現在、自主制作映画ながら各方面で話題沸騰中の塚本晋也監督最新作『野火』。
圧倒的な予算によるハリウッド超大作が連発したこの夏において、ある意味最も奮闘した日本映画といえるのではないだろうか。見たいけど公開劇場が少ない…という人も多かった事だろう。
だがしかし、終戦の日である8月15日には、なんと25歳以下は500円で観れるという情報をSNSでキャッチ。しかも、17:00の回に監督本人によるティーチイン付き。
たまたま25歳以下で金欠による映画不足を引き起こしていた筆者は、この恩恵に預かるべく渋谷のユーロスペースへと足を伸ばした。
ストーリー第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。
日本軍の敗戦が色濃くなった中、田村一等兵(塚本晋也)は結核を患い、部隊を追い出されて野戦病院行きを余儀なくされる。
しかし負傷兵だらけで食料も困窮している最中、少ない食料しか持ち合わせていない田村は早々に追い出され、ふたたび戻った部隊からも入隊を拒否される。そしてはてしない原野を彷徨うことになるのだった。
空腹と孤独、そして容赦なく照りつける太陽の熱さと戦いながら、田村が見たものは・・・
公式サイトURL(http://nobi-movie.com)より引用
■タダ事じゃない「戦場の狂気」
映画好きな筆者は、戦争映画もある程度よく観るジャンルであった。その為、『野火』の前評判が「相当にグロいらしい」というのを耳にしても、さして気にも止めなかった。戦争映画は大抵グロい物だと思っていたからだ。だが、実際に本編を観ると、『野火』が並みの戦争映画ではないことに気付いた。腐乱する死体、千切れる腕、飛び散る脳みそ、腐った眼孔にたかる蛆、そして日本人同士の狂気ーーこれは「タダ事じゃないな」と思わずにはいられなかった。
筆者は大学で歴史を勉強していた為、太平洋戦争で何が起きたのかを大体理解していたつもりではあった。しかし実際に映像として再現されたレイテ島の戦場は、まったく自分の想像力が及ばない世界の光景であった。ここまで説得力のある映像だとは思わなかったので、まるで映画が頭の中にある戦争の知識と一体化し、モヤのかかっていた「太平洋戦争」そのものがハッキリと浮かび上がる様だった。
200万人以上の戦死者を出し、そのほとんどが餓死か病死という事実を、ここまで強く印象付けるものは人生でも初めて経験である。内容については、少しでも興味のある方は実際に作品を見た方が良いと思うので、ここでは割愛させていただく。
■立ち見が続出するほど超満員でのトークショー
『野火』の上映終了後、興奮と沈黙の空気が入り交じる劇場内に塚本晋也監督と森優作さんが姿を表した。
この時、後ろを見回して初めて気が付いたのだが、なんと場内では階段部分を含めて隙間なく人が座り込んでいた。こんなにも多くの立ち見を出した劇場上映は、初めてだったかもしれない。ふと、こんなにも力のある映画は、できれば座って見たいと強く願ったのを覚えている。
●終戦記念日での上映について
塚本監督は「上映終了後にお客さんの前でしゃべるのは気まずい」とジョークを交えながら、和やかにトークセッションが始まった。ここではその一部を紹介したい。
冒頭の自己紹介で塚本監督は「ずっと終戦記念の日に上映したいという風に思っていて、そう思っていた期間がすごく長かっただけに、本当にその日が遂に来てしまったというのが信じられない。」と感慨深けに語った。
●戦争について
そして『野火』の舞台となったレイテ島の戦いそのものについての話題になり、森氏は「全然知らなかった。」と本心を明かした。
