アップルのCEOといえば、いまだに故スティーブ・ジョブズのカリスマ性が想起される人も多いかもしれません。でも、現CEOであるティム・クックも負けてはおりません。同じくらいとても魅力的なんです。
ジョージ・ワシントン大学の卒業式の式辞で、彼はアップル上層部への道のりについてジョークを交えながら話しました。
式辞といえば、「謙虚ぶっているけど結局これって自慢話じゃないの…?」みたいな話とか、うんざりするような楽観主義な話になりがちですよね。でも、彼の場合は違いました。知事や大統領、そしてジョブズとの出会いや南部での日々を、かなりプライベートな部分まで語ったのです。
今回はその中でもとりわけ印象的な部分を抜粋して紹介します。
「1977年の夏、16歳だった私は、アラバマ州にあるロバーツデールという小さな町に住んでいました。私の育った町です。高校2年生の終わりには、米国農業電力協同組合(NRECA)主催の作文コンテストで入賞しました。何について書いたのは忘れましたが、はっきりと覚えているのは手書きで何度も何度も推敲を重ねたことです。タイプライターはとても高価で、私の家族には手の届かない代物でした。コンテストの結果、国中から何百という子どもたちがワシントンに集められた中、アラバマ州ボールドウィン郡から選ばれたのは2人で、その1人が私でした。
ワシントンに旅立つ前、アラバマの代表である私たちは州都であるモンゴメリーへ行き、そこで州知事と会いました。しかし、その州知事とは1963年に黒人学生の入学を阻止しようとアラバマ大学の校門の前に立ちはだかったジョージ・ウォレスだったのです。ウォレスは悪しき人種隔離を容認していました。彼は、白人と黒人、南と北、労働階級といわゆるエリートを相容れないものとして考えていました。なので、彼に会うことは私にとって名誉なことではありませんでした。
私にとってのヒーローは、キング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)やロバート・ケネディであり、まさにウォレスが賛成していた人種隔離と戦ってきた人たちでした。私が育った場所では、キング牧師やケネディは尊重されていませんでした。子どもの頃、南部はまだその歴史と向き合っていく途上にあり、教科書には南北戦争は州の権利のために行われたとさえ書かれ、奴隷制度に触れられることはほとんどありませんでした。
だからこそ、私は自分自身で何が正しくて真実なのかを見極める必要がありました。両親、教会、自分自身の心などから学んだ倫理観を頼りに、真実を見つける旅へと私は出発したのです。図書館では、誰も存在に気づいていないような本を何冊か読み、そのすべてがウォレスの間違いを証明していることを発見しました。人種隔離のような権利の侵害は断固として存在してはならないものであり、平等こそが正しいのです」
ウォレスと対面したときは、私はまだ16歳であり、期待される通りに握手をしましたが、自分自身の信念を裏切るような気持ちがしたのを覚えています。なんというか、魂の一部を売り渡しているかのような…間違ったことをしている気分でした。
「ワシントンを訪れた20年後、これまで私が持っていた前提をすべて覆してくれるような人物に出会いました。彼こそがスティーブ・ジョブズです。スティーブは素晴らしい会社を築きました。彼は、一度は会社を追放されましたが、廃れた中からその素晴らしさを見つけ出すために戻ってきたのです。
そのとき彼には知る由もなかったのですが、スティーブは残りの人生を捧げて、会社を救うだけでなく、彼以外誰も予想していなかったような更なる高みへと導いていくことになるのです。
多くの人たちは忘れていると思いますが、1997年と1998年のはじめは、アップルにとって行き着く先を見失っていた時期でした。しかし、スティーブは、アップルは再び輝きを取り戻せると考えていました。そこで、私に協力したいかどうかを尋ねてきたのです。
彼のアップルに対するビジョンは、強力なテクノロジーを使いやすい道具へと落とし込み、その道具を通して人々が夢を実現し、その結果、世界がより良く変わっていくというものでした。
私はエンジニアになるために勉強をしてきただけでなく、MBAも取得しました。現実的に考えながら問題解決をしていくための訓練を受けてきたのです。世界を変えるというビジョンを掲げた40代の鼻息荒いおじさんの前に座って話を聞くことになるなど全く予想していませんでしたね」
「クパチーノからはるばるやって来たのは、どんな仕事を選んだとしても前進することは可能だということが伝えたかったからです。いつだって批判や皮肉を言うだけの傍観者はいます。また、善意を持ちながら全く貢献しない人たちも同じくらい有害です。キング牧師のバーミンガム刑務所からの手紙にはこう書かれていました。『私たちの社会は、悪人たちの敵意に満ちた言葉だけではなく、善人たちのぞっとするような沈黙も残念に思う必要があるのです』と」
「iPhoneをお持ちのみなさん、サイレントモードにしておいてくださいね。そして、iPhoneをお持ちではないみなさん、中央通路に携帯を出してください。アップルには世界クラスのリサイクルプログラムがあります」
会場の笑いをかっさらうことにも余念のないクック氏。さすがです。
Darren Orf - Gizmodo US[原文]
(阿部慶次郎)