたものにゲームセンターがどんどん押されているのではありませんか。

【石川】スマホやタブレットを使ったゲームが盛んになっていくのは当然のことでしょうね。ただ、ゲームセンターを起点に考えれば、スマホとの連動にも可能性があると思います。今まではこういうやり方だったから、という固定観念にとらわれていると生き残れない。スマホをゲームセンターと繋げる、あるいはスマホで練習してもらって、ゲームセンターで本番、という発想があってもいい。

【弘兼】若い人だけでなく、ゲームセンターに通う中高年も増えているという話も聞きました。コインを落とすメダルゲームなどが人気だとか。

【石川】はい。今、人気ありますよ。お年寄りもゲームセンターで遊んでくださっています。脳に刺激を与えるという意味でもいいでしょうし、コミュニケーションの場として使われることもあるようです。

【弘兼】顧客の幅を広げるという観点でいえば、海外での展開にも注目が集まっています。バンダイナムコでは3年後までにアジアでの売上高を現在の倍となる600億円にまで引き上げるという目標を掲げています。

【石川】少子化の進む日本でビジネスを拡大させるには、やはり限界はあります。アジアには期待しています。

【弘兼】アジアでビジネスをする場合、「偽物対策」が重要だと思います。先日も私がインドに取材旅行に行ったとき、キティちゃんのグッズを持った人が沢山いましたが、残念ながらみんな偽物でした。

【石川】偽物を取り扱っている業者に法的措置をとるというのは当然です。しかし、キリがない。法的措置とは別に、我々は本物のよさをしっかり伝えていくことが最良の対策になるのではないかと考えています。

【弘兼】本物のよさとは?

【石川】たとえばガンプラの組み立てには今は接着剤が要りませんし、各パーツ自体に色がついた状態で成形されます。偽物は沢山ありますが、そこまでは真似できない。店頭ではあえて本物と偽物を並べてもらう。値段は5倍ぐらい違いますが、わかる人は本物を買います。

【弘兼】さきほどこちらの売店を見て回ったのですが、中国からのお客様は多いですね。それも1万~2万円もする高額な商品を買っていました。

【石川】現在、この施設では約3割が外国人観光客による購入です。「偽物対策」は映像についても同じです。日本でアニメを放送すると、すぐに現地語の字幕付きでコピーが出回ってしまう。そのためガンダムについては11年から多言語の字幕付きで、正規版を無料で世界同時配信しています。最新作の配信先は、240以上の国・地域に広がっているところです。

【弘兼】一番視聴者の数が多い国はどこでしょうか。

【石川】やはり中国です。ガンダムなどは世界中で愛されているキャラクターですが、中国をはじめ台湾や韓国などのアジアの国々は日本人と嗜好性が似ているようです。妖怪ウォッチも今、アジアでブレークしています。仮面ライダーやスーパーシリーズは韓国で人気がある。コンテンツごとにきめ細かい対応は必要になりますが、アジアでの展開にあらためて手応えを感じているところです。

【弘兼】インドにも店舗を進出させたとうかがいました。海外展開が進むなかで、ここはまさに「聖地」になるのでしょうね。屋外にある高さ18メートルの「実物大ガンダム」立像の周りにも、大勢の外国人観光客が集まっていました。

【石川】統合から10年を迎えて、ようやくお互いの強みを活かせる態勢が整ってきました。今後はさらに面白いことを仕掛けていくつもりです。ぜひご期待ください。

■弘兼憲史の着眼点

▼アジアの偽物対策には本物を見せて対応する

バンダイナムコHDではこの10月にインドのムンバイでアミューズメント施設をオープンしました。これまで東南アジアでも同様の施設を運営していましたが、インドでは初めてのことです。

石川さんの後を継いで社長となった田口三昭社長は「他社と連携してオールジャパンで取り組みたい」と話しています。コンテンツ産業は日本の主力産業の1つとなるべきですし、そうなっていくでしょう。

とはいえ、特にアジアでは偽物対策は頭が痛いものです。私の場合も韓国、台湾、そして東南アジアの国々からは印税が入ってくるのですが、中国だけは入ってこない。私だけでなく、中国からの印税が入ってくれば、日本の漫画界は潤うでしょう。

その意味で、法的措置と同時に「本物」を見せるという発想にはなるほどと思わされました。

私がガンダムフロント東京のショップを回ると大きく「日本製造」と書かれていた。日本製が、信用になっていると強く感じたものです。高値で転売できるからか、高額であっても限定商品が人気あるそうです。

▼目先の利益にこだわるな、認知度の浸透が第一

ガンダムフロント東京のアトラクションの1つに、ガンプラのパーツのデモ製造というのがありました。そこでできたばかり、生温かいパーツを触らせてもらいました。その精度はさすが、というものでした。接着剤を使わずに組み立てられるという技術は日本ならではでしょう。

映像についても無料配信、別のところで稼ぐというのも新鮮でした。デジタルの時代になりコピーが容易になりました。無料配信、収益を期待できない分野と、しっかりと稼ぐ分野の見極めが大切なのかもしれません。その意味で、IP軸で従来のグループ内の事業会社の収益に一喜一憂せず、IP軸で事業をとらえるという石川さんの方針は理にかなっているといえます。

ガンダムプラモデル(オルフェンズ)(C)創通・サンライズ・MBS
たまごっち(C)BANDAI,WiZ
ワニワニ、パックマン、アイドルマスター、太鼓(C)BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

----------

弘兼憲史(ひろかね・けんし)
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て、74年に『風薫る』で漫画家デビュー。85年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、91年『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞、2003年『黄昏流星群』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。07年紫綬褒章受章。

----------