「野蛮人」と蔑まれていた日本人観光客が「世界一」になったワケ | ニコニコニュース

週刊誌『TIME(タイム)』が「世界の観光地を荒らすニュー・バーバリアンたち」という特集を紹介していた
ITmedia ビジネスオンライン

 先週、TBSの『Nスタ』で「外国人観光客の迷惑・危険行為」が特集されていた。

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 山梨県忍野村(おしのむら)にある忍野八海(おしのはっかい)の池で、外国人観光客が大量のコインを投げ入れて、地域住民がかなり問題視しているとか、民家の敷地内に中国人観光客が入ってパシャパシャと記念撮影をするなんてトラブルを紹介して、VTRの終わりには「あなたのまわりの疑問や怒り! 情報提供をお願いします」とテロップを出して情報提供まで呼びかけるチカラの入れようだった。

 TBSといえば『噂の東京マガジン』のように住民の反対運動を煽(あお)って、それで大騒ぎするというマッチポンプを得意とするので、この「不届き外国人観光客に住民の怒り爆発」もコンテンツ化する気マンマンなのはよく分かる。ただ、このようなトレンドの兆しは他メディアにもみられる。今後、テレビや新聞で「外国人観光客叩き」が増えていくだろう。

 訪日観光客数が右肩上がり、オリンピックへ向けて「観光立国」の機運が高まっているなかで、「しかし、いい話ばかりじゃありません」と逆張りを打つのはメディアの性(さが)みたいなものなのだが、世界的にみても「野蛮な外国人」というのは、数字がとれるキラーコンテンツの側面があるのだ。

 例えば『読売新聞』にこんな記述がある。

 至る所で、たばこを吸い、吸いがらを捨てる。とくに男性の団体客は傍若無人だ。「カネを払うから、島巡り遊覧飛行の窓際座席を確保してくれ」と要求する客もいる。「先着順に着席です」と断る。と、客は空港のゲートが開いたとたん、全力疾走して行列を追い抜く。それをアメリカ人が冷笑して見ている。

 やれやれ、これだから中国人観光客はと顔をしかめる人も多いかもしれないが、実はこれは「日本人観光客」の行動なのだ。

●世界の観光地を荒らすニュー・バーバリアンたち

 今から28年前、世界的な週刊誌『TIME(タイム)』が「世界の観光地を荒らすニュー・バーバリアンたち」として日本人の観光客を特集した記事を、『読売新聞』(1987年8月31日)が引用したものである。

 当時、世界の観光地において日本人観光客の嫌われっぷりは、いまの中国人観光客に勝るとも劣らないほどだった。

 『タイム』は、ローマ元老院議場の大理石の床を記念に削って持ち帰った日本人観光客をおもしろおかしく紹介したが、イタリアの教会では懺悔(ざんげ)している人にフラッシュを浴びせるというトラブルも多発。バチカンのサンピエトロ寺院が、日本人へ向けて「寺院内のフラッシュ撮影禁止」を告知するハメになった。ドイツでは静岡の金融機関の団体客が文化財になっている建物に「○○信用金庫一行」とヤンキーみたいな落書きして謝罪をした。欧州だけではなく、アジア、米国など世界中の観光地でハメを外した。『Nスタ』で報じられた中国人観光客がかわいく思える暴れっぷりだ。

 断っておくが、昔の日本人もひどかったんだから、日本にやって来る外国人観光客のマナーの悪さも大目にみろとか主張したいわけではない。

 ここまでやりたい放題で煙たがられた日本人も十数年で「世界一マナーが良い観光客」に成長することができたということが言いたいのである。

世界トップレベルの品のいい観光客

 バーバリアン(野蛮人)とバカにされてから13年が経過した2000年、米オンライン旅行会社エクスペディアが世界の観光都市17カ所の観光局などを対象に調査したところ、日本人観光客の評価はドイツ、米国に次いで第3位。マナー部門ではドイツに次いで第2位に浮上したのだ。落書きをして怒られていた日本人がわずか13年で見事、「世界トップレベルの品のいい観光客」に生まれ変わったというわけだ。ちなみに最近、ドイツの市場調査会社が行った調査では、日本人観光客が「マナー」「清潔さ」「静かさ」「クレーム率」などで世界最高点を獲得している。

