ギズモードがNeflixのカリフォルニア本社に潜入!
CEOインタビューに続く、第2回では、ネトフリのマネージメントチームの3名にインタビュー。ユーザーインターフェイスやレコメンドのアルゴリズム、ストリーミング技術など、ユーザーの「ネトフリ体験」をつくり出す、テックサイドの秘密を聞くことができましたよ。
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Todd Yellinさんは、プロダクト・イノベーションを担当。Netflixでのユーザーの体験のすべてに取り組んでいます。スクリーンの大きさや操作方法が違うさまざまなデバイスや、また小さな子どもであっても快適にNetflixを楽しめるユーザーインターフェイスの開発、それぞれのユーザーが今見たい作品に簡単に出会えるレコメンドの仕組みについて、ハイテンションでいろいろと教えてくださいました。
ギズモード(以下ギズ) はじめまして。僕たちはギズモードなので…
Todd Yellin(以下Todd) デバイスとテクノロジーが大好き!ですね。お互いにわかりあえそうですね(笑)。
ギズ まずToddさんのチームのお仕事について教えていただけますか?
Todd 僕たちのチームは2つのことに取り組んでいます。1つ目は、デザイン。スマートフォン、タブレット、テレビと、Netflixはさまざまなデバイスで見られています。それぞれでどう見えているんでしょうか? 僕たちはそれぞれのデバイスのために、異なるユーザーインターフェイスを用意しているんです。マウスとキーボードを使うデバイスでも、タッチスクリーンでも、左右どちらが上でもいいように。
2つ目は、システムのアルゴリズムやロジックを考えること。Netflixには大量のコンテンツがありますが、その中から適切なコンテンツを適切なユーザーに適切なタイミングで届けるための、「パーソナライゼーション」が大切です。Netflixを起動すると、タブレットでもテレビでも、まず家族のうち誰が見ているのかを尋ねられます。
例えば僕の家族ならこうです。僕Toddと、妻Jen、11歳の娘と、8歳の息子の4人分のアカウントが登録してあります。最大5人までのプロフィールを作ることができますよ。僕、Toddに入ると、僕のために選ばれた作品が並んでいます。「Planet Earth」のようなドキュメンタリーから、スーパーヒーローもの、ホラー映画まで。ここから選んで見るわけです。もちろん俳優の名前などで検索もできます。でもほとんどのNetflixユーザーは検索をしないんです。
例えば妻のアカウントに入ってみます。ずいぶんと違いますよね。「Young and Hungry」、僕はこんなの見ませんよ。でも妻は好きなんですこれが。どうしてこんなことがNetflixにはわかるんでしょう? それは妻が以前「グレイズ・アナトミー」や「Cutthroat Kitchen」を見ていたのを知っているからです。これに基づいて、Netflixはこのユーザーが「Young and Hungry」が好きだと判断し、トップページに表示させているんです。また、ここに「Trending Now」っていうカテゴリーがありますね。これは今Netflix全体で流行っているものっていうわけではないんです。これは妻と似たような好みを持つユーザーたちの間で流行っているものなんですよ。
僕たちは何も隠してはいないんです。ただ、妻にぴったりなコンテンツをバブルアップ(泡が昇るように表示する)しているだけなんです。
かなり興奮してしゃべってしまってごめんなさい(笑)。なぜかというと、僕は今僕たちがやっていることにものすごく夢中なんです。そして、Netflixを日本へ届けることにも。
Todd Netflixのメンバーはこんなふうにみんな違ったトップページを持つことになります。何を見たかに基づいて次の作品を見られるわけです。ユーザーにとってはとてもシンプルですよね。でもこの下で動いているアルゴリズムはとても複雑なんです。
