どんな異常事態が起こっても「やれやれまたか......」と呟くようなローテンションの主人公は、ライトノベルの定番です。今回紹介する『クズだけど異能バトルで覇権狙ってみた』(KADOKAWA メディアファクトリー)の主人公・神薙アスマも、そんなローテンションでテンプレ的主人公です。でも、テンプレとはひと味違った部分も。MF文庫ではカバー裏面に作品のあらすじがあるんですが、本作はこんな書き出しになっています。
※※※※※※※※※※※※
死んだ魚のような目をした男子高校生、神薙アスマ。友情や信頼は全て偽物だと考え、自分で自分を「クズ」と言う彼の元に~
※※※※※※※※※※※※
ここを書いたであろう編集者に、何かムカツクことでもあったのかと邪推してしまうような書き出し......。でも、そんな書き出しで始まるのも仕方ないくらい、主人公がクズでした。
読むまではてっきり、主人公はなんでもそつなくこなしはするけれども、ローテンションでやる気のない、いわゆる"真面目系クズ"だと思っていました。でも、本作の主人公・アスマはそんな枠には収まらない本当のクズでした。というのも、ローテンションでやる気がないだけならともかく、個人的な欲求で世界の滅亡を願っています。自分にやる気がないのは結構ですが、人を巻き込むことになんら感情を抱かない、クズというよりゲスな主人公。
さて、タイトルにもある通り、本編では異能バトルが展開されます。
※※※※※※※※※※※※
もうその手の話は飽きたんだけど! と言いたくなるが、現実に巻き込まれちゃってるんだから仕方がない。
※※※※※※※※※※※※
冒頭、いきなり交戦中、上記の言い訳(?)のように、ラノベでは「いつもの」な感じの異能バトルです。この作品におけるバトルは、パートナーの神様が武器に変身して戦う「最終戦争(アポカリプス)」と呼ばれ、これに勝利すると、なんでも願いが叶うといいます。そして、戦いに重要なのは神様の力ではなく、それを使う人間の信念。つまり、主人公・アスマは、「世界を滅ぼしたい」という信念だけで異能バトルに勝利していきます。
ここまでアスマがローテンションに世をすねて暮らすこととなった原因は、小学校三年生の時の事件にあります。幼なじみだった宗也とマシロの2人と遊ぶ約束をしていたアスマ。しかし、雨の中何時間待っても2人は現れません。アスマは風邪を引いて死にかけますが、たいしたことがないと思ったのか、出張中の両親は看病もしてくれず......。そして、風邪が治って登校した時、アスマは2人が転校していたことを初めて知るのです。
......確かに可哀想でトラウマにはなるでしょうけど、それが「世界を滅ぼしたい」という願望にまで直結するなんて......。アスマのもとにやってきた恋愛の女神・アルテミスは、唖然とする読者の気持ちを代弁してくれます。
「それはいくらなんでも初めから性根が腐っていたとしか思えないのですが......」
アスマに呆れ、女性の魅力を通して彼に世界の素晴らしさを教えようとするアルテミス。しかし、アスマはそれに対しても抵抗します。性欲よりも「世界を滅ぼしたい」願望が勝っているなんて......! 幼なじみとのトラウマ話が挿入されたところで、勘のいい読者はおわかりだと思いますが、その2人はバトルの参加者として再会、こうして戦いは混迷を深めていくことになります。
ライトノベルなので、物語は主人公・アスマがクズな人生から再生していくようにも見えますが......前半のやる気のないクズっぷり、責任転嫁して世界の滅亡を希求する精神性のインパクトが強すぎて、とてもイライラする主人公になっています。でも、主人公に心底ムカつきながら読めるラノベって結構貴重かもしれませんね。
(文/大居 候)