トヨタ自動車は、2015年度下期(15年10月~16年3月)から、取引のある主要サプライヤー(部品メーカー)に対して部品納入価格の値下げ要請を再開することを決めた。デフレ脱却を目指す政府の意向に応えるかたちで、下請けの経営支援を名目に部品値下げ要請を凍結していたトヨタだが、新興市場の先行き不透明感や、競争激化、さらに支持率が低下する安倍晋三政権への「お付き合い」に見切りをつけたかっこうだ。
トヨタをはじめとする自動車メーカー各社は、取引のあるサプライヤーに対して「原価低減」を名目に、量産車向けに継続納入する部品の価格について半期ごとに値下げを要請している。値下げ幅は、経営環境やサプライヤーの経営状態に応じて変動している。国内では、トヨタがサプライヤーに要請する値下げ幅をベースに、日産自動車やホンダなど他社が追随するかたちとなっており、部品納入価格はトヨタが主導権を握る。
トヨタは、新車販売台数が好調に推移し、業績が過去最高となったことなどから、14年下期と15年上期はサプライヤーに対する部品値下げ要請を見送った。デフレ脱却による経済成長を目指す安倍政権が企業に対して賃上げを求めていることに呼応、サプライヤーに対する値下げ要請を見送ることで、部品メーカーの業績改善分を賃上げの原資にしてもらうためだった。すそ野の広い自動車業界でも、業界最大手のトヨタが値下げ要請を見送る影響は大きいとみられ、トヨタとしても、円安誘導によるデフレ脱却と賃上げで経済成長を目指す安倍政権に協力する姿勢を示した。
しかし、トヨタにとって想定外だったのが、部品値下げ要請見送りに他社がほとんど追随しなかったことだ。トヨタが値下げ要請を凍結してから、富士重工業など一部で追随を検討する動きはあったものの、各社とも値下げ要請は継続している。
また、トヨタは一次納入部品メーカーへの部品値下げ要請の見送りで、二次、三次部品メーカーも値下げ要請を見送り、自動車メーカーを頂点とするピラミッドの最下層まで賃上げが浸透することを期待していたが、現実はそうはいかなかった。「トヨタが値下げ要請を見送っても、一次部品メーカーからは慣例通り値下げ要請があった」と話す二次部品メーカー関係者は少なくない。
●下請けからは不満も
トヨタの15年4-6月期連結決算は、純利益が前年同期比10.0%増の6463億円と過去最高だった。にもかかわらず15年度下期の部品値下げ要請を1年ぶりに再開するのは、取引先企業の賃上げなど、目に見える効果が現れていないのに加え、トヨタを取り巻く経営環境が激変しているためだ。
ブラジルやロシアなどの新車市場が大きく落ち込んでいるのに加え、タイやインドネシアなど、アジア新興市場も低迷している。そしてもっとも懸念しているのが中国市場だ。株価急落や不動産価格の下落などもあって景気の減速感が鮮明になっており、中国の新車市場も先行き不透明感が増している。中国は同国内最大手の独フォルクスワーゲン(VW)の新車販売が低迷していることもあって、値引き競争が激化している。15年4-6月期の業績は過去最高となったものの、為替水準の円安による効果が大きく、連結販売台数(中国除く)は前年同期より12万台マイナスだった。
為替水準も乱降下し、世界経済の先行き不透明感が増す中で、「(業界他社も追随しない)部品値下げ要請見送りを継続すれば、サプライヤーの競争力が失われ、ひいてはトヨタの競争力の低下にも結びつきかねない」(トヨタ関係者)と判断した。
ただ、トヨタは過去最高益を更新する16年3月期決算見通しを据え置いており、依然として高収益体質にある。明確な理由を示されない状態での部品値下げ要請の再開に「納得はできない」(部品メーカー)と、不満を示すサプライヤーも少なくない。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)