アマゾンは9月、年会費3900円のプライム会員向けに超ド級の新サービスを追加する。その名は「プライム・ビデオ」。米国では2011年2月に開始したサービスで、その後、イギリス、ドイツ、オーストリアとへ展開。5番目のサービスインとなる国が日本だ。
いったい、どんなサービスなのかといえば、文字通り「ビデオ」を楽しむサービスだ。アマゾンは9月の開始時に何本のビデオを用意するかを公表していないが、現在、米国では1万8408本(映画が1万6598本、テレビ番組が1809本)あるため、おそらく数千本だろう。コンテンツは外部から調達するだけでなく、アマゾンが自主制作したオリジナルコンテンツも取りそろえる。
これはプライム会員の特典として追加されるサービスで、プライム会員は追加料金を支払う必要はない。手元にあるパソコン、iPhone、Android端末などから、ストリーミング再生で楽しむことができる。
アマゾン・ジャパンのジャスパー・チャン社長は「現在プライム会員の方にビデオを楽しんでもらうだけでなく、『ショッピングはしないけれども動画が好き』という方を取り込んでいきたい」と狙いを語る。
「今でもプライム会員は、配送のサービスだけでも十分にお得だと思う。しかし、このお得感をさらに増やしていきたい。(7月15日に行ったプライム会員向けセールの)『プライム・デー』もそのひとつだったが、今回のプライム・ビデオもそうだ。これで終わりではない。さらに新しいサービスをどんどん追加していく」
米国では昨年6月、100万曲以上を取りそろえた音楽聴き放題サービスの「プライム・ミュージック」を開始している。これも、"どんどん追加していく"新サービスの有力候補だろう。
アダルトビデオは排除
「プライム・ビデオは幅広いコンテンツを取り揃えてスタートするため、多くの人が満足できると思う。まだ数字については開示できないが、幅広い品揃えこそ、アマゾンがもっとも重視していることであり、そこは妥協していない」と米本社で同事業を担当するティム・レスリー副社長は胸を張る。ただし、”幅広い”の中には動画コンテンツの巨大市場であるアダルトコンテンツは含まれていない。あくまで、ファミリー層を対象とした健全なサービスだ。
アマゾン・ジャパンは、これにより3つの異なる方法で動画コンテンツを顧客に届けることができるようになる。物理的な円盤(BD/DVD)を箱詰めして自宅に届ける伝統的な方法、アマゾン・インスタント・ビデオによって一定期間再生できるレンタル、そして今回のプライム・ビデオだ。
プライム・ビデオによって無制限に視聴できるようになれば、レンタルやBD/DVDの販売に悪影響はないのだろうか。これに対する答えは、「相乗効果のほうが大きい。とくにプライム・ビデオでは多くの顧客が気軽に再生できるようになる。認知が拡がることになり、コンテンツ業者にとってメリットは大きい」(レスリー副社長)。この論法をその通りだと感じるか、反発するか。コンテンツ業者の受け止め方は、さまざまだろう。
数多くの特典を加えることで「プライム会員であること」の価値を高めていく――このアマゾンの戦略は「年会費4000円」で会員限定の小売店を展開する「コストコ」に通じるところがある(コストコ、年4000円の会費はどれだけお得か)。
コストコでは会員でなければ買い物をできない。プライム会員でなくても利用できるアマゾンとは異なるが、目指している事業モデルは似ている。会員数を増やしていけば会費収入が安定的な収益基盤になるため、会員になったときの特典=オマケを増やしていくことに余念がない。
オマケということは、「実質無料」という考え方もできる。こんな破格の動画配信サービスの登場で、月額課金制の動画配信サービスは大きな影響を受ける。具体的に影響を受けるのは、日本テレビ傘下の「Hulu」と9月2日に上陸する「Netflix(ネットフリックス)」だ。
米国の動画ストリーミング市場ではネットフリックスの存在が圧倒的だ。ニールセンの調査によるとネットフリックスは36%のトップシェアを誇り、アマゾンは13%、HuluPlusは6.5%に過ぎない。そのため日本においてもネットフリックスが有利に展開できそうなものだ。
しかし、実は米国と日本では条件が違う。米国のアマゾンのプライム会員の年会費は99ドル(日本の約3倍!)、月額換算で8.25ドルもする。ネットフリックスの料金は最安値プランが月額8.99ドルなので、ほぼ互角だ。
それに対し、日本のアマゾンのプライム会員を月額換算すると325円。ネットフリックスの日本での月額料金は最安値プランでも650円である。つまり、圧倒的にネットフリックスのほうが高い。先行するHuluにいたっては月額 933円もする。
コンテンツの中身を考慮しない乱暴な言い方だが、日本市場ではアマゾンの「激安ぶり」が際立つ。日本において、アマゾンは強烈な武器を持ったのである。