シェアハウスに暮らして毎日“やるべきこと”を決めずにのんびり起床。庭を眺めながら猫と遊び、気が向いたら散歩に出かけて古本屋や図書館で見つけた本を読み、サイゼリアで遅い昼食を取る。お金はそれほどないけれど、かと言って“働く”ということに縛られずに悠々自適…。
『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』(pha/幻冬舎)の著者は、こんな幸せそうな暮らしをしている。なんでも、著者のpha氏は日本一有名なニートらしい。そして、「あくせく働いて結婚して家庭を持ち、お金を稼いで生きていきましょう」という既存の価値観に縛られることなく暮らしてみては? とこの本で提案してくれている。シンプルにまとめてしまえば、「辛いんだったら働かなくてもいいじゃない」ということだ。
確かに、この本の冒頭、「はじめに」で書かれているように、なんだか「つらい」と言っている人が最近は多いような気もする。実際、自分自身を振り返っても、取材に行くために早起きするのはとてもつらいし、毎日襲い掛かってくる原稿の締め切りに怯えるのもつらいといえばつらい。親しい編集者と酒でも飲めば、そこでの話もなんだかんだ言いつつ愚痴ばかり、だったりするのが現実だ。
まあ、出版という世界は未曾有の大不況。だからこんなネガティブな話ばかりになるのかもしれないが、それでなくとも「つらい」と言っている人が多いのは事実のようだ。
で、この本の著者のように、仕事をやめて好きなことをやってのんびり暮らしていきたいか…と言われると、それもまた難しいというのが多くの人の感じることだろう。何しろ、「年収100万円前後ではその時生活できても病気になったらどうしよう」「結婚もしなくて、子供もいないと、老後は孤独死が待っているだけだ」などなど、これまたネガティブなことばかり考えてしまうのだ。実際、こんなにうまく“ニート”ができている人なんて、本書の著者を除けばそうはいまい。
今の生活を続けても、つらいつらいと愚痴ばかり。日本一有名なニートよろしく“若隠居”暮らしをしようにも勇気がなくてマイナス思考。その結果、結局明日からも今日までと同じ毎日を過ごしていくのが、“凡人”たちの人生なのだ。
と、こう書いてしまえば、はっきり言って身も蓋もない。そこで、毎日あくせく働いている人たちは、本当につらくてたまらないのか、ちょっとだけ考えてみたい。
個人的な話で恐縮だが、自分は正直それほどつらくない。短期的に見れば、それはどの仕事でも同じことだろうけれど、つらいことはたくさんある。けれど、トータル的に見たら、意外と楽しく仕事をしている。人は「好きな仕事をしてるんだから当たり前でしょ」などと言うかもしれない。で、これに対して「好きなことを仕事していると、かえってつらいことばかりなんだ!」と言いたくなるのは人の常。
けれど、ぶっちゃけて言うと、やっぱり楽しいのだ。そうでもなければ、連日のように朝まで仕事をするなんて、酔狂以外の何物でもない。「仕事だからやらなきゃいけない」だけではやっていられない。
もちろん、多くの人は好きなことを仕事にしているわけではないだろう。だが、「ノー残業で職場の飲み会も完全自由参加、もちろんパワハラなんてなくて上司に怒られることもなく、そのうえ給料もたっぷり」でなければブラック企業だと思っているようなごくごく一部の人を除けば、たいていの人はそれなりに仕事にやりがいを見出して頑張っているのだ。毎日つらいことも多いけれど、なんだかんだやりがいを持って頑張っている。だから、「のんびりやりたいことだけやって生きていこう」なんてことは、憧れることはあっても、実際にやろうと思うことはサラサラないのだろう。
だったら、『持たない幸福論』は読んでも意味がないということなのか。いや、そうではない。仕事にやりがいも持てずに本当につらい日々を過ごしている人には、もちろん大いに役に立つことだろう。しかし、むしろこの本は決して本書の著者のようなお気楽ニートになることはないような人こそ、読むべきだと思う。
今、時代はものすごいスピードで動いている。昨日まで当たり前だった価値観を、どんどんぶち壊すことで時代は変わっているのだ。そして、古い価値観にしばられている人は、時代に取り残されるばかりだ。そして、今の時代は“多様性”を認める時代だという。金子みすゞじゃないけれど、「みんなちがってみんないい」時代なのだ。なのに、「会社に入ってまともに働かないのはおかしい」だとか「結婚して子供を作らないのは国を滅ぼす」みたいなことを言い出すというのは、実に変な話である。
だから、いつも真面目に会社に行って働いて結婚して子供を作って…という“普通”の暮らしをしている人こそ、「既存の価値観にとらわれた人」にならないために、この本を読み、著者のような自分にとってはありえないような暮らしをしている人の価値観を知り、受容したほうがいいだろう。そして、読みながら「許せん!」と憤らないくらいの心の余裕を持つことも、毎日“楽しく”働いて暮らしていくためには、必要なのかもしれない。
文=鼠入昌史(Office Ti+)