日本のお笑い芸人が世界に比べて「終わっている」は本当か | ニコニコニュース

日本のお笑いは本当に「終わっている」のか
ITmedia ビジネスオンライン

 最近、脳科学者の茂木健一郎氏が、「日本のお笑いはつまらない」とツイートして話題になった。

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 2月25日には「トランプやバノンは無茶苦茶だが、SNLを始めとするレイトショーでコメディアンたちが徹底抗戦し、視聴者数もうなぎのぼりの様子に胸が熱くなる」と書き、一方で日本のお笑い芸人たちは「上下関係や空気を読んだ笑いに終止し、権力者に批評の目を向けた笑いは皆無」と発言した。

 さらに3月1日にはこうツイートした。「日本の『お笑い芸人』のメジャーだとか、大物とか言われている人たちは、国際水準のコメディアンとはかけ離れているし、本当に『終わっている』」

 124万人以上のフォロワーがいる茂木氏の発言に影響力があるため、大手スポーツ紙のWeb版などが取り上げ、ネット上で物議を呼んだ。Twitterを見る限り、茂木氏の言う「国際水準」とは基本的には米国のことを指しているようだ。米国で毎日夜に放映されているいわゆるトークショー(コメディアンなどが司会をするトーク番組)の動画をいくつもツイートに埋め込んでいるからだ。

 著者は、日本のお笑いにも面白いものはあるし、茂木氏の言う「国際標準」は乱暴なカテゴリー化だと思うが、一方で彼がTwitterで言うように基本的に米国のトークショーは政治や経済、国際情勢が盛り込まれており面白い。

 最近では、日本のお笑い芸人(お笑いコンビ「ピース」の綾部氏)がニューヨークに進出するために日本を離れるそうだが、そもそも米国のお笑いがどんなものなのかあまり知られていないのではないだろうか。著者は米国でテレビ局で働いていた経験があり、内側からテレビを見ていたことがある。また、米国のコメディの大ファンである。そんな経験から、日本のお笑いは米国などと比べて本当に「終わっている」のか見ていきたい。

米国のお笑いシーンとはどんなものか

 まず米国のお笑いシーンとはどんなものか。基本的に、米国のお笑い“芸人”は、観客の前でお笑いトークを繰り広げる、「スタンドアップ」と呼ばれるスタイルが基本になっている。舞台は、劇場やコメディクラブ、バーやナイトクラブなどで、コメディアンが1人で観客を前に漫談のような「しゃべり」を繰り広げる。イメージとしては、マイクを持って歩きながら話す綾小路きみまろ氏のスタイルに近い。

 そうした舞台で人気を博し、名前が売れるようになると、コメディアンはさらに知名度を上げるためにテレビに進出する。そこで開かれる道は、トークショーや、人気コメディ番組SNL(サタデーナイト・ライブ)などのコント番組、ドラマ仕立てのコメディ番組であるシットコムなどだ。作家としてテレビに入っていくケースも多い。そこでさらに成功を収めると、ハリウッド映画などに声がかかるようになり、一気に世界的なセレブに仲間入りする。

 ロビン・ウィリアムズやジム・ケリー、エディ・マーフィーやクリス・ロックなど米国の有名コメディアンはほぼスタンドアップの出身だと言っていい。

 テレビでは、平日に毎晩、地上波の全国ネットワーク局(ABC、CBS、NBC)がそれぞれコメディ要素満載のトークショーを放送する。また米国ではケーブルテレビが日本以上に普及しており、「コメディ・セントラル」といったコメディ専門チャンネルが人気だ。

 茂木氏がTwitterなどでアップしている動画は、コメディ・セントラルのトークショーである「ザ・デイリーショー」や、地上波の夜のトークショーである「ザ・レイトショー」「レイトナイト」などである。こうした番組は、茂木氏のツイートのように、政治的なツッコミ満載で、放送後はニュースサイトや新聞のサイトなどでニュースになることが少なくない。日本でもテレビでの内容がすぐにスポーツ紙で記事になるが、それに近い。

 そしてトークショーで司会をするコメディアンたちも元々はスタンドアップ出身だったりする。特に茂木氏がよくTwitterで取り上げているコメディ・セントラルの「ザ・デイリーショー」で司会を務めるトレバー・ノアも、もともと俳優などを経てスタンドアップをやっていた。

