政治的にはぎくしゃくした関係が続く日中関係だが、東京や大阪の繁華街には中国人旅行客があふれている。これまで海の向こうの存在でしかなかった中国人が「爆買い」のお客として現れたことは、日本人の中国への意識を徐々に変えていくかもしれない。
しかし、やはりお互い分かり合えない部分もある。その最たるものが歴史問題だろう。
安倍晋三首相は8月14日、「先の大戦」について「深い悔悟」、「痛切な反省と心からのおわび」というキーワードを盛り込んだ戦後70周年談話を発表した。記者会見では「中国の皆さんには、戦後70年に当たっての我が国の率直な気持ちをありのままに受け止めてほしい」と呼びかけたが、中国からは案の定、厳しい言葉がかえってきた。
中国外務省の報道官は「軍国主義の侵略戦争の性質と戦争責任についてはっきり説明し、被害国の国民に心からわびるのが当然であり、この重大な原則問題ではいかなるごまかしもしてはならない」とコメント。官製メディアも「反省とおわびは間接的に言及されただけ。日本が主体である侵略と植民地統治について真剣な反省がないだけでなく、第三者のような口ぶりなのには驚かされる」(8月14日の新華ネット)などとこき下ろした。
もっとも、こうした反応は予想された範囲内だ。中国は対日戦勝記念日と位置づけている9月3日に、北京で大規模な軍事パレードを予定している。安倍首相はパレード前後のタイミングで訪中する可能性を模索しており、中国当局は国民の反日感情のガス抜きをはかりつつ、日本との妥協点を探っていると見るべきだろう。
中国はなぜ、歴史問題で日本に厳しい態度をとり続けるのだろうか。「爆買い」ブームをみていると、中国人の日本への見方は改善してきたようにみえるかもしれないが、週刊東洋経済が8月22日号(17日発売)の『中国人の攻略法』で特集しているように、それとこれとはまったく別の話だ。
中国人がここまで70年前の歴史にこだわる理由を、あちらの立場で考えてみよう。そこには、「中国は本来あるべき姿から遠ざけられている」という、歴史コンプレックスとでもいうべき心情がある。
習近平国家主席は「中華民族の偉大な復興」という言葉をたびたび口にする。「復興」というからには、「戻るべき姿」があるはずだ。そこにあるのはズバリ、アヘン戦争以降に欧米列強と日本の侵略を受けて弱体化した中国を再び世界の強国にしたいという願望だ。
世界一の経済大国へのこだわり
かつて中国は圧倒的な世界最大の経済大国だった。英国の経済学者、アンガス・マディソンの推計によれば、中国のGDPは1820年には世界の32.9%。当時の中国を統治していたのは満洲人の清王朝だ。清朝は康煕帝から乾隆帝の統治期間(1661年~1795年)に「康乾盛世」といわれる最盛期を迎え、領土も最大規模に広がった。
アヘン戦争(1840~42年)以降の列強の侵略で没落した中国が「復興」を考えるときに、この時期をイメージするのは無理もない。世界経済での中国のシェアは20世紀に入ると1割を切り、それは鄧小平による改革開放政策の開始まで続いた。
だが、中国はかつての栄光を取り戻しつつある。マディソンの推計はモノの値段は世界中で同じだと仮定した「購買力平価」によるものだが、同じベースで世界銀行が算出したデータによれば2014年段階で中国の購買力平価ベースGDPの世界経済に対するシェアは16.6%。16.1%の米国をしのいで世界一になった。清朝以来の「世界最大の経済大国」への復帰は中国人のプライドを大いにくすぐった。
もっとも、中国の人口の多さを考えれば、世界経済での中国のシェアが2~3割程度あるのは当然ともいえる。それを長年にわたり妨げてきたのが列強の侵略であり、最も長期間にわたり中国と戦火を交えた日本の罪がいちばん重いという見方が中国には根強い。
1930年代には中国でも上海を中心とした長江下流域で工業化が進み、日本の1900年代初頭の水準に達していたとする研究もある。そうした近代化の芽が1937年からの日中戦争で摘まれ、経済発展が決定的に遅れたという思いが、中国が日本に抱く怒りの根底にある。中国人が日本経済を見る目にも、そうした屈折があることは知っておくべきだ。
そこから「強国」への道を再び開いたのが共産党だというのが、現在の中国を動かすストーリーである。共産党統治を支持しない人でも、「中国の近代化を日本が妨げた」という認識はだいたい持っていると見ていい。「いまや最盛期に復帰しつつある」という中国人の自信が、対外的な強硬姿勢につながりやすいのは容易に想像がつく。その最大のターゲットである日本が、中国が抱える被害者意識を刺激することは、非常に危険なことだということは覚えておいたほうがいい。
いまや中国は日本の貿易総額の2割を占めるダントツの経済パートナーで、ビジネスパーソンには彼らと付き合わないという選択肢はない。13億人もいるだけに、同じ中国人といっても多種多様の考え方をする人がいるのは当たり前のこと。それでも、彼らに共通する行動様式や思考のパターンはある。とくに歴史や文化を押さえたアプローチをしてこそ、中国人のつぼを押さえることができる。彼らと堂々と渡り合うためには、そうしたポイントをしっかり学んでおくことが肝要だ。