大人になればなるほど、かつて自分も経験したはずの“青春の日々”や“純粋な片思い”がファンタジーに感じる。
プールの塩素の臭いも、昼休み後の授業の眠たさも、吹奏楽部のチューニングの音も、もう思い出せない。
それゆえ、最近では青春まっただ中を舞台とした少女漫画や純愛映画も、テーマを聞いただけでお腹いっぱいになってしまう。
駆け引きや打算のない、純粋無垢な男女のやり取りをフィクションの中でみても、リアリティを感じないのである。
今回はそんなひねくれた大人でも、純粋に青春の輝きを思い出すことができる漫画作品がある。それが『彼女はろくろ首』(二駅ずい作・講談社コミックス)だ。
もともと、イラストの投稿に特化した人気のsns、『pixiv』内で人気を博した本作。
後に『別冊少年マガジン』で連載となり、8月7日に単行本が発売された。
主人公の、純粋すぎる乙女心に素直に共感できるこの作品。
その背景には、彼女が“普通のJKではない”点が挙げられる。
主人公の鹿井なつきは“首がのびる”以外は平凡な高校一年生。
彼女は同じマンションの隣に住む、クラスメートで幼馴染の一樹に片思いをしている。
一樹は、(ろくろ首であるにも関わらず)ホラー全般が苦手ななつきに、グロテスクな漫画や恐怖映画を見せる、“ザ・幼馴染のいじわる男子”。
その一方で、彼女の気持ちを知ってか、知らずか、天然なのか、一樹はまったく悪びれる様子もなく「お前んち入れて?」「ウチ来る?」などと問いかけ、なつきの乙女心を刺激してくる。
こんな、“ベタなやりとり”も、普段なら苦笑してしまうが、本作では不思議とキュンキュンしてしまう。
作中で彼女がろくろ首であることは周知の事実として描かれている。加えて登場人物はだれも彼女を怖がらない。
運動神経がとび抜けていたり、人一倍天然ボケな性格を持つ人間と同様に、“まわりと少し違う”個性にうらやましがられたり、めんどくさがられたりするだけだ。
むしろこの物語を読み進めていくうちに“首がのびること”がものすごく素敵なことに思えてくるから不思議だ。
ベランダから落としてしまったボンタンアメを、地面に着く直前に首をのばして食べる。
体育の授業のサッカーで、超人的なへディングをする。
そんな彼女の“一見変わった長所”にツッコミを入れる家族やクラスメートにほっこりしてしまう。
「ろくろ首=怖い」という常識が崩され、チャームポイントになってる劇中の世界(現実ではありえない平和な設定)が、「高校生若いなー」と揶揄する読者の色眼鏡をはずさせてくれるのだ。
また、上記のような勝手な憶測を抜きにしても、一樹にドキドキさせられて卒倒しそうなほど赤くなる鹿井なつきは女性キャラとして、飽きさせない可愛さがある。
彼女の“何も知らない少女にしか出せない素直な表情”は、“首をのばせること”と同じくらい、ヒロインとしての大きな魅力だ。
“まったくゾッとしない”けど“世代を問わずきゅんきゅん必至の”ろくろ首の漫画。
この本をてに取って今だ感じたことのない“ほっこり”に浸ってみて欲しい。
(文:小峰克彦 モデル:田中もみこ)