 ノアはアパルトヘイト下の南アフリカで生まれた白人と黒人のハーフであり、それをスタンドアップの舞台でもウリにして笑いにしている。彼のアイデンティティを最大限に笑い飛ばしているのである。日本で言えば、女芸人が自分の容姿をネタにしているのに近い。ノアのスタンドアップはかなり面白いので、機会があれば一度ぜひ見てもらいたい(YouTubeでは英語の字幕も出るので理解しやすいはずだ)。

 ただノアのスタンドアップの内容はタブーでもなければ、権力に抵抗するといったものでもなく、政治的な話でもない。社会的に話題になったニュースを揶揄(やゆ)するようなことはあっても、「権力者への批評」はない。

トランプ大統領に「徹底抗戦」していない

 そんなノアは、2015年3月に人気番組だった「ザ・デイリーショー」の司会に抜てきされてから、政治家や政治問題などに切り込むようになる。これは彼のもともとのスタイルではないが、この番組を担当する以上、避けられない。というのも、この番組はそもそも毎日のニュースを題材に「政治風刺」などをする番組だからだ。ちなみに、この30分の番組はノアを含む19人もの作家らの手によって原稿がまとめられている。ノアの一存で、しゃべることがすべて決められるわけではなく、作家たちが持ち寄るテーマやジョーク、コメントなどで固められていく。

 つまり、米国のトークショーが「権力者に批評」するような笑いを提供できているのは、コメディアンの資質や能力ではなく、作家など番組制作者の努力が大きいのである。極端に言えば、「国際水準」として評価すべきはコメディアンではなく、コメディアンや多くの作家が作り上げる番組なのである。

 別の例を出すと、2014年からネットワーク局であるNBCで「レイトナイト」をホストするセス・マイヤーズは、スタンドアップで政治家をネタにするのが好きだが、決して「権力者に批評」といった類の話ではない。個性ある政治家のキャラクターを小馬鹿にしながらイジっているだけで、どちらかと言えば下品な笑いだ。

 ただ彼も「レイトナイト」では、政治系の話を取り上げることも多い。政治関係のゲストを迎えることもあり、そういう場合には非常に穏やかに政治について質問をしている。報道ではないので、結局は茶化しながら核心に触れずに終わるのだが、そこでゲストに投げる質問も作家らが提案していることが多いという。「権力者に批評」には到底及ばない。

 さらに茂木氏は、米NBCのコント番組SNLで「コメディアンたちが徹底抗戦」しているとツイートしている。だがこれについても、コメディアンが自分たちの政治的な立場を表明しているわけではないし、33人(2016〜17年の第42シーズン)の作家たちと一緒に何が面白いのかを毎週大真面目に検討して表現しているだけだ。政治的な意図やメッセージがコントの前提となることはない。

 結局のところ、トークショーやコメディ番組は笑いになるからトランプ陣営の人々(ショーン・スパイサー報道官や、ケリーアン・コンウェイ大統領顧問)を取り上げて、バカにしているだけに過ぎない。とにかくSNLがトランプ大統領に「徹底抗戦」しているなんてことはない。

●権力者らをイジって笑い飛ばす空気

 正直言って、何がお笑いの「国際水準」であり、「国際水準」がどこにあるのか著者には分からない。また、米国のお笑いが日本のものより優れているとする理由も聞いてみたいものだ。批判された人たちはたまったものではない。

 ちなみに、米国のスタンドアップでは何が面白いのか分からない雑談のようなものも少なくない。そういう笑いに比べれば、日本のベテラン漫才師の漫才などはかなり面白い。米国などと比べると日本が「終わっている」ことはないのである。

 とはいえ、著者も茂木氏が言うように、「政治風刺」などを本格的にやる番組は日本でもぜひやってほしいと願っている。安倍晋三首相と民進党の蓮舫のバトル、小池百合子・東京都知事と石原慎太郎・元知事の対立などは、SNLなら格好の餌食にするだろう。

 日本でも、思いっきりこうした権力者らをイジって笑い飛ばす空気があってもいいのではないだろうか。見る人が比較的少ない舞台などよりも、ぜひテレビに期待したいものだ。

(山田敏弘)