今僕たちがいるこのフロアは、みんな僕のチームのエンジニアです。データサイエンティストもいます。違うフロアには映画やテレビ制作のエキスパートがいます。彼らが何をしているかというと、Netflixのすべてのコンテンツを見ているんです。映画もテレビも全部です。それで、タグをつけて分析します。ダークな作品なのか、アップビートなのか、暴力が含まれているか、ハッピーかバッドエンドか、登場人物は女性か男性か、警察ものなのか動物ものなのか。
エンジニアはNetflixのユーザーのデータを持っています。例えば「Leon」を見たユーザーが、5分で見るのをやめてしまったとか、一気に全部見てしまったとか。TVドラマだと、1つだけエピソードを見たのか、それとも4つ続けて見たのか、毎晩見てたのか、といったことです。また、タブレットで見たのか、PCで見たのか、テレビで見たのか、もしくはタブレットで見始めてテレビで見終わったのか、そういうデータも持っています。
映画やTVドラマの作品についての分析データと、Netflixユーザーについてのデータをすべて使って、かつ洗練されたアルゴリズムにより、僕らの生活をラクにしてくれているわけです(笑)。僕は何が起こっているのかわからないけど、僕の前には素晴らしいコンテンツが出てくるんです。これはもちろん僕の家族の子どもたちにも。8歳の息子のオリバーのアカウントでは、子ども用にセーフコンテンツのみのページが表示されるんです。
ギズ 両親は子どもたちが何を見ているのか把握することができるんですね。
Todd そうです。僕は息子が何を見たかを全部見ることができます。そしてどのくらい長くテレビを見ていたかも。
子ども用のセーフなページでも、子どもたち一人一人にパーソナライズされています。トップに出てくるキャラクターは息子が好きなキャラクターなんです。
Netflixにはたくさんのキャラクターがいます。もちろんすべてのキャラクターを検索することもできますが、Netflixがトップに出すキャラクターは息子がもっとも好きだろうというものです。彼は8歳なので、3、4歳向けの作品を見せれば「子どもっぽい」と言って見ないでしょうし、12,13歳向けの作品を見れば眠れなくなってしまうかもしれません。だから見てくれそうなものをトップに出すんです。
次に11歳の娘のアカウントを見てみます。彼女はお姉ちゃんなので、弟とは違うものを好みます。年齢も上で、女の子向けのものです。こちらです。アニメがあまりありませんよね。実写作品が多い。そしてちょっと大人っぽいものも好んでいます。ただこれらは子どもが見ても大丈夫なものだけです。こんなふうにパーソナライズしているんです。
ギズ 年齢によって表示されるコンテンツが違うというのは、とてもおもしろいですね。想定されている年齢層は何歳から何歳くらいまでなんでしょうか?
Todd 2、3歳の子どもたちのための教育番組があります。もちろん各言語で、各地域に合わせてローカライズしているので、日本のユーザーも日本語の幼児向けの教育番組を見ることができますよ。同時に90歳の人向けのコンテンツもあります。Netflixは一生を通して楽しむことができるんです。
ギズ でも、2歳だと自分で選べないですよね?
Todd そうですね。いちばん幼児向けのデバイスってタブレットかもしれませんね。子どもはとってもタブレットが好きですから。両親がそれを手伝ってあげるっていうのがいいかもしれません。でも3歳の子がキッズページで自分で操作しているのを見たことがありますよ。キッズページはインターフェイスもシンプルにしてあるので、自分で選ぶということもできるのかもしれませんね。
ギズ 「バブルアップ」っていう言葉が印象的でしたが、Netflix社内ではよく使われるんですか?
Todd いいえ、「Toddワード」です(笑)。説明させてください。他のサービスだとレコメンドは「あなたのためにおすすめします」ですよね? でも僕たちの研究によると、ユーザーは何を見ればいいかということを指示されるのを嫌うんです。だから僕らは何を見るべきかということをユーザーに言いません。「あなたへのおすすめ」とはね。僕らがやっているのは、それぞれのユーザーが見たいはずの作品を簡単に見つけることができるように、巨大なカタログを編集することなんです。
ギズ パーソナライズで提案されるコンテンツは、どれも自分の好みに合っていて心地よいと思うんですが、たまにはまったく趣味ではない作品を見たくなることもありませんか?
