聴こえないところにこそ、音楽の「楽しさ」ってあるのかも

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音楽は聴くものじゃない、感じるものだ!とね。

ヒトの耳の可聴範囲、つまり僕らが音を聴くことができる範囲は、だいたい周波数にして20Hz〜20kHzだといわれています。数字が大きくなるほど高い音です。これには個人差や年齢差がありまして、年をとってくるとだんだん高音が聴き取りにくくなってきます。

その特徴を逆手にとり、若い頃にしか聴こえないレベルの不快な高音(蚊の飛ぶ音に例えて「モスキート音」などと呼ばれます)が、コンビニの店頭などで「たむろ」防止に使われていたりしますよね。僕はほぼ聴こえないので、モスキート音をキャッチして「うわっ!」とかなっている方の姿はじつに摩訶不思議です。

それはさておき……。もちろん自然界には20Hzを下回る低い音や20kHzを上回る高い音も存在します。例えばコウモリなど、ヒトの耳には聴こえない帯域の音で鳴く生き物もいます。これは、いかに耳の鋭い若者でもなかなか聴き取れないでしょう。

実は楽器もそうなんですよ。調べてみるとヒトの耳に聴こえない音の帯域でも結構鳴っていたりするのだそうです。

そこで、実際どのくらいの音がヒトの可聴範囲外で鳴っているのかをこの「目」で確かめるべく、今回ソニーさんの協力を得て、いろいろな楽器の音を計測してみることにしました。

いろいろな楽器の音を計測してみた


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おじゃましたのはソニーシティ大崎にある試聴室。特殊な測定器をつかって、その楽器がどの帯域で鳴っているのかを調べてみます。


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最初に計測したのはサヌカイト。主に香川県で採取されるで、讃岐岩とも呼ばれます。楽器っぽくない見た目ですが、木琴のように並べて演奏される楽器なんですよ。サヌカイトのカンカンという心地よい音は周波数の計測に適していて、きれいな波形が現れるのです。


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その波形がこちら。このグラフ、横軸は音の周波数を表わしていて、右に行けばいくほど高い音です。縦軸は音の大きさで上にいくほど大きい音。矢印で記した突出部に注目してください。これらは音の成分なのですが、ヒトが聴こえるといわれている上限の20kHz以上の音が多く含まれ、最も高いところでは160kHzあたりまで存在していることが分かります。

ヒトの耳に聴こえない音がこんなに鳴っているんですね。コウモリにはどんな感じで聴こえているんでしょうか……?


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次。こちらはティンシャと呼ばれるチベットシンバル。やはり20kHz以上にも成分があり、最高70kHzくらいまで存在します。


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音は大きくなくても音楽のなかで密かに活躍するトライアングルも成分豊富ですね。最高で100kHzあたりまで存在しています。


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ここでちょっと打楽器から趣向を変えてバイオリンを計測。45kHzあたりまで成分があるのが分かります。ポップミュージックでもよく聴く身近な楽器も、こんな高音域の音が鳴っているんですね。

「器の大きい」ヘッドホンでハイレゾ音源を聴いてみる


いやぁ結構鳴ってるもんですね。これまで聴いてきた曲にも聴き逃していた音がたくさんありそうです。ここらへんのヒトの耳には聴こえない帯域の音も、いわゆる「ハイレゾ」と呼ばれる音源には収録されています。

それを再生するためには「ハイレゾ対応」のものが必要になるのですが、一般的なヘッドホンでは、それほど高い帯域まではカバーしきれていません。もし愛用のヘッドホンがあったらスペック表の「再生周波数帯域」というところに注目してほしいんですけど、例えばここに「5Hz - 24,000Hz」と書かれていたら下は5Hzから上は24kHzまで鳴っているということです。

これだと、ヒトの可聴範囲よりは広いですが、実験で計測したような高音域が十分にカバーできているとは言えないですよね。


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そこで今回、用意したのがソニーのMDR-1Aというヘッドホン。これの再生周波数帯域は「3 - 100,000Hz」。下は3Hzから上は100kHzまでと器がでかい。「ハイレゾ対応」と呼ぶにふさわしいスペックです。

これだけ器が大きいと、音楽の聴こえ方も変わってくるのでしょうか? そのあたりを検証するために今回、音楽プロデューサーの早川大地さんに協力を依頼しました。


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早川さんは東京大学文学部・美学芸術学専攻を卒業後、東京エスムジカやSweet vacationでの活動、ELTや、中島愛を始めとする数多くの楽曲提供・プロデュースでも知られるアーティスト。東京エスムジカの方向性にも通じますが民族音楽にも造詣が深く、世界中のさまざまな楽器の音を知る方です。

