ずっと不思議に思っていたことがあります。映画などの声優に、著名な俳優や女優を使う傾向についてです。
私は高校時代からアナウンスメントに向き合ってきました。朗読の大会で全国優勝をするときなどは、事前に、どれだけの練習をしたか。同じ原稿、同じ文章を何日読み込んだことか。弁論大会でも同じでした。いったい何度練習に練習を繰り返したことでしょう。
私たちアナウンサーは原稿を、細心の注意をもって読みます。もちろん、テレビに出られているだけで満足し、適当に読む若いアナウンサーがいることは事実ですが、それでも、声を鍛え、のどをケアし、普通の方々では、信じられないような陰の努力を続けています。そんな生活を、もう20年以上です。
そんな我々アナウンサーでも、絶対にかなわない……そう感じている職業が、「声優」さんです。彼らは本当にすごい。「声」だけで、全ての表現をしてくれます。恐ろしいほどの技術です。彼らは、普通の方々が思っているよりも、ずっとプロフェッショナルなのです。
数日前、「ジュラシック・ワールド」を見てきました。世界的に興行成績が大変なことになっているこの作品。日本でも当然、大ヒットです。しかし、子どもを連れて「3D日本語吹き替え版」を鑑賞した私は、一点だけ、どうしても残念に感じてしまうポイントがありました。
主人公の男性の声を担当したのが、日本の大手芸能事務所に所属する、イケメン俳優さんだったのです。
一瞬でわかる声でした。彼はとても特徴のある声をしているので、私のように声の仕事をしていなくても、ほとんどの方が分かってしまうことでしょう。人気の連続ドラマにも何度も出ています。俳優としての、彼の演技を、私は好きです。何と言っても抜群にイケメンですし、低めの、少ししゃがれた声があのスマートな演技に合うのです。実際に、彼はヒット作品に何度も出ています。
しかし、今回の声の吹き替えに関しては、ファンの皆様に大変申し訳ないのだけれど……。
はっきり言って、お世辞にも褒められたものではありませんでした。
「声だけの」演技があまりにもできていないのです。いつものままの彼の声なのです。抑揚も、チェンジオブペースも、声の技術はいくつもあります。
しかも、声を出すたびに、彼の姿が思い浮かびます。「ジュラシック・ワールド」のハリウッドの役者さんは、かなりガタイのしっかりとした、男らしさあふれる役です。正直言って、あの役者さんの外見に合う声ではないのです。
事務所は気づかないのでしょうか? 専門分野以外をやらせてしまうと、その役者の評価を下げてしまう可能性もある、ということに。役者さんは一生懸命やっているだけなのに、見ている側は、なんだか楽しみを邪魔されている気がしてしまうのです。それはみんなが不幸になります。
映画配給会社にも、芸能事務所にも、強く言いたい。
「声の世界」はプロ中のプロがうごめく世界です。そして、その技術に、視聴者も慣れてしまっているのです。適当に足を踏み入れていい世界ではないです。
行き過ぎた「顔出し俳優さん」の「声優挑戦」は、本当に慎重になってほしいと思います。同じ、「声の世界」にいる人間の一人として、強く願います。
長谷川豊(Hasegawa Yutaka)