Todd そのとおりなんです。5年前、僕たちはユーザーは特定のジャンルのコンテンツだけが見たいのだと思い込み過ぎていました。これが間違いでした。
例えば、もしホラーを見たことがなかったら、ユーザーがそれを好きなのか嫌いなのかわかりませんよね。だから選択肢として表示するようにしています。今は、Netflixのユーザーインターフェイスは列になっているんです。それぞれの列は、パーソナルでありながらも、コンテンツにバラエティをもたせています。
だから例えば、ある人のアカウントでは、TVコメディ、漫才、ドラマ、自然のドキュメンタリーなどが表示されます。「22 Jump Street」を見ればそれに近い作品が出ますし、「Happy feet」を見ればそれに近いもの表示されますが、とにかくユーザーにはバラエティを持ったコンテンツを表示します。それがよりよいやり方だとNetflixが学んだからです。
ギズ ありがとうございました!
Neil Huntさんは、プロダクトの責任者。Netflixの視聴体験のために、レコメンドのアルゴリズムや映像の技術開発を行なっています。「ユーザー自身よりも、ユーザーの心がわかる」アルゴリズムを作るためのコンテストについても話してくれましたよ!
ギズモード(以下ギズ) あなたのプロダクトチームの仕事内容について教えていただけますか?
Neil Hunt(以下Neil) わたしたちのチームはNetflixに必要なすべての技術を担当しています。サーバーやEコマース、コンテンツディスカバリーの設定、ストリーミング、スマートテレビ、セットトップボックスなど。またタブレットアプリもですね。とにかく最初から最後まで、すべての技術部分に携わっています。もっとも大きな部分は、わたしたちが「コンテンツディスカバリー」(パーソナライゼーション)とよんでいるものです。これはユーザーが作品を見つけるための機能です。
ギズ Netflixではコンテンツディスカバリーのためのアルゴリズムを作るコンテストがあって、その賞金は1億円というふうに聞きました。1億円ってすごい額ですよね?
Neil そうですね(笑)。
ギズ それほどアルゴリズムを重視しているということでしょうか?
Neil そのとおりです。わたしたちが今解決したい問題は、大量のコンテンツが視聴できてしまうので、どれを見ればいいかわからなくなってしまうことです。まずは、ユーザーが選んでタイトルをクリック、再生する仕組みがあります。これによって見たいものを、見たいときに、見たい場所で、見たいデバイスで視聴することができます。しかし重要なのは、見ることのできる大量の作品のなかからひとつを選ぶ手助けをする仕組みです。
ますは、キーとなる部分、ユーザーが何を楽しんだのかを知ることが大切です。Netflixはユーザーが最近見た5つの作品を知っています。また、途中で見るのをやめたのか、最後まで見たのかもわかっています。この四半期でNetflixがストリーミングされた時間は、10億時間。これは凄まじい量のデータになりますよね。ユーザーのデータをこれらの大量のデータに照らし合わせることもできるのです。そして、大量の作品のなかから、ユーザーが気に入るであろう3つの作品を提案することもできるのです。ユーザーは大量の作品を検索しなくとも、せいぜい2、3つを比べればいいだけですから、こんなに簡単になるんです。
この本社で働いている1,000人のわたしたちのチームのうち3分の1が、コンテンツディスカバリーや、その裏にあるアルゴリズムに携わっています。Netflixをより使いやすくするうえで、これはとても大事なことだと思っています。コンテストもよりよいアルゴリズムのためのアプローチのひとつですが、コンテスト以降も、アルゴリズムのための投資は行なっています。
ギズ アルゴリズムのコンテストの優劣はどうやって決めたんでしょうか?