MDR-1Aの特徴を知るべく早川さんが選んだのはインドネシアの民族音楽「ガムラン」の音源。いろいろな大きさの打楽器を合奏するエキゾチックなスタイルが特徴の音楽です。もちろん音源は可聴範囲以上の音が収められたハイレゾ仕様のもの。

早川さん:基本的に倍音(その音の整数倍の周波数に存在する、音色を決定づける音の成分)の多いものほどハイレゾの効果が分かりやすいはずなので、その代表的なものとしてガムランを選びました。僕の知る限り、インドネシアのガムランのスタジオは日本に比べて設備は古いですがハイレゾで録れる環境は早くから整っていたんですよね。おそらく、自分たちの音楽にはそれが必要だということで重要視していたんだと思います。

これは興味深いエピソードですね。確かにガムランのトランシーな感じは、音の解像度が上がれば上がるほど引き立つような気がします。


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事前に音源を解析したグラフがこちらです。

音源に音がどのくらいの周波数まで存在しているか把握するためには、音源の無音時の瞬間と音が出ている瞬間の測定値を比較することが不可欠なため、2本のグラフが存在しています。赤いラインは音源を再生したときにたくさんの楽器が一斉に鳴っている部分を瞬間的に測定したもの、青いラインは音源を再生したときに楽器の音が入っていない無音部分を瞬間的に測定したものです(一般的に言うところのノイズフロア)。

少し説明が長くなりましたが、ここから読み取れるのは、このグラフで一番高い周波数96kHzのあたりまで成分があり、やはりかなり帯域が広いということ。MDR-1Aはその世界観をどうとらえるのか。早川さん、聴いてみていかがですか?


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早川さん:すごくいいですね。臨場感がすごい。ヘッドホンの奥にある空間が広くなったイメージ。演奏しているその場にいる感じがします。

そして「こういう環境で聴いてもらえたら作り手の意図もより伝わると思う」と続ける早川さん。

早川さん:制作の現場では、周波数特性などはハイレゾ仕様で作っているのですが、聴いてくれる方の環境がハイレゾ仕様でない場合には十分に魅力が伝えられなかった。この問題が解決される可能性があるのはうれしいことですね。

それは僕たちリスナーもうれしいですよ! スタジオで音楽が完成したときの興奮が伝わってくる気がしますもん。

MDR-1Aの開発を担当したソニーのV&S事業部サウンド開発部ヘッドホン音響技術担当部長の角田直隆さんも、ソニーのサイト「The Headphones Park」でのインタビューでこう言っています

聴こえない周波数だから関係ない、という声もありますが、20kHz以下の周波数の音でも正確な波形として表現するにはより高いサンプリングレートが必要となります。

やはり器の大きいヘッドホンだと聴こえてくる世界も違ってくるようです。

画が見える、没入感がちがう。音楽はヒトの感情に作用する


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ここでさらに、ガムランのような倍音たっぷりの音源だけでなく、ごく一般的なポップミュージックのハイレゾ音源も聴いていただきました。

早川さん:ボーカルの声が張ったところやギターがガンと強く鳴ったところで違いがよく分かりますね。画が見えるサウンドというか、ギターであれば音だけじゃなくて手の動きまで感じられるイメージ。没入感が全然違う。聴いていて楽しいです。

また「高音域だけじゃなくて低音域もすごくいい」という早川さん。MDR-1Aは、先行モデルのMDR-1Rで見直された低音域の鳴りを継承し、EDMに代表される超低音域も表現できる、世界のトレンドに対応した音作りがなされているそうです。さすが鋭い。


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早川さん:僕は、音楽は最も魔法に近いものだと思っているんです。聴くだけでうれしい気持ちになったり悲しい気持ちになったり、空気の振動がヒトの感情に作用する。そのときには可聴範囲外の音も重要な役割を果たしているに違いない。ガムランなどの民族音楽は可聴範囲を検討するようなオーディオ産業が立ち上がる以前からあったもので、演者も聴き手も可聴範囲外の音がヒトに与える影響を知っていたはずなんですよね。ハイレゾって、そういう人間が本来感じていた喜びを取り戻せるものだと思うんです。

うおーなんだかステキ。単に音を聴くだけじゃなく、よろこびが感じられるヘッドホンか。音楽を聴くという日常的な行為に、新しく特別な体験をもたらしてくれそうですね。


source: SONY MDR-1A

(奥旅男)