爆発的噴火とともに火砕流が発生し、全島民が避難した口永良部島(鹿児島県)。気象庁は噴火が起きた昨年8月以降、噴火警戒レベルを3(入山規制)に上げて監視を強めていたが、さらにレベルが引き上げられないまま噴火に至った。今回、火山性微動などの前兆は観測されなかったといい、噴火予知の難しさが改めて浮かぶ。東日本大震災以降、活動が活発化した国内の火山は増えており、予断を持たない警戒が必要になっている。
「直前の現象がなく噴火する火山だった」。29日夕、気象庁の小泉岳司火山対策官は、噴火の前兆をとらえる難しさを訴えた。
気象庁は昨年8月の小規模な噴火以降、隣の屋久島に観測用の高感度カメラを設置し、火山ガスも調べるなど観測態勢を強化した。火口周辺には、それ以前に設置された分も含め▽地震計6台▽噴火を捉える空振計3台▽地殻変動を観測する傾斜計1台と全地球測位システム(GPS)4台▽観測用カメラ2台−−が置かれ、3月には機動観測班2人が島に入った。
噴火警戒レベルは全国31火山が設け、上げ下げの統一的な基準はない。各研究機関の意見を参考にその都度、気象庁が判断する。
震度3の有感地震が発生した23日、気象庁は地元関係者らと作る「火山防災連絡会」を島内で開いた。そこで決まったのは「昨年8月より大きい噴火があればすぐにレベルを5に引き上げて避難。有感地震が24時間以内に複数回発生したらレベル4(避難準備)」という対応だった。
だが、レベル4は結局、発表されなかった。気象庁によると、噴火の10〜15分前に地震計や傾斜計、GPSのデータに変化はなく、昨年9月の御嶽山(長野・岐阜県境)噴火では11分前に観測された火山性微動もなかった。機動観測班も異常は感じなかったという。
実は火口に近い場所にあった地震計3台は、昨年の噴火で壊れ、入山規制のため修理できなかった。この影響について、小泉火山対策官は「壊れていなければ何らかの前兆をとらえた可能性は否定できないが、何とも言えない」と話す。
ただ前兆が皆無だったわけではない。同島や桜島(鹿児島市)を監視する京都大火山活動研究センターの井口正人センター長が指摘するのは(1)火山性地震(2)山体膨張(3)火山ガス増加(4)3月以降に観測された高温の溶岩や火山ガスが噴煙や雲に映って明るく見える「火映(かえい)」。今月23日にあった震度3の地震は震源が浅く、警戒が必要だったという。
しかし噴火に至る経緯は火山によってまちまちで、同じ形態を繰り返すとも限らない。気象庁も(1)〜(4)を把握した上で「地震以外に特段の活動の高まりがない」との結論を出していた。
箱根山では気象庁が今月6日、有感地震の変化などを受けて噴火警戒レベルを2に上げたが、ロープウエーで火口の間近にも行ける観光地と、住民137人の島では、周知の方法も異なる。今回は、事前のレベル引き上げがなくても火山防災連絡会で確認した通りに全員が避難できており、小泉火山対策官は「島の中で注意喚起をしてきた」と、島民への情報提供に問題はなかったことを強調した。【久野華代、伊藤奈々恵】
◇震災後、火山活発に
東日本大震災以降、全国で火山活動が活発さを増している。火山の噴火と地震との連動性は科学的に明らかにされていないが、巨大地震後に噴火が続いた例は国内外にある。専門家は、日本列島が火山の活動期に入った可能性を指摘し、一層の警戒を求めている。
国内の火山活動は、地震を引き起こす海底のプレート(岩板)運動と関連が深いと考えられている。プレートの沈み込み帯では溶けた岩石がマグマとして上昇して火山を形成するとみられ、東日本は日本海溝、西日本は南海トラフとほぼ平行に活火山が分布し「火山フロント(前線)」と呼ばれる。噴火した口永良部島も、この前線に位置する。
東日本大震災後、昨年9月に御嶽山で水蒸気噴火が発生。噴火は小規模ながら死者・行方不明者63人と戦後最悪の火山被害を出した。1年半前に出現した新島と合体した小笠原諸島の西之島(東京都)は、現在も噴火しながら拡大を続けている。
海外では20世紀以降、マグニチュード(M)9以上の地震が5件発生しているが、その全てで3年以内に震源域から数百キロ圏内にある火山が噴火している。
火山噴火予知連絡会長の藤井敏嗣・東京大名誉教授は「今回の口永良部島は昨年8月の噴火から一連の流れで驚きはないが、巨大地震が起きる時期は地殻が異常な状態になる。日本列島が活動期に入った可能性は十分ある」と指摘する。
ただ、大震災と火山活動との関連性ははっきりしていない。気象庁によると、震災直後、全国110活火山のうち北海道から九州まで全国の20火山で一時期活動が活発化し、数カ月後に平常に戻った。このうち現在、震災前より噴火警戒レベルが上がったのは▽草津白根山(群馬県)▽箱根山(神奈川、静岡県)▽阿蘇山(熊本県)−−にとどまる。昨年噴火した御嶽山は、震災直後は変化がなかった。地殻のひずみが大きな震源域近くの東北地方でも変化がみられない火山はある。
国内で大規模地震の後に噴火が起きた例としては、江戸時代中期の宝永地震(1707年)の49日後の富士山噴火がある。逆に平安時代の富士山の貞観(じょうがん)大噴火(864年)は、東日本大震災と同規模と想定される貞観地震(869年)や南海トラフが震源の巨大地震とされる仁和地震(887年)の前だった。震源域と火山との距離、噴火の規模などを科学的に関連付けるのは難しいのが実情だ。【千葉紀和】
◇避難計画、人材カギ…活火山法改正案閣議決定
29日に閣議決定された活動火山対策特別措置法(活火山法)の改正案で、気象庁が常時観測する50火山(現状は47火山)の周辺129市町村は「火山災害警戒地域」に新たに指定され、指定市町村には避難計画作成が義務付けられる。口永良部島のある屋久島町は作成済みだったが、内閣府によると、常時観測中の47火山のうち周辺市町村の8割以上で作成されていない(3月末時点)。未作成の市町村が多い背景には、火山に詳しい人材の不足があり、今後どう人材を確保するかが課題として残る。
まだ計画作りに着手できていない自治体の担当者は「火山に詳しい担当者や専門家など人材が乏しく苦労しているため、作業は遅れ気味だ」と打ち明ける。
人材の確保について、改正案は「国と地方公共団体は、火山研究・観測のための施設や組織の整備、大学など研究機関の連携強化と、火山現象に関し専門的な知識・技術がある人材の育成と確保に努めなければならない」とした。だが、人材の供給源として火山専門家が従来求めている国立の研究機関設置などについて、内閣府は「内閣府に設ける火山防災対策推進検討会議で検討を進める」と述べるにとどまった。【狩野智彦】