Neil コンテストでは「レーティングの予測」がテーマでした。Netflixでは5段階の星で作品を評価することができます。ユーザーは「これは5つ星の映画で、これは3つ星映画」というふうに評価します。
わたしたちは数百万のユーザーのレーティングデータを持っています。これを使って、レーティング予測のための機械学習アルゴリズムやAIを開発するわけです。作ったアルゴリズムと実際のユーザーの評価を比較して、各アルゴリズムのエラースコアを計算します。もっともユーザー評価に近い結果を出したアルゴリズムを作ったチームが優勝です。平均的な誤差は、0.3つ星でした。
なぜレーティングの予測が大事かというと、もし好き、嫌いに関して20の作品の評価をユーザーから受け取ったとしましょう。それをもとに、まだそのユーザーが見ていない作品をどのくらい気に入るかを予測します。そして作品をランク付けして、ユーザーにもっともふさわしいものを表示します。これが重要なんです。レーティング予測をよりよいものにすることで、リストのトップに表示する作品の精度を高くすることができるのです。
ギズ 多くのNetflixユーザーは自身の好みについてそんなに意識していないと思います。アルゴリズムのほうが、ユーザーの好みをよく知っているのかもしれませんね。
Neil コンテストを開催したとき、「星いくつか?」という質問に対して、ユーザーは「これは3つ星」「4つ星」「5つ星」というふうに評価していました。しかしあなたの言ったとおり、ユーザー自身はあまり気にしていないんですよね。
なので現在わたしたちが実際に行なっているパーソナライゼーションは、レーティングデータを使いません。例えばユーザーがある番組を視聴し始めたら、これは重要なデータになるんです。ユーザーがその映画をおもしろいかもしれないと思った、ということがわかるからです。そこで10分間だけ視聴して他の番組に移ったとすれば、ユーザーがその映画を気に入らなかったこともわかります。もし一気にすべてを視聴し終えたとすれば、おそらくその映画が気に入ったのだろうと知ることができます。Netflixに登録しているユーザーは月に平均30〜40時間のコンテンツを消費しています。だから、彼らの好みを示す80のデータポイントを取得できますよね。ユーザーが視聴し始めたものと、視聴し終えたものです。2つのエピソードを連続で見たかもしれません。これもデータになります。そして、ユーザーが10ヶ月Netflixを使用した場合、彼らの好みを表す大量のデータが集まります。わたしたちはユーザーによりよいコンテンツを返すためにこれらのデータを使うことができるのです。
ギズ さきほどToddさんと話したのですが、Netflixは家族でアカウントを登録できますよね。例えば、両親と子どもは同じDNAを持っていることが多いので、親の好みを子どもへのレコメンドに活用するアルゴリズムとか、どうでしょうか。
Neil 今はやってないんですが、いいアイディアかもしれませんね、メモメモ(笑)。家族で使えるというのもNetflixの強みかもしれませんよね、コンテストを開こうかな(笑)。
ギズ Neilさんはコンピュータサイエンスの博士号を持っていて、理系のバックグラウンドが強いように思います。これは今のNeilさんの立場である、マネジメントにも役立っていると思いますか?
Neil わたしはコンピュータサイエンティストとして教育を受け、長い間コードを書いてきました。しかし、今は1,000人ものチームを率いています。だからコーディングの時間なんて全然ないんです。さきほどマネジメントと言いましたよね? でも、わたしは自分のことをマネージャーとは思っていないんです。むしろリーダーだと思っています。わたしたちをどんどん前に進めてくれるようなチームを作ろうとしています。そうすればマネジメントがなくても、よいプロダクトを作っていくことができます。わたしたちの組織はとてもマネジメント・フリーな環境なのです。コンピュータサイエンスというのは一部で、他にも統計やデータ、機械学習、AI(人工知能)などの分野にも関わってきました。また、消費者心理学も学びました。
ギズ 消費者心理学ですか?
Neil どのように人は選択をするのか?ということについての心理学です。どのように選択肢をとらえているか? 人々が必要なことを伝えるために、ユーザーインターフェイスに入れるべき言葉は何なのか?といったことです。消費者心理学はとても複雑怪奇で、わたしは理解するのに人生の半分を費やしたかもしれません。たとえばユーザーインターフェイスをデザインするとしましょう。人々は彼らに見えている選択肢から、欲しいものを挙げます。しかし、もし人々の前にすべての選択肢を並べたら、きっと混乱するでしょう。実際には、選択肢は限られた2、3個を挙げるべきなんです。これらのトレードオフを理解することは、優れたユーザーインターフェイスをデザインするうえでとても重要です。
ギズ ギズモードは最近AIに注目しています。NetflixにもこれからAIはどんどん関わってくるんでしょうか?
