警察官がスピード違反の車を捕まえたら「妊婦」が乗っていて、その出産の手助けをした――アメリカのシアトルで起こった、そんな出来事をロイター通信が報じた。
ロイターの報道によると、地元警察の巡査が、赤信号を無視してスピードを出していた車を停止させたところ、乗っていたのは、出産のために病院に向かう夫婦だった。夫が、巡査に「このまま病院に行かせてほしい」と懇願。巡査は救急車を手配した。
ところが、妻が産気づいたため、救急車が到着する前に、その場で出産。警察も手助けして、子どもは無事に生まれたそうだ。一見、心温まるエピソードのように思えるが、もし日本で同様の事態が発生した場合、道交法違反に問われることはないのだろうか。刑事事件に詳しい山崎真也弁護士に聞いた。
●「緊急避難」が認められるのか?「刑法上、急な危険を避けるためにやむを得ずにした行為は『緊急避難』として、犯罪とはならないケースがあります。ただ、今回のケースでは、おそらく『緊急避難』は認められず、道路交通法違反に問われることになるでしょう。
たしかに、愛する妻が出産間近という状態であった以上、出産のために病院で医師の診察を受ける必要があり、『緊急避難』の要件である『現在の危難』にあたるでしょう。また、道路交通法が守ろうとする交通安全秩序といった法益と、妻や胎児の生命・身体に対する危難を比較して、『生じた害が避けようとした害の程度を越えなかった』という要件も充たすでしょう。
ただ、『緊急避難』は、正当防衛のように、不正な侵害への対抗手段ではなく、いわば責任のない他人に迷惑をかける行為です。その危難を避けるために『やむを得ずにした行為』、つまり他に方法がなかったことが必要です」
今回のケースでは、他に方法はなかったといえるのだろうか。
「赤信号を無視したり、警察に検挙されるほどのスピードで運転したりする行為が他に方法がなかったと評価することは極めて難しいでしょう。実際の裁判でも、急病の子供を病院に連れて行くためにスピード違反を犯した親について、許される(検挙されない)速度で運転すれば足りるとして、『緊急避難』は認められませんでした(堺簡易裁判所昭和61年8月27日判決)。
もっとも、『過剰避難』として刑の減軽や免除が認められる可能性は十分あり得ます。さきほどの裁判でも、『過剰避難』として刑が免除されています」
山崎弁護士はこのように話していた。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
山崎 真也(やまざき・しんや)弁護士
茨城県弁護士会所属。弁護士登録当初から交通事故に関する損害賠償事件や刑事事件の弁護を専門的に取り扱っており、交通事故は400件以上を解決し、刑事事件も150件を超えている。
事務所名:クラージュ法律事務所