“指を失った登山家”栗城史多がエベレストに挑み続ける理由 | ニコニコニュース

 エベレスト登頂中に9本の指を失う事故に遭いながら、それでも登山を続ける不屈の登山家。単独登頂(※)、無酸素という独自のルールを課して山に挑むそのスタイルは登山界の常識を逸脱した、ともすれば無謀な挑戦との批判もある。エベレスト再挑戦に向けてトレーニングに励む異色の登山家をSPA!の特命記者として活動する前園真聖が直撃。その意気込みを聞いた。

※:栗城は「ベースキャンプから一人で登ること」を単独、「8000m以上の高峰に酸素ボンベを使用しないで登ること」を無酸素と定義している。

前園:栗城さんには前からお会いしたかったんです。今回はSPA!の特命記者(※)として取材を……。

栗城:ありがとうございます! 野口健さんと間違ってないですよね?

前園:間違ってないです(笑)。でも栗城さんのことを知ったときは驚きました。凍傷で指を失っても、まだ登山を続けるってスゴいなと。

栗城:’12年にエベレストで負った凍傷で9本の指を切断しましたが、やめる気はゼロでしたね。でもあのとき凍傷がなかったら、エベレストから帰ってこなかったと思います。

前園:それはどういうことですか?

栗城:登山家の死亡率が高い年齢は20代後半から30代前半なんです。

前園:気力も体力もいちばん充実している時期ですよね。なぜ?

栗城:自信があるからこそ自分の力量を過信してしまう。山の事故の大半は、体力や技術ではなく精神的なものが引き起こすと言われています。僕も登山の先輩からは「楽しくなかったら下山しろ」と教わりました。楽しめない状態は事故の一歩手前。事故のあと、改めてそのことを意識するようになりました。

前園:単独の登山を始めた理由は?

栗城:山をより身近に感じたいと思ったからです。集団で登れば安全性は高められるし、不安や恐怖、苦しみもシェアできます。でも一人の場合だと、苦しみも100%受け止めなければいけないし、孤独とも向き合うことになる。だからこそより大きな学びや成長があると思うんです。

僕はその苦しみに感謝して、「ありがとう」って言いながら山を登るんです。「苦しみはいつか喜びに変わる」と登山から学びました。苦しみはむしろ得難い経験だと思います。

前園:だから「ありがとう」ですか。しかし栗城さんはなぜ、そんなにメンタルが強いんですか?

栗城:一つは父の影響ですね。僕が大学3年生でマッキンリーに登ろうとしたとき、周囲は反対でボロクソに言われました。でも父だけは「お前を信じてる」って言ってくれて。父は、僕が凍傷で指を切断することになったときも、「おめでとう!」って言ったんですよね。

前園:「おめでとう」ですか!?

栗城:はい。理由を聞いたら。「まず生きて帰ってきたことに」。あとは「お前はその苦しみを背負って、また山に向かえる。それは素敵な体験じゃないか」と。復帰するまでは苦しいことばかりでしたが、そこには学びや成長があった。父はそのことがわかっていたんですね。

前園:素晴らしい話ですね。お父さんも山登りなさるんですか。

栗城:それが山には全く興味がなくって。「なぜ、そんな苦しいことするのか理解できない」と(笑)。

※2:NOTTVのバラエティ番組『SPA!監修 秘密のゾノ』(隔週月曜23時~)と連動しながら、世間をにぎわすさまざまな人、スポットに体当たりで潜入取材をしている。なお、SPA!編集部には前園の机もある。対談の模様は、『SPA!監修 秘密のゾノ』で9月7日(月)、9月21日(月)に放送(http://tv.nottv.jp/variety/secretzono/

◆エベレスト登頂生中継の費用は5000万

前園:もう一つ聞きたかったのが、栗城さんはただエベレストに登るだけじゃなく、その様子を動画生中継する「冒険の共有」という活動をしていますよね。始めたきっかけは?

栗城:『電波少年』のプロデューサーだった土屋さん(※)との出会いですね。土屋さんは、その以前に僕が撮った映像をたまたま見ていたそうで、電話かかってきて。「君はおかしいよ! 普通、山にカメラ持ち込んだら山に向けるのに、お前は自分ばかり撮っている。どんだけナルシシストなんだ!」って言われました。

※出演者に過酷な演出を課すことで知られる名物TVプロデューサーの土屋敏男氏。担当したバラエティ番組『進め!電波少年』では、自ら「Tプロデューサー」としてしばしば登場し有名に。現在は日本テレビ編成局ゼネラルプロデューサー、LIFE VIDEO代表

前園:なるほど確かに……。

栗城:それで’07年にチョ・オユー(8021m)を登るときに、土屋さんのネット動画配信サービスで動画を流すことになったんです。僕は高校卒業後に1年のニート期間があったのでタイトルは「ニートのアルピニスト 初めてのヒマラヤ」(笑)。そうしたら全国のニートの方から、「お前はニートじゃない。死んじゃえ」みたいな誹謗中傷を受けて。

前園:僕もツイッターで知らない人から「飲みすぎないように」ってメッセージが届くことがあるので、その気持ちわかりますよ(笑)

栗城:でも下山した後にメッセージを見たら、誹謗中傷した同じ人から全く違う言葉をもらったんです。それが「ありがとう」の一言で。それを見て、頑張る姿を生中継して冒険を共有すれば、それがメッセージになることに気づいたんです。

前園:それで自分だけのものだった冒険を、みんなにシェアしようと。

栗城:そうなんです。僕は講演活動で学校へ行くことも多いんですが、終了後に子供たちが「こんなことをやりたい!」と僕に夢を話すと、横で大人が「それは無理だよ」とよく言うんです。そういう変な壁を取っ払いたくって。

前園:僕もサッカー教室をしていて似たようなことを感じます。指導者が「そこで打っても入らない」みたいなことを言うと、子供は萎縮してシュートを打たなくなっちゃうんです。それってもったいないですよ。

栗城:本当ですね。僕は本当の登山でなくても、みんなに“地上の山登り”をしてほしい。自分はスポンサー集めもやっていて、それは僕なりの地上の山登りだと思っています。企画書も自分で書くし、アポなしの飛び込み営業もやっていました。

前園:ちなみにエベレストだと、登山のために必要な資金は……?

栗城:入山料だけで1人1万ドル、100万円程度ですね。それにエージェントや撮影をサポートしてくれるシェルパの費用、中継器材や衛星回線費用があるので、5000万円以上になります。でも、いくらお金がかかっても、僕にとって冒険の共有が重要なんです。エベレストに単独・無酸素で登ることは本当の目的じゃないし、ゴールでもない。みんながみんなの夢を応援し合えるムード、社会をつくりたいんです。

前園:じゃあ栗城さんにとって、ゴールって何なんですか。

栗城:挑戦は死ぬまで続けていきたいと思っているので、ゴールはそれこそ死ぬときじゃないですかね。

※このインタビューは週刊SPA!9月8日号のインタビュー連載「エッジな人々」から一部抜粋したものです


構成/古澤誠一郎 撮影/岡村隆広