Neil わたしたちは機械学習に多大な時間を割いています。これはユーザーによりよい選択肢を提案するためです。大量のデータを取得し、それらを使ってユーザーが気に入る作品を提案する。たとえばわたしは自転車に乗るのが大好きで、「Breaking Away」などの自転車に関する映画をすでに観ていました。そしたら最近Netflixが、あまり世に知られていない映画「Rising From the Ashes」をおすすめしてくれたんです。これはルワンダでのサイクリングという非常に珍しいトピックを描いた作品でした。経済的に困窮し、逮捕され刑務所に入ったアメリカ人のサイクリストについてのドキュメンタリーです。彼が解放されたとき、ルワンダならまったく何もない状態から新しくサイクリングチームを作れると彼の友達が伝えます。彼はルワンダに向かい、虐殺後の混乱のなかにいる人々を集め、サイクリングチームを結成します。この映画は本当によかった。
実はこの映画には特に強い結びつきを感じているんです。というのも、この映画に携わった人を見つけて、連絡したんです。そうしたら、昨晩、この映画のなかの男性(アメリカ人サイクリスト)とディナーすることができたんです! とっても嬉しかったですよ。これが実現したのもNetflixのおかげでした。この映画を観た人はほんの一握りです。にもかかわらずNetflixがわたしを映画と繋げてくれたんです。
ギズ それはとても素晴らしい体験でしたね! アルゴリズムは以前あなたが自転車の「Breaking Away」を見たから、そのドキュメンタリーに行き着いたのでしょうか?
Neil それだけじゃないでしょうね。自転車がテーマの作品もあれば、リーダーが何もないところから何かを作りだすといった視点の作品もあったでしょう。アフリカについてのものや、素晴らしい自然の風景の作品もあったかもしれません。そのすべての要素がこの「Rising from Ashes」に詰め込まれていたんです。
ギズ Neilさんの好みを反映した作品をアルゴリズムが導き出したんですね。
Neil わたしがサイクリングが好きだから。また救いのある映画が好きだから、そしてアフリカに関する話が好きだからでしょう。また視覚的に素晴らしい作品も好きです。これらすべての要素が関係しています。ここで必要なのが機械学習です。こういった要素を見つけて、1つのタイトルを導き出すんです。
ギズ たしかにいくつも作品を見ていればそんなふうにユーザーにぴったりの作品がわかりますが、例えば新しくNetflixのユーザーになった人についてはどうでしょうか? 何もデータがないから難しそうですが。
Neil そうです。わたしたちはそれを「コールドスタート問題」とよんでいます。だから、新しいユーザーには、好きなことを5つ教えてもらうようにしています。これで50作品のグリッドが取得できます。これらの作品はアルゴリズムで選択されています。その作品が好きであれば、わたしたちは多くの情報を手に入れることができますし、好きでなくても、それもまた多くの情報を教えてくれます。ただ世間の人気だけを基にするよりも優れた経験となるはずです。
Neil わたしたちはアルゴリズムや機械学習に多くの時間を費やしています。しかし他にもたくさんのことに取り組んでいます。今年もっとも力を入れて取り組むのは、4KテレビとHDR(ハイダイナミックレンジ)の画質です。Netflixがオリジナルコンテンツを作成するときに、4KやHDR対応の特別なカメラで撮影してもらうこともできるでしょう。わたしたちはエンコードや配信もできますし、今後数年の技術革新に合わせて、テレビメーカーと共同で4KやHDR対応のデコーダーの開発に取り組むこともできます。わたしたちはパイプラインのすべてを所有しているんです。オリジナルコンテンツの制作からスクリーンへ表示するまで。高クオリティのフォーマットを提供することで、どこよりも早くマーケットに提供することができます。
ギズ テレビ以外にも、タブレットやApple WatchでNetflixを見たいというユーザーもいるでしょう。そういった小さいスクリーンのデバイス向けに何か開発を行なっていますか?