塚本監督も「森君が言ったように、戦争のことについては全然分からなかった。祖父母、父母も話す雰囲気が無かった。『野火』を作ると決めてからも、よほど意識的に勉強しないと戦争がどのような時系列かもよく分からなかった。」「ただ『野火』を作るにあたって、自覚的に調べることで、色々なものがリアルに見えてきた。映画を作る作業を通して、時間は戦争からどんどん経っているが、意識としては戦争のことが良く見えてきた。色々な方の話を聞くきっかけがあって、その方々の話と調べてきた知識とが結びつき、一体感を持ってだいぶ色々なことが、ああ、こうだったのか、と分かるようになってきた。」と自身の戦争に対する意識の変化を語った。
この他にも、役作りをする上での苦労話や撮影現場の疲弊した状況なども語られた。
●今の日本における『野火』
また塚本監督は現在の日本では「戦争のリアリティはなかなか掴めないと思う」とし、「昔は戦争は絶対悪で、無いのが当たり前という世の中だったので、『野火』を作るのも普遍的な物語を作る、という感じだった」「今はそういう感じでは無く、『野火』を作ること自体がバッシングを受けるような雰囲気さえあった」「あんなに遠かった戦争が間近に迫ってる感じがある。森君のような若い世代の人は、アンテナを立てて耳をダンボにして社会と接していかなければならない世の中になってしまった、という気がする」と述べた。
最後に、「いまこのような世の中で、『野火』を作り始めた時期はピッタリだったと感じる。幸か不幸か。」と、本作と現代日本の時代状況の変化について胸中を明らかにした。
●質問コーナー
さらに、塚本監督と観客との間で質問コーナーも実施された。その中から幾つか紹介したい。
Q「『野火』を作る上で、市川崑版を意識したか?」
塚本監督「『野火』は原作の印象があまりにも強いので、そのことを描きたかった。また市川崑版とは大分違うと思ったので、あまり市川崑版の事は意識せず作ることができた。自分のやりたい事をやろうと思ったのではなく、とにかく原作に近づこうとした。大自然の中で、人間が泥だらけになっていく対比を描きたかった。かなり根本的な違いがあるとおもう。」
Q「飛び散る肉などが非常にリアリティがあった。技術の進歩などで、死の表現にこだわった点などはあるか?」
塚本監督「今回は大自然の美しさをクッキリと撮りたかった。また兵隊の死についても、戦争体験者などに意見を聞き、人間が完璧な「モノ」になっていく、嫌なカタチになって壊れていく様子をこだわろうとした。造形担当の人も相当頑張って、陸で死ぬとこうなる、水で死ぬとこうなる、など資料を用いて細かく追究した。」
■25歳以下500円の真意とは
公式HP上にある塚本監督のコメントによると、
映画は一定の思想を押し付けるものではありません。感じ方は自由です。しかし、戦争体験者の肉声を体にしみ込ませ反映させたこの映画を、今の若い人をはじめ少しでも多くの方に見てもらい、いろいろなことを感じてもらいたいと思いました。そして議論の場に使っていただけたら幸いです。(引用:http://nobi-movie.com/intro.html)
とのこと。
今回、劇場にはかなり多くの25歳以下の若者が訪れ、中には10代の人も散見された。塚本監督は壇上から、多くの若者が500円で観賞していると知ると、かなり嬉しそうにしていたことからも、特に若い世代に見てもらいたい、という希望が強かったのかもしれない。静かながらも、熱のこもった塚本監督の語り口調には、何か特段の思いが有ったように感じられる。
個人的にも、戦争映画好きさえ突き動かすとてつもない「力」のある映画なので、是非普段映画を見ない若者に見てもらいたい作品であると考える。
塚本晋也監督最新作『野火』は渋谷ユーロスペース(9/18(金)まで)他全国で順次公開中。監督自ら舞台挨拶を数多く行っているので、紹介はtwitter(@tsukamoto_shiny)を是非確認してほしい。
※トップ画像は『映画「野火 Fires on the Plain」オフィシャルサイト』(http://nobi-movie.com/)より引用、他は撮影許可の下、筆者撮影。
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