 ここまで変貌を遂げた背景に、何があったのだろうか。

 1988年、今の中国人みたいにどこにいっても「アジアの成金め」と鼻つまみ者扱いで、これはまずいと考えた日本政府は「日本人海外旅行安全等対策研究会」を立ち上げ、航空機内でマナーの大切さを呼びかけるアナウンスなどを開始した。民間も動き出し、旅行会社、代理店からなる日本旅行業協会が「海外旅行安全の手引き」という「ガイドブック」を初めてつくったのもこの時期である。

 このような“教育”がなされたのは、日本人観光客が右肩上がりで増加していたことが大きい。嫌われてはいたが、世界中どの国にいっても日本人はありがたがられた。なぜか。その謎に答えるようなクイズが『毎日新聞』(1995年6月27日)に出ている。

Q1.観光客の減少を懸念するフランス政府は、日本人を優先して誘致しようと観光業者に呼びかけた。その理由は?

A.金離れがいい

B.マナーがいい

C.団体が多く扱いやすい

D.仏語が話せないので文句が少ない

 答えはAである。日本人は他の国の観光客に比べ、平均4倍の金を落とす“上客”として評判が高かった。確かに当時はシャネルやアルマーニで「爆買」をする女子大生や働く女性に世界中の観光業者は衝撃を受けた。今、中国人観光客の「爆買」にわれわれが口をあんぐりとしているのとまったく同じである。

「札束が歩いている」という対応

 日本人観光客の「マナー向上」に、フランスのように「客」として受け入れてくれた国が果たした役割は大きい。ああゆう国だ、内心は「野蛮人め」と蔑んでいたかもしれないが、「カネを落とす」という経済効果をとるために「熱烈歓迎」のポーズをとった。こういう対応を受けているうちに日本人も「観光客」としての立ち振る舞いを学んでいったのである。

 これは正しい。日本の中国人観光客への対応もこれでいいと思っている。

 中国人観光客がたくさんやって来るので、インバウンド消費が増えているのは紛れもない事実だ。赤字続きだった富士山静岡空港は中国航路が3倍になったことで、空港ロビーは人で溢れかえっている。東京、富士山、大阪というゴールデンルートには経済効果を生んでいる。彼らを「札束」だと思えばいいのだ。

 よく「観光立国」に反対している人は、「日本は外国人観光客に頼るほど落ちぶれていない」みたいなことを主張されているが、事実として落ちぶれている。経済産業省が2010年にまとめた『産業構造ヴィジョン』にはハッキリと「日本経済の行き詰まり」と明記されている。

 技術がスゴい、日本人には世界に誇るうんたらかんたら、というのは一部の企業であって、これまで何の効果も出ていないことからも分かるように、日本の地方経済が蘇るものではない。世界に誇る技術もない、かつてのように公共事業でも食えない地方の人々が潤うような施策で、しかも具体的に実現できそうものは今のところ「観光立国」くらいしかない。

 潤うのはホテルなどの観光業だけだと妬みみたいなことを言う人もいるが、関連産業への波及効果もあるし、地方にまず必要なのは「カネを循環させる」ことだ。そしてなによりも大規模製造業が次々と撤退している中で、「雇用」を生み出すことができるのだ。

 さらに言えば、「マナーの悪さ」を逆手にとる方法もある。「バーバリアン」だった日本人観光客が欧州を暴れまわっていた時、フィレンツェはファストフードなど安い店の新設を禁止。レストランやホテルも高額で非常にカネのかかる「高級な観光地」だというPRを展開した。

 どうせマナーが悪いのなら、カネ払いのいい日本人に狙いを定めてガッチリと搾り取ってやろうと開き直ったのである。結果、日本の成金たちが押し寄せて、フィレンチェは大いに潤った。

 ぶっちゃけ、中国のバブルもいつまでもつか分からない。バッシングなどしている暇があるなら、日本もフィレンチェ方式でカネ払いのいい中国人観光客に狙いを定めて、今のうちにガッチリと搾り取るべきではないのか。

(窪田順生)