Neil もちろんです。スマートフォンで視聴するユーザーは今もっとも増えています。人々は大きいスクリーンが好きだということは明らかです。長時間の番組を観る場合はそれが一般的ですしね。しかし、スマートフォンでの視聴は増え続けていますし、注意しておくべきことです。現在進行中のプロジェクトのひとつは、携帯電話の帯域幅です。これはブロードバンドより混雑しがちです。例えば電車にいるとき、携帯電話の帯域幅は非常に混雑します。それでも高画質の映像を10cmサイズのスクリーンにエンコードできるような、新しいエンコードフォーマットを開発中です。毎秒250KBの画像を配信したいと思っています。現在では同じクオリティの画像では毎秒1MBかもしれません。MPEG2からMPEG4、HEVCになり、GoogleはVP9のような技術を開発しました。わたしたちはGoogleと一緒にVP10の開発に取り組もうとしています。これはスマートフォンやモバイルネットワークのために設計されたフォーマットです。
また、今まではテレビをリモコンで操作していましたが、もっとよい方法があるはずだとも思っています。これも取り組みたいことのひとつです。わたしたちはスマートフォンでテレビを操作するアプリを持っています。スマートフォンで選択して、テレビで見ることがでいます。これをスマートウォッチでもできれば、それはとてもいいでしょうね。
ギズ ありがとうございました!
Greg Petersさんは、ストリーミング(配信)とパートナーシップの責任者。日本エリアの担当でもあります。廊下ですれ違ったときには、「おはようございまーす!」と流暢な日本語で話しかけられて驚きました。初めて聞いたときには半信半疑だった、Netflixが取り組んでいる「例のグルグルが出ないストリーミング技術」の秘密も教えていただきましたよ。
ギズモード(以下ギズ) Gregさんは日本とカリフォルニア本社を行ったり来たりしているんですか?
Greg Peters(以下Greg) そうです。1カ月のうちだいたい1週間くらいはここ(本社)にいます。1週間から数日くらいは世界のどこかにいて、残りは東京にもいますよ。
ギズ Gregさんはストリーミングとパートナーシップの担当ですが、ご出身は物理学で、理系ですよね?
Greg わたしのバックグラウンドは間違いなくエンジニア寄り、技術者です。でも、パートナーシップに関してもこの10年くらい携わっています。なので両方が専門のようなものです。最近取り組んでいるのは、コンテンツに関しての分析と日本の視点からのマーケティングです。
ギズ Netflixという企業のユニークさは理系(エンジニア)と文系(クリエイター)のバランスからくるもののように感じられるんですが、どうですか?
Greg そのとおりだと思います。最近ではテクノロジーベースの会社がコンテンツの世界に入っていこうとしています。彼らはテクノロジーベースのカルチャーしか持っていません。同様に、コンテンツのカルチャーを持つコンテンツ会社は、テクノロジーをどう使うかを分かっていません。わたしたちはこの2つに挑戦し、バランスを取ることに取り組んでいます。両方を発展させていくんです。両方のいいところを活かして、価値を高めていける方法を模索しています。
わたしたちがNetflixのチャンスや問題について考えるとき、テクニカルな領域とビジネスな領域を組み合わせて解決しようとします。異なる方向から考えることができる、というのはとても便利なことです。また、そのために必要な人がNetflixにはたくさんいます。例えば、CEOのリードのバックグラウンドはとても技術寄りです。だからこそ、分析的なエンジニアリングセンスで物事を考えられると思いますし、加えてクリエイティブな要素も備えています。
ギズ アメリカではまだ4Kテレビはあまり普及していないように感じるんですが、Netflixは積極的に技術開発に取り組んでいますよね?
