話題のライトノベルの魅力を担当編集者が語る「ラノベ質問状」。今回は、江波光則さんの「我もまたアルカディアにあり」(早川書房)です。早川書房の高塚菜月さんに作品の魅力を聞きました。
−−この作品の魅力は?
「明日から働かなくてもいいよ」と言われたら、人生をどう過ごすか。「我もまたアルカディアにあり」は、誰しもが(おそらく)一度は考えたことがあるであろう、働かずとも衣食住が保障された世界を舞台にしたSFです。
小説家になることを夢見て、身体を削ぎ落とした男の旅路「クロージング・タイム」。何があっても建築現場で身体を駆動させることを願った男と、国家公務員の奇妙な関係「ペインキラー」。人類の災厄となることを目的に作られたバイオ・ドローンの最後の戦い「ディス・ランド・イズ・ユア・ランド」など、働かずとも生活が保たれ、ただ娯楽を消費するだけでいい建物「アルカディアマンション」でのさまざまな人生を、連作短編形式で描いていきます。
魅力は、終末世界を舞台にしたことで際立ってくる「人間の業(ごう)」です。「地上で生活できず、全員が引きこもりになる」という終末世界で、それぞれの短編の登場人物がどう生きていくのか。そこに人間の(よい意味での)どうしようもなさを感じます。
−−作品が生まれたきっかけは?
学園小説以外の作品を読んでみたいと思っていて、こちらからSFでお願いしました(江波さんはSF小説を読むのも、SF映画を見るのもお好きだとうかがっていたので)。
そこからプロットを考えていただいて、江波さんから「人間がみんな引きこもったら」というアイデアをご提案いただきました。きっかけになったのは「プレッパーズ〜世界滅亡に備える人々〜」というナショナルジオグラフィックチャンネルが撮ったドキュメンタリーだとか。
−−江波さんはどんな方でしょうか。
外見の第一印象は、和製チャイナ・ミエヴィルみたいな感じでした! 暗がりにいると怖い感じが……。あと腕相撲強そうです。編集者と初めて会うときは、全員驚かれるそうです。
内面的には、人間の自意識や動機をよく観察している方だと思います。誰がどんな行動をとって、そのとき何を言ったのか、それがどんな動機に起因しているのか……。細かい部分までよく覚えていらっしゃって、そういう「目」が作品に生きているように思います。
−−編集者として、この作品に関わって興奮すること、逆に大変なことについてそれぞれ教えてください。
興奮することは、改稿のたびに全く違う作品になっていったところです。「我もまたアルカディアにあり」は四つの短編と、それを包むような虹彩異色症の一族の年代記で構成されているのですが、プロット段階では完全に独立した短編集の予定でした。短編の内容もプロット通りになった作品はなく、虹彩異色症の話に至っては影も形もなかったので、最初に読んだときは驚きましたね。
大変なことは興奮したことと同じです。江波さんとの編集作業はスリリングです。最終的な構成になってからも、全体のまとまりを検討して1編ボツにさせていただいたり……(同じ世界を舞台にした、野球しかできなくなった人たちのお話がありました)。
−−今後の展開は?
「アルカディア〜」では枚数と構成の関係で、体制側、管理する側のお話を入れられなかったので、ぜひ書いていただきたいと思っています。本作がご好評いただけましたら実現すると思いますので、興味を持っていただけましたら、ぜひよろしくお願いいたします!
−−最後に読者へ一言お願いします。
発売してからたくさんの方に感想をうかがったのですが、好きな短編がバラバラで面白いです。それだけ多様な魅力がある小説なのではないかと感じていまして、ぜひ読んでいただけますと幸いです。税抜きで840円の本なのですが、私が石油王だったら買い占めて配り歩き、「アルカディア〜」と江波さんの布教活動をしたいくらい、いい作品だと思っています。
早川書房 第二編集部 高塚菜月