2010年にチュニジアで始まった民主化運動「アラブの春」の波を受け、シリアでは19歳のサッカー選手が民主化運動のリーダーとして立ち上がった。公開中の映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』は、平和主義だったはずの革命運動が徐々に戦争へと傾いていくさまを切り取ったドキュメンタリー映画であり、シリア内戦の戦況そのものを活写している。
映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』オフィシャルサイト
本作は、即興の歌でデモ活動を行いそのカリスマ性がシリアの若者を強く惹(ひ)きつけた民主化運動リーダーのバセットさんと、シリアの戦況を撮影する24歳のカメラマン、オサマさんを中心に、若者が民主化革命を先導する姿を追う。バセットさんは将来有望なユース代表ゴールキーパーであったが、夢を手放しシリア革命のリーダーになる。政府軍の攻撃に対抗するためにバセットさんは武器を手に取り、いつしか武装集団を率いるようになった。
一方、オサマさんはバセットさんとは対照的に、武器を手に取る仲間たちから徐々に離れていく。内戦で負傷したオサマさんは、退院後、仲間たちの変わり果てた姿に涙を流す。平和主義を誓い歌でのデモ活動を行っていた仲間たちが皆銃を持ち、革命軍の編成について熱狂的に語り合っているのだ。オサマさんはそっとその場を離れ、シリアの街の細部を黙々とカメラに収める。
今月2日、本作上映館の渋谷アップリンクで上映後にトークイベントが行われ、5枚組写真「シリア難民の子どもたち」を撮影したフォトジャーナリストの川畑嘉文氏が登壇した。川畑氏は撮影時に出会った自由シリア軍(反政府派組織)の青年たちについても触れ、「普通の青年たちが、何の訓練も受けないまま自動小銃を持っている」と写真を見せながら話す。「この映画を観た皆さんは、アサド政権が悪で自由シリア軍が正義だと思われるかもしれないが、アサド側にだって戦争なんてしたくない被害者はたくさんいる。僕は、銃を持った時点であの青年(バセットさん)も正しいことをしているとは言いたくない」と戦争に正義はあり得ないということを強調した。
本作には、オサマさんが前線の戦略を練る仲間たちの集会から抜け出し、撮影に出掛ける姿を捉えたシーンがある。オサマさんは「僕は、国際社会にシリアの現状が届くことを願っている」と話し、カメラを構えシャッターを切り続けた。(編集部・高橋典子)
映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』は渋谷アップリンクほか全国順次公開中