Greg それについてはいくつか理由があります。まずはじめにアメリカでは4Kの流れがあります。4K対応のテレビを買う人は急速に増えています。他のどんな技術革新より早いです。例えばHDのときよりもです。これが1つ目の理由。
もう1つの重要な理由は、動画のクオリティについてイノベーションを加速していくチャンスが大いにあると考えているためです。それも今まで見たことのない速度で、です。従来では、新しいビデオフォーマットなどは普及するのに10〜20年くらいかかっていました。なぜならすべてのブロードキャスト機器を一新する必要があるためです。新しいフォーマットがあるのに、こういった違いがイノベーションを遅らせていたんです。Netflixはコンテンツクリエイターでもありますから、制作側にも変革を起こすことができます。撮影に使用するカメラなどに対してです。また、配信手段としてインターネットを使っているため、わたしたちのインフラは非常に柔軟です。新しいビデオフォーマットならほんの2、3年で普及させることができます。だから4Kを始めたんです。この前まではHDRに取り組んでいました。しかしもっともっと、もっとやる必要があります。動画クオリティに関するイノベーションの速度はどんどん上がっていくはずだからです。
ギズ 4Kの先の未来も見えているということですね。
Greg 4Kの向こう、HDRの向こうです。今後どんどん動きが見えてくるでしょう、その先にある新しいフォーマットです。例えば高フレームレートや、色深度。4KやHDRと同じように、どんどん加速していくでしょうね。
ギズ 産業全体にインパクトを与える新しいビデオフォーマットを作りたいということでしょうか?
Greg もちろんそれもあります。しかしもっと大事なことが2つ。ユーザーによりよい体験を提供すること。そして、コンテンツの制作者にもっと素晴らしい体験を作り上げるツールセットを提供することです。
ギズ 日本には4K対応のテレビを購入する人もある程度います。でも、4Kで見るコンテンツがなかなかないというのが現状です。Netflixが日本のそういう状況に変化を与えると期待してもいいでしょうか?
Greg その通りです。また、わたしたちは4Kに積極的に取り組んでいるので、オリジナルコンテンツは、どんな作品であってもすべて4Kの恩恵を受けています。アクション、ドラマ、どんなジャンルでも4Kに対応しているんです。4Kにする意味のあるものはすべて4Kで制作します。これからもより多くのコンテンツを4Kフォーマットで提供し、新しいテレビを買った人にコンテンツを提供していきたいですね。
ギズ 現在の日本での4K映像のイメージといえば、どうしても大自然の映像などになってしまっています。
Greg その通りですね。わたしたちは目の保養とよんでいます(笑)。でも今後はNetflixのオリジナルドラマ「マルコ・ポーロ」が美しく4Kで撮影され、それを見ることも可能になるでしょう。「センス 8」も視覚的に素晴らしい作品の一例です。これからもっとクオリティの高い4K作品を配信していくつもりです。
ギズ Netflixのストリーミングでは、ローディング待ちのときのあの「グルグル」が表示されないと聞きました。その秘密の技術を教えてもらえませんか?
Greg それはわたしたちがよりよいユーザー体験のために力を尽くしてきたプロジェクトのひとつです。わたしたちが行なったのは、待ち時間を実質的に0にすることです。次にユーザーが何を見るのか、ストリーミングするのかを予測することなんです。ストリーミングが行なわれる前に、です。
ギズ どの作品を見るかを選んでいる間にも、裏ではストリーミングがもう始まっているということですか?
Greg この「予測」には2つのレベルがあります。まずレコメンド機能が基本的な予測ですよね。どういったコンテンツをユーザーが見たがるかを予測します。これが1つ目のレベル。2つ目のレベルでは、実際にユーザーが見るものを選んでいるときに、次に何を再生するのかを予測し、再生を押す前にストリーミングの準備をするようにしています。
ギズ すごい!
Greg もっとストリーミングを速くするために、たくさんのテクニックがありますし、わたしたちはもっと速くする方法を考え続けています。この数年でさまざまなアイディアを実行してきましたから、もっと良くしていくことができると確信しています。
実は、他のテクノロジーの発展と同じように、2年前までわたしたちはこれを実行するか決めかねていました。そこで、研究を重ねてユーザーからのインプットを得て、何が機能しているのか、していないのかについて学びました。そこからイノベーションの道筋が見えてきたんです。
ギズ 日本に進出するにあたって、日本ついてリサーチはされましたか? 何かおもしろい発見などありましたか?
