2014年7月に,スクウェア・エニックスは,学生を対象としてゲームにおける人工知能(以下,AI)を解説するイベント「スクウェア・エニックスAIアカデミー」(以下,AIアカデミー)を開催したことがある。5日間にわたって行われたイベントの第1回(関連記事)は,応募者数が予想を超えるほど盛況で,2014年内に再度開催されたというほど,好評だったそうだ。
そのAIアカデミーで講師を務めた,ゲームAIの第一人者である三宅陽一郎氏が,CEDEC 2015にて「スクウェア・エニックス AIアカデミーの試み 「ゲームAI技術のための教育カリキュラムを考える」と題するセッションを開催し,AIアカデミーの総括と,それに込めた意図を説明した。三宅氏が何を考え,何を目指していたのか,セッションの概要をレポートしよう。
■AIアカデミーに見るゲームAIの教育カリキュラム
AIアカデミーの第1回は,2014年7月から9月まで,隔週で5回に分けて開催された。講師を務めた三宅氏を始め,学生の募集や講義の準備を行ったスクウェア・エニックスの負担は,決して軽くはなかったろうと思う。
三宅氏によると,もともとこの企画は,「スクウェア・エニックスがゲームに関する技術を世の中に発信する」(三宅氏)目的の一環として行われたそうだ。そのテストケースとしてゲームAIが選ばれたため,2014年はAIアカデミーを開催することになったという。つまり,今後はAIに限らず,グラフィックスやゲーム物理といった,ゲームに関わる技術がアカデミーの題材として取り上げられる可能性もあると思われる。
AIアカデミーの題材となったAIは,さまざまな企業や研究機関で盛んに研究されている分野だ。だが,ゲームAIはAI野の中でも,やや特殊なものである。一般のAI研究は,たとえば「人間と会話ができる」といった,幅広い用途で利用できる汎用的なものを目指しているのだが,ゲームAIはゲームという限定された世界の中で,有効に機能すれば十分であるためだ。
しかし,ゲームAIをより豊かなものにするには,「ゲーム産業からアカデミック,あるいは世の中に対して,知識の還元を行わなければならない」と三宅氏は考えているという。AIアカデミーを通じてゲーム産業が培ってきたAI技術が世の中に還元されることで「ゲームAIがより一般的な人工知能技術として鍛えられ,人材と技術の発展を促すという循環ができる」と,三宅氏はAIアカデミーに込めた意図を説明していた。
三宅氏は続いて,AIアカデミーで使われたカリキュラムを概説したが,ゲームAIを学習する上での問題として,「あまり体系化されていない」という問題点があるという。ゲームAIは,学問として整理整頓された世界ではないため,「ゲームAIの世界に一歩足を踏み入れるときにはワクワクするが,二歩目になると足を踏み外してしまう」結果になっているそうだ。
そんな混沌としたゲームAIを学習するひとつの道筋として,三宅氏が提案したものが,AIアカデミーのカリキュラムになっている。ゲームAIの構造と相関を示すマップを元に,5回に分けた学習カリキュラムが用意されたそうだ。
カリキュラムの第1回は,2014年7月掲載のレポート記事に概要をまとめているので,その内容をここで繰り返すことはしないが,ゲームAIを構成する3つのAIである,「キャラクターAI」「ナビゲーションAI」「メタAI」の概要と関わりが説明されというものだった。現在のゲームAIは,この3つが独立かつ連携したAIとして機能することで,ゲームを成立させているからだ。
カリキュラム第2回は「キャラクターが考える」をテーマに,キャラクターAIについて学習するという内容だった。キャラクターが思考し,行動を組み立てるという,キャラクターAIの基礎を学ぶものだ。
カリキュラム第3回では,キャラクターAIによって決定された意思にもとづいてアニメーションを生成し,環境とともにどう動かすかという内容になっていた。これは「ナビゲーションAI」と呼ばれるAIだが,「この技術は,混沌としているといえば混沌としている」と三宅氏は語る。人間を含めた生物は,とくに細かく考えなくても環境を認識して動けるのだが,生物がどのように環境を認識しているのかは,いろいろな説があるからだ。
カリキュラムの第4回は,AI同士のコミュニケーションである「エージェント・コミュニケーション」についての授業である。AI同士が情報をやりとりして,協調しながら動くためにはどうするか,という内容だ。
カリキュラム最後の第5回では,キャラクターの学習に関する講義が行われた。かつてのゲームは,ゲーム開発者が作ったとおりの内容をプレイするもので,内容自体が変わることはない。だが,現在では,プレイヤーの行動に合わせてゲーム内容が変化したり,自動的に新たな地形が生成されたりするゲームも増えている。ゲームにこのような変化を与えている技術のひとつが,「機械学習」である。
AIアカデミーで特徴的だったのは,それぞれの回で,「ワークショップ」と呼ばれるボードゲームを使った演習が行われていた点だ。演習は,三宅氏がAIアカデミーにおいて力を入れていたところで,「実際にAIの働きを体験することで,より深い理解が得られる」(三宅氏)と考えているそうだ。
■2015年末には,教育者を対象にしたゲームAIアカデミーを実施予定
2014年に実施されたAIアカデミーは,参加者からおおむね好評だったそうだ。「(主催者である)スクウェア・エニックスが調べた結果なので,バイアスがかかっているかも」(三宅氏)とのことだが,参加者のアンケートの結果は,下に掲載したスライドのとおりで,講義やワークショップの評価は高かったようである。
好評に終わったAIアカデミーに続いて,冒頭で述べた知識と技術の循環を作り出すために,三宅氏は2015年11月下旬から12月上旬に,「AIアカデミーアドバンス」という新たな企画を実施するそうだ。今後は学生ではなく,大学や専門学校の教育者に向けた新たなアカデミーのプログラムで,現役の教育者がゲームAIを学生に教えるための素材を,提供するものになるという。
すでに告知のWebページがオープンしているので,興味のある教育者の方は,参加をお勧めする。また,AIアカデミーアドバンスも,機会があれば4Gamerでレポートしたいと考えているので,お楽しみに。
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