Greg 異なる視点からのリサーチを行ないました。ただ単にマーケット自体や既存のプレーヤーを調査するだけではなく、実際に消費者に対するリサーチも行ないました。わたしたちは「Qualセッション」という時間を設けています、フィードバックセッションです。そこで学んだのは、日本は技術的にすごく進んでいる一方で、テレビのネット配信に関しては…ということ。テレビをネットに繋げることすら知らない人もいるんです。これがとてもおもしろく、驚くべき点だと思います。
ギズ 日本で有料のケーブルテレビは、地上波を超えるほどは人気がないんです。
Greg そうですよね。でも、これは地上波の放送だけを見てきたユーザーに対してまったく違うインターネットテレビの体験を提供するチャンスであるとも思いました。日本の消費者を良い意味で驚かせ、テレビに期待していることとは違う体験を提供するためにできることがたくさんあるはずだと考えています。
ギズ Netflixが世界中へ、また日本へ進出するなかで、宮崎駿監督のようなクリエイターがNetflixで作品をつくるということが起きたらおもしろそうですね。
Greg そんなことが起きるのかどうか…。でも、かつてのMiyazaki sensei(宮崎駿監督)は、多くの若いクリエーターと仕事をして、素晴らしい映画を制作してきました。そのような素晴らしい機会を、今度はNetflixが提供できるはずだと考えています。また、次の宮崎さんは誰なのかも考えています。今後10年、15年で出てくるクリエイターがわたしたちを驚かせてくれるでしょう。
日本にはすでに若い才能のあるクリエイターがいます。彼らは宮崎さんのような人と一緒に仕事をしていて、きっと素晴らしいストーリーを持っているはずです。そういったストーリーを世界中の人々に届けていく、そんなことができれば嬉しいと思います。
ギズ 海外に住んでいる人が日本のコンテンツを見ることもできるようになるということですか?
Greg もちろんです。日本でサービスを開始するにあたりでもっともわくわくしていることのひとつは、日本のコンテンツ制作者とのコネクションを強くできることです。これは日本国内にとどまらず、全世界への配信を念頭においています。海外に住んでいる方がもっと日本コンテンツをNetflixで見ることができるようになりますよ。
すべてのコンテンツはローカライズされます。つまり日本に届く世界中のコンテンツが字幕もしくは吹き替えに対応しています。同じように日本から届くコンテンツ、たとえばブラジルに届くとしましょう、それはポルトガル語の字幕、吹き替えに対応します。もちろん海外に住んでいる日本人であれば、元々の言語でも視聴できます。
ギズ テクノロジー全体がとても速く変化しています。なにか起こしたい変化はありますか?
Greg パーソナライゼーションをよりよいものにするうえで、やらなければいけないことがたくさんあります。ビデオのクオリティを高くする、アプリケーションをもっと使いやすくする、もっと夢中になれる仕組みを作る。今後たくさんの変化が起こってくるでしょう。各機能を少しずつ向上させるための変化です。その中でもっともイノベーションが加速しているのは、コンテンツ関連かもしれません。従来の配信制限を解体していくこと、世界中の人々にコンテンツを提供していくこと。これらの変化による消費者への影響は、他の技術変革よりも大きくなるでしょう。
しかしこれは来年起こるような変化ではありません。何年もかけて産業に影響を与えていく変化です。10年も20年かけてです。Netflixはこのプロセスにおける小さなプレイヤーです。でも、この変化を推し進めるうえで、とてもイノベーティブな存在であると思っています。
ギズ ありがとうございました!
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3名のテックサイドのみなさんにお話を聞いて、ネトフリは常に進化する、イノベーティブな企業だと感じました。そして最新のテクノロジーを妥協することなく探求しながらも、いつも「ユーザーにとって一番いいこと」に立ち返ってサービスを磨き続ける姿勢からは、ワクワクするようなエンタメの未来を感じることができました。
第3回目は、「コンテンツ」。映像作品のプラットフォーマーとしてだけではなく、パブリッシャーとしても大きくなったネトフリのコンテンツ事情に迫ります!
image by Kaori Suzuki
source: Netflix
(斎藤真琴/取材協力:Elephant Studio、Haruka Mukai)